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が爆豪と出かけていたその日。他のクラスメイトたちは話していた通り木椰区ショッピングモールで買い物をしたらしいのだが、そこで緑谷が敵連合の要である死柄木弔と遭遇したくさんの人が休日を満喫していたはずの場所が一転。異変に気付いた麗日の通報によりショッピングモールは一時的に閉鎖し警察とヒーローが緊急捜査に当たったが結局死柄木は見つからずだったそうだ。怪我人など被害は出ず緑谷も事情聴取を受けただけで済んだのは幸いか。自分の知らぬところでクラスメイトに危機が迫っていたと思うとはぞっと身体を震わせる。そんなことがあっても林間合宿がなくなることはなく、しかし敵の動きを警戒して合宿所は当初の予定をキャンセルし当日まで明かさない運びとなった。そして夏休みが始まり林間合宿へと出発する今日。



「え?A組補習いるの?つまり赤点取った人がいるってこと!?ええ!?おかしくない!?おかしくない!?A組はB組よりずっと優秀なハズなのにぃ!?あれれれれぇ!?」



バス乗り場にてB組と顔を合わせたのだが早々こちらを煽るように口を開く物間に拳藤が手刀を落とす。彼は何かとA組に対抗心を燃やしているようでいつもこうなのだが、直接話したことがまだないは元気な人だな目を細めた。拳藤によって物間が回収されていく中、他のB組女子たちが友好的に挨拶を交わしてくれるのに峰田が涎を垂らすほどの興奮を見せる。体育祭に参加できなかったのでほとんど顔を知っている程度なのだが一人、少しだけ話したことのある姿を見つけてはにこやかに手を振った。



「鉄哲くん!」
「あ? アッ」
「体育祭ぶりだね!」
「オウ、その節は…」
「あの後の腕相撲勝負も迫力があってすごかったよ~!」
「オ、オウ」
「合宿でもよろしくね!」
「オウ」



切島との勝負で負った傷を治したときもそうだったが自分と話すときはどこかぎこちない彼に首を傾げるも飯田が席順に並ぶよう集合をかけているのでそちらへ向かう。その様子を見ていたB組女子は何かを察したかのようににやにやと鉄哲の背を叩いた。「オウ」しか言えないのは良くないな。彼女たちからのありがたいアドバイスであった。ちなみにバスの座席だが今回は演習のときと違いクロスシートタイプのもので左右2名席が5列、最後列のみ5名席であった。A組は特例の全21名。教室でもポツンと1人はみ出ているは飯田のフォローを聞きながらちょっぴり肩を落とす。5名席を1人で座っても寂しいだけなので皆が乗り込みすでに盛り上がっているのを他所には相澤のそばに寄った。



「先生~隣に座らせてください…」
「……はあ、話し相手の期待はするなよ」
「やったあ!大丈夫です!」



窓側を譲ってくれる相澤にぱっと顔を輝かせお礼を言う。大人しく隣に座ったを確認し、他の生徒にも目的地までのタイムスケジュールなど注意事項を伝えようと肩越しに振り返っていくつか告げたが会話に華をさかせる彼らは聞いておらず。まあ騒いでいられるのも今の内だと相澤は前を向き、到着を待った。景色に感嘆の声をあげ静かにテンションを上げているの尻尾が時折頬を掠めるのを感じながら。

一時間後、バスは山道の駐車スペースで停車。休憩かと生徒たちはぞろぞろ降りて身体を伸ばす。しかし思っていたパーキングエリアではなくB組の姿もないことに誰かが疑問の声を漏らした。それも気になるのだがとしてはこの見たことのあるようなないような、既視感のある景色に頭を悩ませる。幼い頃から両親と山で特訓していたし、言っても山の景色ならば似通ったものが多いだろうと自己完結しようと思ったのだが、とある人物の登場により過去の記憶を蘇らせられることになった。



「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」
「今回お世話になるプロヒーロー「プッシーキャッツ」の皆さんだ」



プッシーキャッツ。連名事務所を構える山岳救助等を得意とする4名1チームのプロヒーローである。ここら一帯は彼女たちの所有地であると聞いては納得した。やはりそうだ、既視感などではなく自分はここへ来たことがある。



「あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」
「遠っ!!」



現在はAM9:30、早ければ12時前後かと呟くマンダレイに瀬呂たちバスへ戻ろうと後退った。12時半までに辿り着けなかった者はお昼ご飯抜きとの言葉に大半の生徒がバスに向かって走り出したが意味をなさず、地面が崩れる音とともに土砂に飲み込まれる。



「悪いね諸君 合宿はもう始まってる」
「私有地につき"個性"の使用は自由だよ!今から三時間!自分の足で施設までおいでませ!」



「この…"魔獣の森"を抜けて!!」という言葉に目の前の森を唖然と見つめる一同。"こういう"のが多いな雄英は、と若干の不満を零すも結局は行かねばどうにもならない。各々立ち上がる中峰田が1人駆けていくのを見てが制止の声をかける。それも虚しく峰田の行った先には巨大な"魔獣"が立ちはだかっていた。子どものときに対峙したものよりもデカい。幼少期のトラウマが軽く頭を過ぎった。でもあの頃とは違う。緑谷、爆豪、轟、飯田が飛び出すのに続きも地を蹴って峰田を抱え砕け散る魔獣の破片の隙間を通り抜けた。



