小さな店とはいえ
一人で切り盛りしているこの「和」では基本配達などは行っていないのだが、常連客から注文を依頼され店の状況などから
が可能と判断した場合、一時的に店を閉め札を出し
自ら客のもとへ持っていくことがある。大抵の客は店まで足を運び食べて帰るか持ち帰るかなのだが、
のように店を構えていたり「和」の席数ではおいつかないほどの人数であったりするところがたまに配達の依頼をしてくるのだ。今日はそのたまの注文を受け
はたくさんのみたらし団子と三色団子を作っていた。あとは持っていくだけなので包んだ団子をカートに積んでいく。今回の依頼主は初めて配達の依頼をしてきた常連客なのだが、己が無理を言って配達をお願するのだからと
に手押しのカゴをプレゼントしてくれていた。最初は遠慮をしたのだが
も力にそれほど自信はないので有難く受け取ったのだ。
「ふう、これで良し」
全部積み終わったところで一旦店を閉め、戸に配達の為営業を休止している旨を表記した札を掛ける。そしてコロコロとカートを押し目的地へと向かった。
「こんにちは~」
少しして依頼先に着いた
は、戸を開けながら中へと声をかける。それに反応し振り返る者たち、「かまっ娘倶楽部」の従業員は
の顔を見るなり黄色い声を上げた。入り口にこぞって集まり、一人が
のカートを手に取ると他の者は彼女の腕を持ち背を押し中へと招き入れる。従業員たちに囲まれ寄ってくる
を、この「かまっ娘倶楽部」のママである鬼神マドマーゼル西郷が歓迎した。
「いらっしゃい
ちゃん」
「いつもありがとうございますママさん、お待たせしました~」
にこにこと笑ってお辞儀しながら言う姿に西郷は身体を震わせる。そして彼女の頭が上がると同時に勢いよく飛びついた。
「もォ~~~アンタって何でそんなにカワイイのォ~~~」
ズルいと叫ぶ周りのオカマ達の声など無視して頬を摺り寄せぎゅうぎゅうと抱き込む。西郷を筆頭に「かまっ娘倶楽部」の従業員は皆、初めて会った時から嫌な顔一つせず他の者と対するときと変わらない笑顔で接してくる
が大のお気に入りだった。乙女とは、カワイイものが好きなのである。西郷の腕から解放された後も構い倒され、やっと落ち着いたころ
はふと首を傾げた。
「あずみさんはいらっしゃらないんですか?」
「ああ、新入りと買出しに行ってるわ」
「そうそう
ちゃん、新しい子が一人入ってるのよォ~」
「パー子っての」
「あらまあ、そうだったんですねえ」
いつもならば西郷に負けじと自分の相手をしてくれるあずみの姿が見えず、尋ねてみれば買出しとのこと。加え新入りがいると聞き
は顔を綻ばせた。
もまた、「かまっ娘倶楽部」の従業員達が大好きだった。どんな人が入ったのだろう、とまだ見ぬその新入りに思いを馳せていると入り口の方が騒がしくなり西郷の大きな声が店に響き渡る。
「てる彦ォォ!!」
西郷の呼んだ名を耳にし、そちらに集まる従業員達の後ろからそっと顔を覗かせた。てる彦という名の少年を
はよく知っている。西郷の息子で愛想が良く、会う度声をかけてくれるのだ。そのてる彦が顔などにいくつかのすり傷をつけ、西郷に問い詰められている。本人は塾帰りに友達とチャンバラごっこをしているだけだと言っているが西郷は納得しておらず、
も静かに眉を顰めた。てる彦と一緒に帰ってきたらしいあずみと、新入りと思われる人物に目を向ける。たしか新入りは一人だと聞いたはずだが見かけない顔が二つあった。ここへはしばらく来ていなかったので一人はその間に入ったのだろうと自己完結。それにしても。天然だろうか、銀色のふわふわツインテールが
の目にとても可愛らしく映り、思わず持ち主をじっと見つめる。視線に気付いたのかふと相手もこちらへ目をやり、ぎょっと見開いた。
「(
ちゃんんんんんんんん!?!?)」
その新入り、パー子こと銀時は何故かいる
に、彼女に今の自分の姿を見られたことにさっと青褪め顔を引き攣らせる。内心冷や汗だらだらな銀時をよそに目が合った
はにっこりと微笑み小さく会釈した。こんな状況でなければ喜んで彼女のもとへ向かうのに。銀時は思う。俺、終わった。
互いに気を取られている間にどうやらてる彦は遊びに出掛けていったらしい。そして今、準備中の札が掛けられた店の中で西郷が自棄になったように酒を飲んでいた。従業員達は「ほどほどにしときなさいよ」と残して店の奥へと消え、西郷のそばには銀時と
が残っている。黙って一升瓶から直接酒を呷る西郷の隣に座っている
が口を開いた。
「あなたがパー子さんですか?私
と申します~」
銀時は思う。勝った。神はまだ銀時を見放してはいなかった。彼女はまだ自分に気付いてはいないのだ。「可愛らしい方が入られたんですねえ」と西郷に声を掛けている
に、銀時は見えないようグッと拳を握った。このままやり過ごそう。何が悲しくて好意のある相手に女装姿を曝さなくてはならないのか。彼女が再びこちらを見ると同時に握った手を頬に寄せ眼を煌かせパチパチと大袈裟に瞬きを二回。銀時は持てる力全てを使って可愛い子ぶった。
「パー子でえ~す
ちゃんっていうの?カ~ワ~イ~イ~」
「
ちゃん知ってる?この子お登勢ンとこの上で万事屋やってんだと」
「万事屋?…あらまあ、」
銀時は思う。この世に神などいないのだ。この化け物、人がせっかく頑張って隠し通そうと思ったものをいとも簡単にバラしやがってクソ。などと心で悪態をついたのが伝わったのか銀時の頭に空の一升瓶が飛んできた。それを後頭部で受けながら再び顔を引き攣らせる。どうしようバレた終わった。男としてこんな格好をしているところを見せたいわけも無く、自分だと認識されたくなかったのに。銀時の様子を見、その気持ちに西郷は感づいていた。理解しての先の発言だった。
「銀さんだったんですねえ」
「イヤッこれには色々ワケがあってねッ」
「お綺麗だから気付きませんでした~」
「中々イイ感じになってるでしょ?」
「はい、銀さんは何をやっても素敵ですねえ」
「エッ」
の言葉に西郷はふっと息を吐く。さすがは己が見込んだ女である。銀時への意地悪でバラしてみたが、ここの従業員を見ても動じなかった彼女がパー子程度で引くわけもないのだ。複雑そうな表情で固まる銀時を横目に、店は良いのかと促した。時計を見やって
はそっと立ち上がる。
「長居をしてしまって…そろそろ失礼しますねえ」
「こっちこそ、変なとこ見せちゃって悪かったねェ」
「とんでもない、てるくんにもよろしくお伝えください」
「ええ、また店にも遊びにおいで」
「はい 銀さんもまた」
最後ににっこり笑って手を振り店を出る姿を、無意識に手を振り返しながら見送る銀時。戸が閉まりきって妙な静けさが店内を包んだ。
「…アンタ、敵は多いよ」
「エッ」
「私もそう簡単には許さないからね」
「エッ」
この後てる彦くんを助けたり白フンの西郷を見たりと色々あったのだが、
に女装を見られた事実や西郷の言葉が頭から離れず複雑な気持ちが続いた。そもそも西郷は
ちゃんの何なの?どういうポジション?銀時の一番の疑問だった。