6月最終週、期末テストまで残すところ1週間を切っていた。赤点の者は夏休みに行われる林間合宿に参加できないと言われ皆勉強に力をいれている。
も例外ではなく、これまでの復習をしたり分からないところの確認に励んでいた。昔から年上の者に頼るのを当たり前としていた彼女は今回も躓いた部分は祖父や教科担当の先生方に聞いて解いていたのだが、このところ授業後すぐだったり昼休憩だったりに席を立つたびいつも視線を感じるのだ。最初は何となしに動くものを目で追っているだけなのかと思っていた。だがしかし毎回欠かすことなく見つめられればさすがに気になる。もちろん悪意のあるものではないのでどうしたものか、直接何か用があるのかと聞いてみようか。そう思いだした頃、視線の謎が解ける出来事が起こった。
「全く勉強してね――!!」
午前の授業が終わり昼休憩の準備をしていると上鳴が行事続きのせいで勉強してないと声を上げ、常闇が頷く。それを皮切りにクラス内がそれぞれテストの話で騒がしくなった。範囲の狭い中間テストとは違い期末テストは1学期の内容すべてが入ってくるし演習試験もある。上鳴、芦戸を筆頭に特に成績の低い者たちが頭を抱えていた。
「お二人とも、座学なら私お力添え出来るかもしれません」
「ヤオモモ――――!!!」
今日はお弁当持参した
は先にお手洗いに行ってこようと席の間を通り抜けている後ろで成績トップの八百万が上鳴たちに手を差し伸べている。それに乗っかるように耳郎や瀬呂、尾白も八百万の周りに集まってきた。さすがだと思っていると前で切島が爆豪を突いている。
「この人徳の差よ」
「俺もあるわてめェ教え殺したろか」
「おお!頼む!」
「えっ」
「ん?」
2人の会話を聞いた
が思わずといった風に声を漏らした。
「
も不安なとこあんの?」
「うんそうなの…爆豪くん私もお願いしていいかな?」
「あ…?」
「大丈夫かー?爆豪スパルタだぜ絶対」
「私すぐ甘えちゃうからむしろ厳しくしてほしい!ビシバシッと教えて~!」
「……上等だ 覚悟しとけや」
そんなやり取りをして頼りになる先生をゲットした
は何かお礼をしなければなと思いつつ満足げに昼食を済ませる。その日からだった。最近視線を寄越していた、八百万が分かりやすくそわそわとしだしたのは。うっかり物を落とせば
以上に焦ったように拾おうとするも別の手に先を越され落ち込み、少しでも困り事がある風を見ると個性で作り出そうかと聞いてくるので大丈夫だと手を振ればひどく傷ついたような表情を見せるのでこれ如何にと二人きりになれるタイミングを見計らい
は彼女と向き合った。
「ももちゃん」
「どうかされました!?私、なんでも作りますわ!」
「ううんそうじゃなくて…最近どうしたの?」
「えっ…」
声を掛けた途端嬉しそうに、それでいて不安げにしている八百万に近頃様子がおかしいのではないかと思ったことを伝える。自分や周りを気にかけて、力になろうとしてくれる彼女には助けられているしそれは本当に嬉しいのだ。しかし今の彼女は追い詰められているように感じるのが否めない。
「
さんのお力になりたくて…それなのに空回ってばかりで、」
胸元に手を添え俯く姿に
は眉尻を下げる。ぽつぽつと、心の内を明かす八百万。入学当初から彼女はユキヒョウの個性を持つ
に他より気持ちを寄せてくれているのは察していたが、面と向かって言葉にされると気恥ずかしい。困っていれば力になりたい、副委員長として友人として。そう思っているほど
が他の人に頼っているのを見ると自分ではだめなのだろうかと考えるようになって。それだけではなく推薦入学で入ってきて成績もトップクラスにいるはずなのに自分より優れた人がどんどん先に行き、周りも成長していく。責任、自信、不安、色んな葛藤が綯交ぜになってしまっているのだろう。彼女の気持ちを聞いて、
はここしばらくの視線の意味を理解した。
「ももちゃんは私のこと友達だって思ってくれてる?」
「もちろん!ですから…」
「私も、ももちゃんのこと大切な友達だと思ってるよ! でも何かを作ってもらいたくて友達になったんじゃないんだよ」
「…!」
「ももちゃんが好きだからだよ」
「
さ、」
ゆっくりと丁寧に伝えられる言葉に、鼻の奥がつんとする。とはいえ八百万の力に何度も助けられているのも事実なんだけどと恥ずかしそうにはにかむ姿に、胸が熱くなる。ぎゅ、と目を瞑って噛みしめていると「あっ」と何かに気付いたような声がしてそろりと前を見た。
「ももちゃんにお願いしたいことがあった!」
「な、なんでしょう!?」
「名前!名前で呼んでほしいなあ」
にっこり。彼女が良く見せる笑顔と共に発せられた"お願い"。早く早くと促すように揺れる身体と尻尾に思わず破顔してその名を呼ぶ。
「
さん」
「ももちゃん!」