「峰田くん大丈夫?」
~~~…」
「怪我はないみたいだね!」



峰田を下ろし、そこからは各自個性を利用して魔獣や獣道を攻略していく。も可能な限り魔獣を倒しながらパワータイプではない者たちのサポートを務め、指示された山のふもとにたどり着く頃には全員へとへと状態で時間も大幅にオーバー、気付けば夕方になっていた。



「や―――っと来たにゃん」



ピクシーボブ、マンダレイ、相澤に迎えられたA組の生徒たちは全身泥まみれでそれでも何とか到着したことに安堵の声を漏らす。何が3時間だと思わず呟けばそれはマンダレイたちならという意味だったと返され脱力した。とはいえ正直なところもっと時間がかかると思われていたようでピクシーボブは満足げに笑う。特に緑谷、爆豪、轟、飯田の4人の躊躇のない動きは評価された。



「三年後が楽しみ!ツバつけとこ――!!!」



プップッと本当にツバを飛ばす彼女に相澤があんな人だったかとマンダレイに尋ねている。



「しっかし成長したわねえユキヒョウキティ!」
「あっありがとうございます…!」
知り合いなん!?」
「子どもの頃に少し…」
「この子の両親が特訓させてくれって連れてきたのよ」
「まじか」



ところでマンダレイたちのそばにいる小さな男の子がずっと気になっていたのだがちょうど緑谷がその子について触れた。洸汰と呼ばれた少年はマンダレイの従甥らしい。挨拶するように促された洸汰は手を差し出す緑谷の急所を思い切り殴りつけスタスタと去って行く。



「きゅう」
「緑谷くん!おのれ従甥!!何故緑谷くんの陰嚢を!!」
「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねえよ」
「つるむ!!?いくつだ君!!」
「マセガキ」
「お前に似てねえか?」
「あ?似てねえよ つーかてめェ喋ってんじゃねえぞ舐めプ野郎」
「悪い」



相澤に荷物を降ろすように言われ疲れ切った身体に鞭を打ち自分の物を運びながら、年の割に随分としっかりした子だなと早々に施設に入って行った洸汰のことを考えた。


今夜はもう食事と入浴を済ませたら就寝で本格的なスタートは明日からになるようだ。



「いただきます!!」



食堂に用意されていたたくさんのご飯を前に皆目を輝かせどんどんと平らげていく。こうもお腹が減っていると美味しさも倍増である。次々と無くなっていくおかずに、男の子はすごいなあと微笑ましく思っていると横に座っている轟がから揚げを取ってくれた。



「ちゃんと食っとけよ」
「わあ、ありがとう轟くん!」



伊達に何度も一緒に食事をした仲ではない。彼はの好物をよく理解していた。先の消耗を補うようにしっかりご飯を平らげた後は入浴の時間。女子全員で大きなお風呂に入るのは初めてのことなので皆浮き足立っている。部屋で荷物を整理し、着替えを持って軽い足取りでお風呂場へ向かった。さすがは場所が場所だけのことはある。入ってみれば彼女たちを迎えたのは温泉、それも露天風呂だった。



「気持ちいいねえ」
「温泉あるなんてサイコーだわ」
「ヤオモモー!ちゃん!早くおいでよー!」
「はあい~」
「すぐ行きますわ!」



先に洗い終わった芦戸たちはさっそく湯に浸かっているのだが、と八百万はまだ洗い場にいる。もし一緒にお風呂に入ることがあったら、とずっと願っていたことがあるのだと熱く語る彼女には快く頷いた。そしてその身体をユキヒョウへと変化させる。そう、八百万の願いとはユキヒョウバージョンのを洗いたいというものだった。



「なんて美しい毛並み!!ふわっふわですわあ~!」
「好きだねヤオモモも…」
「いいなあ~気持ちよさそう…」
「ケロケロ、ちゃんも気持ちよさそうにしてる」



「ドライヤーもさせてくださいね!」とやる気満々の八百万を連れてお待ちかねの温泉へ身を沈める。



「ふわあ~~~きもちい~~~」
ちゃん尻尾触らせてー!」
「どーぞ~」
「胸も触らせてー!」
「どーぞ…エッ」
「ヨッシャ!」



完全に気を抜いていた。意味を理解したときには遅く葉隠の見えない手に胸を鷲掴まれてしまう。



「透ちゃん!?」
「うわあマシュマロ……」
「アタシも! アッ…マシュマロ…」
「もう2人とも~ こら!」
ちゃんの"こら"全然こわくない!」



わざとらしい悲鳴を上げて逃げる2人にも思わず笑った。そして次のターゲットとなった八百万が顔を赤くして芦戸たちの魔の手から己を守っていると壁の向こうからお約束ともいえる峰田の叫び声が聞こえてくる。性欲の権化はブレない。



「壁とは超える為にある!!"Plus Ultra"!!!」
「ヒーロー以前にヒトのあれこれから学び直せ」



恐らく彼の個性を使って壁を伝って来ようとしたのだろうが薄い壁と壁の間から洸汰が出てきて峰田を後ろへ落とす。



「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」
「ありがと洸汰くーん!」
「かっこいー!」
「わっ…あ…」



お礼の言葉に反射的にこちらを振り返った洸汰はばっちり年頃の女性の身体を見てしまい動揺して彼まで後ろへ倒れていく。あっと洸汰の名を叫ぶと緑谷から無事受け止めたという返事があり皆で顔を見合わせてほっと息を吐いた。