ペチュニア
レディ
your presence soothes me
かぶき町のとある甘味処「和」。賑やかな町の中でその店は外の喧騒に包みこまれることなく独特の雰囲気と穏やかな空気を漂わせ訪れる客たちの心を癒し、名の通り和ませていた。小さな店内にはカウンターの前に椅子が四つと、四人用のテーブル席が二つ。カウンターの内側にはいつも柔らかな微笑みを携えた女性が一人、お団子やお饅頭などの和菓子に、たまに洋菓子を作りながら甘味と休息を求めてやって来る客を温かく迎え入れてくれる。これはその「和」の店長である女性と、訪れる者たちとのお話。

坂田銀時はいらいらしていた。己が経営する何でも屋である万事屋銀ちゃんはついこの間まで一人で営んでいたのだが色々とあって今は従業員が二人と一匹増えたのだ。万事屋という不安定な収入の中、単純に従業員が増えただけでもやり繰りが難しいところであるのに加えてその内の一人と一匹は共に暮らすことになったので、お給料を渡すどころか生活費までもがそれまでの倍。いや倍なんてものじゃない。見た目はそこら辺の可愛らしい娘と変わらぬ少女の規格外の胃袋と、見た目からして規格外の犬を満足させるには単純計算ではいかなかった。エンゲル係数ハンパない。さらに舞い込んでくる仕事が心なしか一人でやっていたころに比べて面倒なものが増えた気がする。体調的な意味で甘味を控えるように言われているのに、たまのご褒美にすら金銭的な意味で食べることができないなんて。坂田銀時は今、とてもイライラしていた。



「(やべえ足りねえ何が足りねえってお前あれだよ)」



癒しだよオオオオオオオ!と自分の特等席で静かに頭を抱える。何故こんなに心が落ち着かないのかを考えたところ深刻な甘味不足とストレスの蓄積が原因であることに気付いた。積もりに積もった愚痴や鬱憤を発散させるには誰かと酒を飲みながら、というのも良いが銀時には他には超えられない一番の方法がある。このかぶき町にある小さな甘味処「和」。そこの甘味は絶品であるし何よりたった一人の店員がそれはもう、すごい。何がすごいかと言うとそれはもう本当に、すごい。癒しの力がやばい。どんな愚痴にも嫌な顔一つせず親身になって聞いてくれる、笑顔が愛らしいその店員はまさに銀時のオアシスだったのだ。ここのところメガネとゴリラ姉弟とか怪力娘とかデカイ犬とかペスとかストーカーとか何やかんやありすぎて彼女に会えていない。これは由々しき事態である。両手を机に叩きつけ鬼気迫る表情で銀時は立ち上がった。待ってろ俺のオアシス。

外を走る子供たちの戯れる声を耳に、微笑ましく思いながらみたらし団子を焼いていると入口に人影がさしはそちらに顔を向けた。久しぶりに見た姿に「あらまあ」と零し手招きをする。にこにこと自分を待っている彼女に銀時は転げ回りたい気持ちを抑えつつ頭を掻きながらいそいそとカウンターへ足を進めた。



「銀さんお久しぶりですねえ」
「ほんっともーちゃんに会いたかったんだけど色々あってさあ」



温かいお茶が入った湯呑みとおしぼりを置いて何か食べますかと聞いてくる彼女に、悩む。の姿を見たい一心で出てきたはいいが、寂しい自分の財布。今日は少し話して帰ろうか。しかしせっかく店にまで来て何も頼まずに帰るというのは失礼なものだ。そんなことを気にするような彼女ではないだろうが自分が気にする。黙ってしまった銀時を少し見ていたはちょうど出来上がったみたらし団子を三本皿に乗せて彼の前に置いた。それに銀時ははっと彼女を見る。



ちゃんこれ、」
「みたらしはお嫌いですか?」
「いやいやちょー好きだけど」
「よかったら召し上がってくださいな」
「…いいの?」
「ふふ、久しぶりに来てくださったことですし」



ないしょですよ、とでも言うようにはいつもの柔らかい笑顔ではなく悪戯が成功した子供のように笑った。それを目の当たりにした銀時はばっと胸を押さえ俯く。どうしようちゃんが可愛すぎるそして優しすぎる。めっちゃ気を遣われた。いつもと違う表情が見れたときめきと男としてどーなのよコレという切なさで胸が痛い。でもやっぱり可愛いちゃんまじ天使。胸を押さえこんだ自分を心配そうに見てくるに大丈夫と手を振り目の前で輝くみたらし団子を有難く頂いた。口の中で広がる程良い甘さに思わず破顔する。来るたび美味しそうに甘味を食べる銀時の顔を見るのがは好きだった。銀時に限らずやってくる客の甘味を口にして綻ぶ顔は何ともいえず、見ている自分まで幸せな気持ちになるのだが、彼のその顔は格別だと感じる。銀時はみたらし団子を頬張りながら、暫くの間足が遠のいていた理由を話した。従業員が増えたこと、ペットを飼い始めたこと、従業員の姉のストーカー事件などなど愚痴を交えつつ。それを聞いているはうんうん頷いて、時折笑ったり「あらまあ」と彼女の口癖を零したり。

