「
ちゃん、今日の夜時間ないかしら」
店に顔を出したお妙は、客じゃないのと謝った。柳生の一件から幾日か経ちお妙もすっかりいつもの調子に戻って彼女らしい笑顔を見せてくれるようになったことに
はとても安心したのだが、今日はまた少し、眉尻を下げて申し訳なさそうに苦笑を零している。どうしたのかと尋ねてみれば彼女が務めるスナック「すまいる」の従業員達がそろって風邪に倒れ出勤できる者がお妙一人しかいないのだという。何でもない日ならば店を閉めるという策もとれるのだが、今日は幕府の重鎮つまるところ上客が来店する予定になっているのでそうもいかない。店長が一日だけでも店に出てくれる子がいないかと探しているらしい。
「本当ならこんなことお願いしたくないんだけど…」
「困ったときはお互い様だわ、私でよければ」
「ごめんなさいね、助かるわ」
着物や化粧道具など必要なものは貸してくれるというし、何よりお妙からの頼みならと
は二つ返事で頷いた。とはいえ店長が認めてくれなければ力にもなれないのだが、と店に行ってみれば
の不安なぞ何のその。店長は両手を上げて喜んでくれた。
「
ちゃん!
ちゃんじゃない!!」
「大したお力にはなれないと思いますけど~」
「いやいやむしろお願いしますだよ!!お妙ちゃんグッジョブ!!」
好きなものを使ってと快く衣装室らしい部屋へ通してもらい、お妙の手を借りながらいつもより気合を入れて着飾ってみる。普段はハーフアップにしているだけの髪も軽く巻いてくれたのでサイドに流してお気に入りの蝶の簪を挿して仕上げた。あとはメイクで終わりというところで、お妙は一足先にフロアへ戻る。
が来たところでお妙と二人では全然足りないので万事屋にも手を貸してくれるよう頼んだらしい。その彼らがもう間もなく到着するのだそう。選んでもらった着物に合わせて色合いを揃えながらメイクを施していき、出来上がればすぐにお妙の後を追った。
「お待たせしました~」
「あっ
ちゃ…おおおお!!これはまた綺麗になって!!」
「やっぱり!その着物良く似合ってるわ~」
「え!?!?
ちゃん!?!?」
「
さんもキャバ嬢するんですか!?」
「ワア
綺麗アル!!」
「ささ、座って座って」と促されるまま店長の隣に腰を下ろす。こちらを見て驚いた様子の銀時と新八にこんばんはと微笑むと意味をなさない言葉を発しながら銀時は頭を抱え込んだ。
「
ちゃんがキャバ嬢!?はァ!?そんなモン俺が客やるわ!!」
「銀さん落ち着いてください」
「させねェェェよ!却下だ却下!!!」
「あらまあ…銀さん私頑張りますから…」
「いや力不足とかじゃなくてね!?むしろ戦闘力53万だけどね!?」
「
の代わりのカワイイ娘いるアルヨ」
どうやら神楽はキャバ嬢をやってみたいようで銀時に必死にアピールするが素知らぬ顔でスルーしている。しかし
をお店に出したくないし他に当てもない。
「あの…私の友達でよければ他にも呼びましょうか?カワイイ娘いますよ」
「ダメだ女の言うカワイイ娘は信用ならねェ、大体自分よりランク下の奴連れてくんだよ
ちゃんは奇跡だよ」
「銀さんなんか嫌な思い出でもあるんですか?」
「すいません あの、妙ちゃんはおられるか?」
誰かいないかと頭を悩ませる彼らの前に、救世主が現れた。
「……あの、ちょっと何を…」
「キャアアアアア!!」
「おおおおおお!!」
カワイイ、すごくいいと妙、店長に褒められ頬を染める九兵衛。彼女はお妙に差し入れを持ってきたのだが今日というタイミングで全員に目を付けられあっという間に変身させられたのであった。ツインテールにお花の眼帯、ミニ丈の着物にニーハイソックスを纏えばどこから見ても可愛らしい女の子だ。お伴で来ていた東城は、ゴスロリの方が似合うと銀時達に迫っていたが九兵衛に顎を蹴り飛ばされ撃沈。
「よくわからんが妙ちゃんが困っているなら僕は力を貸すぞ」
「ゴメンなさい九ちゃん、嫌な思いさせちゃって」
