が営む甘味処は祖父母から受け継いだもので、祖父母の代から贔屓にしてくれている客も少なくない。その中には剣術の名門・柳生家の方々も含まれており当時は常連への配達などは行っていなかったので直接使用人達が買いに来てくれていたが、
がかまっ娘倶楽部に頼まれ配達業を始めた際他にも店を構えている客や毎度注文量の多いお屋敷の客などいくつかに配達ができるようになったことを伝え回った。それからだ、柳生家先代当主の敏木斎から注文を受けるようになったのは。有難い事に敏木斎は昔から「和」の大福を気に入ってくれており、それだけは毎回外さず頼まれる。今回も大福と、後は適当におすすめのものを見繕ってくれと連絡をもらい予算分のお菓子をカートに詰め込んだ。
「あらまあ、雨」
今朝からどんよりとした空模様だったがいよいよ雨が降り出したらしい。カートを押しながら片手で器用に傘を差し、柳生家への道を進む。雨音に紛れてカラカラと車輪の回る音を何となしに聞いていると途中から自分のものとは違う車輪の音が混じってきた。ちら、と横に目を向けると箒や傘、ごみ袋などがいっぱい乗せられたリアカーを引く小さな老人の姿が。
「敏木斎さま」
「よォ
ちゃん」
このお菓子を注文した受け取り主、柳生敏木斎その人だった。お屋敷で待っているものだと思っていたのだがどうやらいつもの貧乏性が生じて町中の捨てられている物を集めてきたようだ。せっかくなので一緒に柳生家へ向かうこととなった。一人だと入口で門番に取り次いでもらったりしなければいけないのだが彼のお伴ならスムーズに事が運べるだろう。
「大福ある?」
「ええもちろん 今日は豆大福と苺大福ですよ~」
「苺か」
苺は久しぶりだなと口角を上げる敏木斎に
も目を細めた。
中まで運んでくれと言うのでリアカーの後ろをついて行く。入るときに声をかけてきた門番や使用人によると柳生の若君が三年に及ぶ武者修行から戻ってきたらしく敏木斎がぜひ顔を合わせて行けと勧めてくれた。若君、柳生九兵衛のことは
も知っている。幼い頃店に来てくれたこともあったし、修行に出る前まで何度も話し相手になってもらったことがあるのだ。三年。年頃の子の三年はとても大きい。もうすぐ会えるだろうその子はどんな成長をしているのか、帰る際にお嫁さんを連れてきたという話もあってとても気になる。カラカラ、ガラガラと庭を進んでいくと前の部屋から当代輿矩が姿を現した。
「全くわかって…パパ上様ァァァァァ!?また何拾ってきたのそれェ!?」
誰かと話している様子だった輿矩は敏木斎に気付き、彼が引いているリアカーいっぱいの拾い物に目を剥く。何でもかんでも拾うなと再三言われているようだが敏木斎は「勿体ねーだろコレ」と使い道があるかもしれないそれらをがなる息子へ見せた。輿矩に続いて部屋から出てきたのは入口で聞いた若君の姿で、父の後ろを通り行く際に目が合う。
「!!あっ待て九兵衛話はまだ、ん!?」
「
さん…」
「すみません、お邪魔してます」
「ああ
ちゃん…配達か」
髪も背も少し伸びただろうか、三年も経っていれば。久しぶりだと笑いかけると九兵衛も小さく微笑んだ。
「久しぶりに一緒にお茶でもしたいのですが、少し用があって」
「ふふ、お茶ならいつでもできるわ」
「はい…せっかくなので雨宿りでもしていって下さい」
そう言うと顔を引き締め、輿矩といくつか言葉を交わした九兵衛はその場を去る。その直後、輿矩の方も門下生に呼ばれそちらへ向かっていった。
「忙しなくてすまんね」
「いえ、敏木斎さまも行かれるのですか?」
「いやワシはまだ」
「雨宿りついでにお茶飲んでいきなさいよ」と再び歩き出す彼に、お言葉に甘えてと続く。配達に来るとこうしていつも、何かしら理由付けて誘ってくれるのだが今日はいつも案内される部屋とは違うところに行くようだ。
「今日はどちらへ?」
「男子禁制の女の領域にな」
女の領域?と首を傾げつつ足を動かしていると少し先で机や料理の乗った皿がひっくり返されたように派手に飛び出して庭へ散る。それを目にした敏木斎はあっという間にそこまで行き落ちた料理を掴んでいた。しゃがみ込んでもぐもぐと咀嚼する彼のそばに見慣れた女性が同じように足を曲げる。