色んなことがありすぎて絶えなかった話は、銀時がお茶を飲み終わったところで一旦止まる。何気なしに入口の方に目をやった彼はふと誰かがいるのに気付いた。客なら自分がいても気にすることなく入ってくるはずだがその様子はない。少しだけ見えている物に見覚えがある。というかあれは間違いなく奴の頭のアレだ。銀時が考えている通り、店の外には彼の営んでいる万事屋に最近加わった二人の少年少女、志村新八と神楽がいた。会話が止んだと同時に覗いていた二人はさっと身体を隠したのだが、神楽の髪留めがちらちらと見えている。朝から来訪者はなく継続中の依頼もなく、つまり仕事がなく時間を持て余していた銀時が突然頭を抱えたかと思えば大きな音を立てて立ち上がり珍しく真剣な顔で飛び出して行ったものだから、何か重要な依頼を忘れていたのかと後を追いかけてきたのだ。なのに銀時が向かった先は甘味処で、中に入った彼は始終だらしない表情で店員の女性にでれっでれ。その上どうやらみたらし団子をご馳走になっている。二人は顔を見合わせた。



「(銀ちゃんのあの顔何アルか気持ち悪い)」
「(しっ聞こえちゃうよ!でも本当、あんな銀さん見たことないよ)」
「(あれは完全にほの字ですなあ)」
「(ほの字って…うんまあそうだね)」
「いい年した男が顔赤くしてドン引きネ」
「もう聞こえちゃうって~あはははは」
「本当になァ」
「は、ぎゃあああああ銀さん!?」
「うるっせーんだよクソガキどもォォォ!言っとくけど恋に年とか関係ないからね!」



こそこそと話す新八と神楽の後ろから銀時が顔を出す。気付かれていると思っていなかった二人は大きく肩を揺らしてばっと振り返り、口元を引き攣らせている銀時を見た。自分を見る小さな頭二つを片手ずつ鷲掴んで力を込める彼は癒しの時間を邪魔されて不満の色を顔全面に出している。このガキ二人をどうしてやろうかと思っていると店の中から笑い声が聞こえた。三人揃って中を見ると、その視線を受けたが「仲良いんですね」とさらに笑う。銀時が来たときのように手招く彼女に、銀時は新八と神楽の額を軽く小突き自分の座っていた場所へと戻っていった。尚も手招いている優しい笑顔に、二人はもう一度顔を見合わせた後店に入り銀時を挟むように腰を下ろす。は新八と神楽にも話を聞いている間に焼いていたみたらし団子を差し出した。



「え、いいんですか?僕らまで」
「ええ勿論、どうぞ召し上がって」
「わあアリガト!」
「銀さんにはいつもお世話になってますからねえ」
「お世話になってるのは銀さんのほうじゃ…」
「新八くーん?」
「ふふ、可愛い従業員さんですね」



可愛いのはの方だと言いながら新たに淹れてもらったお茶を飲む銀時。その言葉に大して反応も見せずにこにこと笑っているを新八は観察する。自分たちの周りではあまり見ない穏やかで優しそうな女性だ。そして笑顔が可愛い。それに彼女の持つ雰囲気であったり、物腰や仕草などであったり、そういうものがふわふわとしていて可愛らしさを助長させているような。この小さくて暖かいお店と香る甘い匂いがよく似合う女性だと思った。神楽もまた、みたらし団子を食べながら新八と同じ様なことを考える。そしてそれより何よりこのみたらしが美味だとも。



「こんなおいしい団子独り占めなんて銀ちゃん汗臭いネ」
「神楽ちゃん水臭いね」
「ここは俺の秘密基地なんですう」
「ずるいヨ!これからは私も来るネ!」
「うっせーうっせーお前らがいると俺がゆっくりできねーだろォがやめてくださいホントにお願いします」
!私また来ていいアルか?」
「いつでもいらっしゃいな、神楽ちゃん」



「新八くんも」とウインクをするに新八はぽっと頬を染めてお礼を言う。ふと強烈な視線を感じ横を見ると銀時が言葉には表現できない、もの凄い顔で自分を見ていた。メガネのくせに調子乗ってんじゃねえぞとオーラと顔が語っている。いや怖い、怖すぎる。というか心せまっ!そう思ったのが伝わったのかさらにこっちを睨む銀時にが声をかけると、瞬間顔を緩ませて振り向き返事をする。その素早い動きとあからさまな態度に新八は顔を引き攣らせた。



「銀さんももちろん、いつでも来てくださいねえ」
「はあーい」
「(でれっでれアル)」
「(でれっでれだ…)」