未だ、心の曇りが完全に晴れたわけではないが。それでも一つ良い方向に変わったことに2人は笑い合った。
そして迎える演習試験、筆記試験の方はそれぞれいつも以上に勉強した甲斐があり順位の低い者も終了後笑顔を見せていたがこちらの方はどうなるか。噂によると対ロボットの実践演習が行われるとのことだった。B組の生徒が知り合いの先輩から聞いたらしいので信憑性が高く、試験会場に集まる生徒たちは皆対ロボット戦のイメージを固めている。その前に立つは雄英教師陣。想像している試験内容にしては先生の数が多いなと首を捻っていると、相澤が諸君なら情報を仕入れているだろうがと口を開く。
「入試みてえなロボ無双だろ!!」
「花火!カレー!肝試―――!!」
「残念!!諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」
相澤の首元から姿を現した校長の期待と予想を裏切る言葉に楽しげだった上鳴、芦戸が笑顔のまま固まった。
「これからは対人戦闘・活動を見据えたより実践に近い教えを重視するのさ!というわけで…諸君らにはこれから二人一組でここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」
二人一組内一組だけ三人で教師一人との戦闘。ペアの組と対戦する教師はすでに、動きの傾向や成績、親密度諸々を踏まえて独断で決められているという相澤から組み合わせが発表されていく。先日のヒーロー殺しの件もあり敵活性化を危惧した学校側は万全を期すため今回の試験内容変更に至ったようだ。各組み合わせは轟・八百万が相澤と、緑谷・爆豪がオールマイトと。芦戸・上鳴対校長、青山・麗日対13号、蛙吹・常闇対エクトプラズム、瀬呂・峰田対ミッドナイト、葉隠・障子対スナイプ、砂藤・切島対セメントス、飯田・尾白対パワーローダー。そして
は、耳郎・口田と共にプレゼント・マイクとだった。試験の詳しい概要は各々の対戦相手から説明されるとのことでそれぞれ用意されたステージへ移動する。説明が終わり次第10組一斉スタートのようだ。
「ここがステージだ」
学内バスから降りゲートの前に立つ。予定通りプレゼント・マイクから試験の説明が行われた。制限時間は30分。生徒側の目的は手渡されたハンドカフスを対戦相手に掛けるか、3人の誰かがこのステージから脱出のどちらか。戦って勝つだけではなく逃げる選択もある。似てはいるが戦闘訓練とは訳が違うのだ。
「何しろ相手はちょ――――――格上」
「格…上…?イメージないんスけど…」
「ダミッ!ヘイガールウォッチャウユアマウスハァン!?」
対する教師を敵そのものとして考え会敵したと仮定し、戦い勝てるならそれでよし。実力差を思い逃げて応援を呼ぶためゲートに向かうもよし。判断力が試される。教師陣はハンデとして体重約半分の重量を装着しているのだが、生徒たちに戦闘を視野に入れさせるという策もあるのだろう。スタート地点であるステージの中央に向かう
の頬に一筋の汗が流れた。耳郎はマイクに格上のイメージがないと言ったが。彼の普段の言動を思うとそう感じるのもおかしくはないだろう。しかし
との相性は良くない、それを
自身よく分かっていた。ただ声が大きいだけではない彼の個性「ヴォイス」、人よりいい耳を持つ彼女にはそれがマイクの前では諸刃の剣となる。普段の授業でさえ耳を畳んで受けている時があるのだ。単純に弱点を突かれている。どう対処するか考えながら、スピーカーから流れるリカバリーガールの合図を待った。
「期末テストを始めるよ!レディイイ―――…ゴォ!!!」
開始と同時に周りを警戒する。森の中にいるようなステージ、互いに身を隠すにはお誂え向きか。と思ったが普通に考えると生徒が逃げる道を選択するのを防ぐため相手はゲート付近にいると考えた方がよさそうだ。3人で状況を確認しながらゲートへどう行くか、作戦を立てようとした矢先遠くからでも十分な大きさ、威力を持ったマイクの声が響いてくる。咄嗟にそろって耳を抑えるが大した防御にはならない。
「口田!!あんたの"個性"で鳥葬にでもしちゃえないの!?」
「動物操れるんでしょ!?」と耳郎に聞かれた口田はジェスチャーで答える。命令を出したくとも周りの動物たちはマイクの声ですでに逃げだしているらしい。塞いでいても鼓膜が破れるのではないかと思わせられるそれに耳郎は格上どころではなかったと眉根を寄せる。
「完っ全に上位互換!近付けもしない…!!」
「でも動かずってわけにも…大回りでちょっとでもゲートに行こ!」
「うん…耳大丈夫?」
「まだいける!口田くんも大丈夫?」