「おじい様犬のエサらしいですよ」
「敏木斎様ァァァァァァァ!!何食ってんですかァアンタぁぁ!!」
「もったいねーよコレまだ食えるぜコレ」
「食える食えないじゃなくて柳生家の頂点が何やってんのォ!!」
大体ここは男子禁制ですよと女中の滝に注意されるも聞く耳を持たず。逆に上手く丸め込んで滝は下がらせ
を手招きした。
「
ちゃん?」
「こんにちはお妙ちゃん」
お互いに一瞬、どうして柳生家にいるのか疑問を抱いたのだが
の持っていたお菓子を見てお妙はすぐに察する。対する
も、九兵衛の連れてきた"お嫁さん"の話を聞いた時点でもしかしてと思っていたのでやっぱりかという感じだった。縁側にお妙を座らせ「耳かきしてくれ」と敏木斎は彼女の膝に頭を乗せる。一先ず
もお妙の隣に腰を下ろし、お菓子を脇に置いた。
「もっと奥~奥までついてェ~」
「おじい様セクハラはやめてください」
「男同士じゃ エエじゃろ」
「女だっていってるでしょ鼓膜ブチ抜きますよクソジジー」
遠慮なくさらっと流す。お妙のこういうところを
は気に入っていた。言うときは言う、自分をしっかり持っている。でも優しくて、面倒見が良くてあたたかい。強い女の子だ。
「しかしあのお妙君がな~」
「ちゃんです」
「九兵衛とよく遊んでたあのちんこいのがまさかウチに嫁ぎにくる事になるとは…」
いびられているようだが大丈夫かと尋ねる敏木斎にこれ位で負けていたら嫁は務まらないと返す。お妙は昔からニコニコと笑ってばかりで、本当の気持ちが読めない。敏木斎はそう言うが、これは
も同意見だ。辛いときも、苦しいときも、人前ではいつも笑っている。二人の会話を聞きながら静かに目を伏せた。ふと、"まだあの事を気にしてる"のではないかという言葉が耳に入る。お妙は無言だったが敏木斎は一人納得してヒョコっと庭へ下りた。
「おじい様…どこへ?」
「ちとうるさい連中が来とるようでな ちょっくらいってくらァ」
片手を上げてその場から消える小さな背中を見送る。二人の間に無言の間が流れたが徐に
は持ってきたお菓子の包みから饅頭を出してお妙の手に乗せた。
「これ…おじい様に頼まれた物なんでしょ?」
「ふふ、お妙ちゃんなら大丈夫」
少し悪戯っぽく微笑む
にお妙も笑みを零す。しかしそれもすぐに消え、珍しく彼女の顔が曇った。そんな表情をすることは滅多になく人前でならなおさら。お妙は今、ギリギリなのかもしれない。心なしか下がっているように見える肩にそっと手を置き、冷えるかもしれないから中へ入っておこうと促す。俯き気味の彼女の隣に座るとポツポツと口を開いた。
「
ちゃんは、九ちゃんの目のこと知ってる?」
「…ううん、言葉を濁していたから聞かなかったわ」
「あれはね、」
お妙が語ったのは二人がまだもう少し幼い頃のこと。子供によくある、お嫁さんになってと頼まれたこと。最初は断ったけどお妙達の父親が亡くなった後、やってきた天人の取り立て屋から九兵衛が身を挺して守ってくれたこと。九兵衛の片目はその時傷つけられ、お妙が左目になると約束したこと。なるほど、これが先ほど言っていた"あの事"か。今でも、気にしていない風に過ごしていても、どこか心の奥底で負い目を感じているのだろう。
から言えることはなにもない。それでも、二人が本音で言い合って、二人が心から笑えるようになってほしい。だって二人とも、とっても可愛い女の子なのだから。
「お妙ちゃん!お妙ちゃんを呼んでくれ!!」
部屋の外から聞こえてくる大声に二人で顔を見合わせる。輿矩と滝達が何やら怒鳴り合っているようだ。道場破りだかが乗り込んできて九兵衛、柳生四天王と館中を暴れまわっているらしい。
「しかも乗り込んできた連中の一人がお妙ちゃんの弟を名乗っているらしい!」
その言葉を聞いた途端、お妙は部屋を飛び出した。
「どけェェェコルァァァ!!」
「ぐぶェッ あっあれはお妙ちゃん!!」
「コルァァァ待たんかィアバズレ!!」