「いいんだ、うまくできるかわからんがやってみる」
「私も九ちゃんに負担をかけないように頑張るわ」
「…
ちゃん……!」
有無を言わさず着替えさせたものの、やはり今まで男として育てられてきた九兵衛が男の相手をするのは心配である。本人は先日のことを気にしているようでその報いに、多少の恥は我慢すると言っているためとりあえずはその言葉に甘えることとなった。がしかし直後、無理はするなよと肩に手を置いた銀時を思い切り投げ飛ばす様に不安が過ぎる。どうやらムサい男に触れられると反射的にそうなってしまうらしい。東城は九兵衛を連れて帰ろうと手を掴むが彼も銀時の二の舞となった。そして帰ることを諦めた東城が九兵衛を護るため自身もキャバ嬢として場に残るという。
「……とりあえずなんやかんやで四人まで揃ったな」
「揃ってませんよ つーか一人完全に間違ってる人がいるんですけど」
「なんだあのタオルの巻き方なんで乳首隠してんだスゲー腹立つんだけど」
「あと何人くらい必要なんだ?」
「最低でもあと三人はほしいね」
「私いれたらあと二人アルナ」
九兵衛を着付けている間何かコソコソとしているなと思っていたが神楽はまだ店に出ることを諦めていなかったようでバッチリ濃いメイクを施していた。それもまたスルーして銀時は一人はもう話を付けてあると言うので店長もさすがと頷く。噂をすれば、銀時が呼んだというお登勢のところの従業員キャサリンがエントランスから姿を現した。何故か彼女も東城と同じくタオルを巻いただけの格好である。放置された神楽は不貞腐れてソファに倒れ込むので
は彼女のそばへ寄った。
「銀さんは神楽ちゃんが心配なのねえ」
「絶対違うアル」
顔を伏せる小さな頭を撫でる。銀時達のほうでは天井から落ちてきた女性がキャバ嬢ラインナップに追加されていた。こちらもまた着物ではなくボンテージを着ており東城、キャサリン同様店を間違ている感が否めない。これで揃ったなという銀時に新八は一人足りないと指摘するが、それを他所に「オイ」と神楽に呼びかける。
「酒は飲むなよ オロナインCまでなら勘弁してやる」
「銀ちゃァァァァん」
「ここは化け物屋敷!?」
銀時のお許しを得て神楽は涙に濡れた顔を上げた。お客様が来ましたという声を聞いて、
はサッと乱れた化粧をおしぼりで可能な限り拭いてやる。
「せっかくのおめかしだものねえ…はい、可愛い」
「
アリガト!」
「ふふ、お客様のお迎えに行きましょう」
お妙を筆頭に、エントランスにかかっている階段へ急いだ。幕府の重鎮というから一体何方が来店されるのかと思えば、現れたのは警察組織の頂点松平片栗虎だった。お妙に案内されながら店内へ進む片栗虎に
はほっと胸を撫で下ろす。彼ならば、自身の甘味処にも顔を出してくれており親しみがあるので安心だ。店の娘が少ないとさっそく気付かれたがお妙が奥に一杯いますからと連れて行く。そういえば集まったはずのキャバ嬢が二人ほど足りないし上客だというのに店長も姿を見せない。おかしいな、とフロアの方を見てみると予想外にも。東城、キャサリンではなく銀時、新八がタオルを巻いて立っていた。
「どーもパー子でーす」
「パチ恵でーす」
「………」
お妙の顔に青筋が浮かんだ。
「アレなんか今日初めて見る娘が多いな 新人さん?」
松平の後ろからはぞろぞろと真選組の面子がやってくる。一瞬青ざめた銀時は、自身の今の状態を認識されたくないのか誤魔化そうと顎をしゃくれさせた。続いて神楽もしゃくれて自己紹介をするもので、流れを見ていた九兵衛まで彼らに倣って顎を出す。ボンテージの女性、さっちゃんに至っては猿轡を装着して何を言っているかわからない。沖田には通じていたが。あまりの状況に新八は冷や汗を垂らす。このままこれら全てを相手しなければいけないのかと思っていると真選組は警護の仕事として来たようで松平に誘われるも首を振っていた。
「あらまあ、皆さんは飲んでいかれないのですか?」
「ホラよォ
ちゃんもこう言って……アレ?
ちゃん?」
「
…!?」
「
さんいつからキャバ嬢になったんで?」
「今夜だけ助っ人キャバ嬢なんです」
「へェ…そいつァぜひとも相手してもらいたいんですがね」
普段ならば好きなようにするであろう沖田すらも今日は仕事に集中するようで、ゆっくり楽しんでと頭を下げる。その理由はすぐに分かった。真選組に続いてもう一人、男性が現れたのだ。
「俺達ゃしっかり外見張っとくんで 上様」
上様。今この世界で上様と呼ばれるのは征夷大将軍の徳川茂茂公である。銀時と新八は固まった。何故か女共は、松平に将ちゃんと呼ばれる彼を将軍なわけがないだろうと気にせず席へ案内しているのだが。お妙なんかはカワイイあだ名だが本名も知りたいと酌をしている。
「征夷大将軍徳川茂茂 将軍だから将ちゃんでいい」
「ヤダ!もうご冗談がお上手な方ですね お仕事は何をなさっているんですか?」
「だから征夷大将軍だ」
「もォ~てんどんですかホント面白いお方ですね」
店内ではそんな会話がなされているが入口の方では真選組が厳重な警備を重ねていた。銀時と新八は本物じゃないかと頭を抱える。一方、お妙と挟むように将軍の隣に腰掛けた
はまた松平の社会見学に付き合わされているのかと笑みを零した。というもの、以前
の店にもお忍びで松平が将軍を連れてきたのだ。それもあってか先ほど将軍の横につくように松平に頼まれた。お妙達が本当に気付いていないのかどうかまだ分からないが、気付いていない振りをしているのなら将軍への配慮だろうし、気付いていないのならわざわざ知らせて変に緊張させてはいけないので
は見守る姿勢と取る。
「久しいな
ちゃん 息災であったか」
「はい将ちゃん様、おかげさまで」
「将ちゃんでいい」
「いえ…ふふ、大切なお客様ですから」
「
ちゃんお知り合いなの?」
「ええ、ご贔屓にしていただいてるの」
「アラそうだったの」
しばらく当たり障りのない会話を楽しんで、少し酔いが回ってきた頃。松平の音頭により"将軍様ゲーム"が強制スタートした。"将軍様ゲーム"とは、男と女とわりばしを用意し、将軍と番号を書いたくじをわりばしで作り。くじを参加者皆で引き将軍と書かれたわりばしを当てた者が将軍様として様々な命令ができる大人のゲーム。つまり王様ゲームだ。銀時、新八はチャンスだと思った。将軍に将軍様になってもらいゲームを思う存分楽しんでもらおうと。開始早々くじを持つ松平に飛び掛かった女性陣のせいでわりばしが床にバラけて落ちたのを新八が集め、将軍と書かれているであろうはしだけ目立つように持って将軍の目の前に差し出す。そんな努力も虚しく先に女性陣がわりばしに手を伸ばした。将軍棒はどこだと全員がはしを見る。
「あー私将軍だわ」
「パー子さん!!」
どうやらこの展開を見越して銀時が将軍棒を取ったらしい。ちなみに
は最後に残ったはしを新八から受け取っていた。
「えーとじゃあ4番引いた人下着姿になってもらえますぅ」
将軍が将軍様になれないのならば、視覚的に楽しんでもらえるようにという作戦のようだ。だったのだが、4番を引いたのは将軍本人ということまでは誰も想像できなかった。命令通りに着物を脱いだ彼に銀時達はひそひそと言葉を交わす。その前では勝手に2回戦を始めているお妙達の姿が。
「やったァァァ!!私が将軍よ!!」
「コイツらもう完全にゲーム楽しんでるよ!将軍お構いなしだよ!」
「じゃあ私はァ3番の人がこの場で一番さむそうな人に着物を貸してあげる」
「!! 姉上」
お妙の命令に新八はハッとして彼女に目をやる。知ってか知らずか、新八にウインクして見せる姉にさすがはキャバ嬢と涙を流した。しかし、運とは恐ろしいものである。3番を引いた将軍は唯一残っていた下着を一番さむそうな、さっちゃんに渡した。そう、将軍は今全裸である。焦る新八に銀時はこれ以下はないから落ち着けと宥めるが、下着を嫌がるさっちゃんに「下あったよ!!」と再び頭を抱える。あんまりの状況に、命令ではないがこれくらいはいいだろうと
はそっとハンカチを将軍に握らせた。幸い彼の隣から動いていないのでその姿を目にすることもなく、それにしてもどうやって場を収めようかと考えているとすでに女性陣の手によって3回戦が行われていたらしく今度はさっちゃんが将軍棒を持っている。ちょっといらぬ願望を挟んでいたが、今回の将軍様の命令は。
「トランクスを 5番の人はトランクスを買ってきなさい」
咳ばらいをしながら言う彼女に反応した5番の人物は立ち上がる。またしても、将軍だった。素直というか真面目というか、彼は自身の立場を使って止めることだって可能なのにそれをせず命令通り外へ駆けて行く。それを全力で追いかけていく銀時達を見送りつつ、自分はそんなに走れないし体力もないからと
は将軍の脱いだ着物を拾って彼女のペースで後に続いた。そもそもトランクスを買えとかではなくここにある服を着直させる命令にしてくれればよかったのに、などと思いながら店から出ると真選組も追いかけて行ったようで少し先が騒がしい。まあ裸の上様が走り去るのを見過ごすわけもないかと一人頷く。途中何故かキャバ嬢達が逆に戻ってきて真選組の足止めをしていたのだがその合間を抜けて先へ進むと大江戸マートから九兵衛が出てきて袋を将軍に渡していた。そしてその手と手が触れあった瞬間、将軍は目の前の川へと投げ飛ばされる。さすがの
もこれには驚いて駆け寄った。九兵衛にタオルを買ってくるように頼んで、将軍に手を貸す。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、すまない」
「とんでもない、本当に申し訳ございません…」
すぐに戻ってきた九兵衛からタオルを受け取り身体を拭いている彼に、持ってきた着物も渡して簡単に着てもらった。風邪をひいてはいけないと迎えを呼ぶように促す。
「お身体に障ります、すぐにお迎えを…」
「フ、そんな顔をしなくていい」
「そうはいきません…」
「余はいつも穏やかに微笑んでいる
ちゃんが好きだ」
「将ちゃん様」
「先も言ったが、楽しかった また余と遊んでくれ」
小さく笑みを浮かべる将軍に、
もふわりと微笑んだ。