輿矩に見事な蹴りをお見舞いして。廊下を走り去る彼女を輿矩達が追いかけていく様をただ見ているしかできなかった
は頬に手を添えて、「あらまあ」とお決まりの口癖を零した。
お妙は輿矩達から逃げ切り弟のところへ行けただろうか。柳生の者と戦っているのは銀時達なのだろう。戦っているのなら、まったく力になれない自分はそばに寄らない方がいい。ドタバタと慌ただし気な音を聞きながら
はしばらく待った。そしてだいぶと足音が減った頃、まだ遠くでする金属のぶつかる音や話し声を頼りに廊下を進む。
がその場についたときには、崩れる灯籠の隙間から突き出される刀に額の皿を割られた敏木斎が地面に倒れていた。
「…ゴメン 負けちった」
その一言をきっかけに真選組の近藤が勝ったと腕を上げ、神楽とともに新八のところへ駆け寄る。九兵衛も仰向けに倒れているし、銀時も、土方も沖田も。皆ボロボロだった。状況はよく分からないが何人かが身体のどこかしらに皿を巻きつけているのと、輿矩の勝負などハナから関係ないという言葉から察するに互いが納得するルールを設けた勝負事だったのだろう。門下生達に賊を成敗しろと輿矩は指示するがそれを止めたのは敏木斎だった。
「パパ上!つーか元から私は女同士の結婚なぞ反対ですぞ!」
「もう何も言うな」
「確かに男になれとは言ったがまさかそんなところまで…」
「もう何も言うな」
そうして九兵衛にすまなかったと敏木斎は静かに言う。お妙には銀時が声をかけていた。九兵衛が、お妙がどんなつもりで己の左目になろうとしていたのかを。お妙が、そんな負い目を背負って九兵衛のところへ行ったところで何も解決しないことを、どちらも知っていたはずだと。
「…ごめん…なさい」
「謝る必要なんてねーよ 誰も」
皆自分の護りたいものを、護ろうとしただけだ。銀時の言葉はお妙と、そばで地に背をつけたままの九兵衛にしっかり届いていた。彼の言う通りだと、九兵衛は空を見つめる。お妙の思いも、輿矩や敏木斎の思いも、すべて知りながら時には男でも女でもない存在にした彼らを恨んで、それなのに皆自分を最後まで護ろうとしてくれた。
「僕は…弱い」
静かに話し続ける九兵衛のそばにお妙が歩み寄り、その頭を自身の膝にそっと乗せる。いつからこんな風になったのだろう、自分も本当は、みんなと一緒にままごとやあやとりをしたかった。みんなみたいにキレイな着物で町を歩きたかった。
「妙ちゃんみたいに…強くて優しい女の子になりたかった」
ついには涙を流す姿に、胸が苦しくなる。
「九ちゃんは…九ちゃんよ 男も女も関係ない、私の大切な親友」
だから、泣かないで。お妙の頬からもポロポロと雫が伝い落ちていく。泣きながら謝って、抱き合う二人に
は目を細めたがその目尻を温かいものが一筋流れた。
翌朝早く、珍しく開店前に戸を叩く音がするので
は準備の手を止めいつもの調子で返事をしながら戸を開ける。そこには柳生四天王が一人東城を後ろに控えさせた九兵衛が立っていた。
「
さん昨日はその、お恥ずかしいところを…」
「ふふ、私は九ちゃんの成長が見れて嬉しかったわ」
「!」
「それより昔みたいに話してくれていいのに」
「あ……
ちゃん、」
「はあい」
なんともまあ。昨日再会したときは凛々しくなったと思ったのだが目の前で少し頬を染めもじもじと、こちらを見たり逸らしたりする様子は昔と変わらず可愛らしいままで。お妙の言う通り九兵衛は九兵衛だ。なんだってかまわない、
にとっても大切な友であるお妙と九兵衛が幸せなら。心から笑ってくれるなら。
「昨日は碌にもてなしもできず申し訳ない、これはお詫びの品です」
「あらまあ東城さん、いいんですよそんな」
「柳生からの気持ちです 受け取ってくだされ」
「ではお言葉に甘えて…ありがとうございます」
「これからも若をよろしくお願い致します、
ちゃん!!」
「オイお前が
ちゃんって言うな」
「ふふ、それはこちらの方からお願いしたいことです ね、九ちゃん」
「……
ちゃん…これからも、よろしく」
ペコリと頭を下げて去って行く九兵衛達を見えなくなるまで手を振って見送った。