コクコクと頷く口田に微笑んで、ゲート前にいるであろうマイクの真正面を避け大回りで距離を詰めることにした。マイクの声の合間に流れるリカバリーガールの放送ですでにクリアした組いることを知り少し焦りを感じる。ある程度近付けたがその分真正面を外していても耳へのダメージが大きい。ギリギリのところで岩陰に身を潜める。ふと、その岩の上を歩くアリが目に入った。耳郎も気づき顔を見合わせる。考えていることは同じようだ。動物を操るという口田の個性、これはどうなのだろう。手の甲にアリを乗せて彼の方を振り向く。
「虫いた!あんた虫は操れるの!?」
「キァアア!!!」
「えっ」
目にした途端悲鳴を上げる口田に
はぽかんと口を開いた。同じ表情をしている耳郎はそのまま確かめるように彼の方へ手を突き出すと再び悲鳴が発せられる。虫ダメなんだ、という耳郎のつぶやきを聞きながらその場から距離を取る口田を見つめた。虫、ダメなのか。というか声(?)初めて聞いたな。そんなことを思っていると悲鳴で近付いたことがマイクに気付かれたのか、そこかと一層大きな声が響き渡り頭ごと耳を抑え込む。一先ず耳郎が自身の個性を使って相殺したが
は耳から血が流れるのを感じた。虫を操れるかどうかだけ教えてよと聞くと口田が親指を立てる。そしてすぐ岩を砕く耳郎を見て
は作戦を理解した。ならば少しでも2人から声を遠ざけ行動に集中できるように、と身体をユキヒョウへと変化させる。
「ひきつけるようにがんばる!そっちはおねがい!」
「っわかった!!」
なるべく姿勢は低いまま反対側へ森の中を駆けた。囮であると気付かれたら意味はないが、それでも一瞬こちらへ声を向けてくれたら。口田が虫たちに命令するサポートをしなければ、と2人から距離を充分とれたところで瞬間マイクの視界に入るように草陰から移動する。
「おっとユキヒョウガールのおでましか?」
待ってましたと「ヴォイス」を使ってくる彼に必死で耳を抑えながらも口角を上げた。3人の中で一番近接向きなのはおそらく
だ。近づくことで警戒してくれればいいなと思っていたのだが、敢えてかどうかは分からないもののマイクはこっちを意識している。しかし動きを見せない
や耳郎たちに個性を止め「そろそろタイムアップだぜぇ」と余裕そうに口笛を吹いた。その直後、大量の虫が彼の足元の地中から飛び出して身体を這っていく。悲鳴を上げて倒れるマイクに
は「やった!!」と思わず草むらから顔を出した。少し離れたところから耳郎を抱えた口田も駆けてくる。そして3人そろって、ゲートをくぐった。
「2人ともやったね!」
「うん」
耳郎や口田が受けた耳のダメージを治しハイタッチを求めると2人とも笑顔で手を合わせてくる。それから少ししてリカバリーガールからタイムアップ、試験終了のアナウンスが告げられた。
の耳はリカバリーガールに治してもらい、条件達成できなかったペアがいることを聞く。壁に阻まれたものや一歩成長できたもの、それぞれの思いを胸に翌日を迎えた。
朝から芦戸・上鳴・砂藤・切島が悲痛な面持ちで林間合宿のお土産を楽しみにしていると言うので緑谷がどんでん返しがあるかもしれないとフォローをするも上鳴に目潰しされる。そんな上鳴を止めながらも瀬呂が自身もわからないと顔を顰めた。彼は峰田の力でクリアできたものの試験中ミッドナイトの個性を受け寝ていたのだが。採点基準が明かされてない以上はまだ何とも、というところで相澤が教室へ戻ってきた。
「おはよう今回の期末テストだが…残念ながら赤点が出た」
言葉の続きを固唾を呑んで待つ。
「したがって…林間合宿は全員行きます」
「「「「どんでんがえしだあ!」」」」
相澤お得意の合理的虚偽に振り回される1-A。赤点は予想通り実技の方で切島・上鳴・芦戸・砂藤、そして瀬呂だった。赤点を取った者こそ強化合宿である林間合宿に参加して力をつけなければならないと話す相澤は、虚偽を重ねられると信頼が揺らぎが生じると飯田に突っ込まれ確かにと頷いていたが全てが嘘なわけではないと続ける。赤点は赤点、別途補習時間が設けられていると聞いて喜んでいた5人は固まった。
「ぶっちゃけ学校に残っての補習よりキツイからな」
「―――!!」
「じゃあ合宿のしおり配るから後ろに回してけ」
その日の終了後、各々帰り支度をしながらやはり林間合宿の話で盛り上がる。
も周りの話を聞きつつしおりを再確認した。どうやら水着も必要なようで、上鳴たちが色々買わなければと言うのに内心同意する。結構な大荷物になりそうだが、そんなに大きな鞄あっただろうかとぼんやり考えていると葉隠が見えない手をパンと合わせた。
「A組みんなで買い物行こうよ!」
「おお良い!!何気にそういうの初じゃね!?」
「おい爆豪、おまえも来い!」
「行ってたまるかかったりィ」
「轟くんも行かない?」
「休日は見舞いだ」
「ノリが悪いよ空気を読めやKY男共ォ!!」
葉隠の案にクラスのほとんどが賛成の声を上げる。確かに明日はテスト明けで休日だ。休みなのだがどうしよう、と
は予定を思い浮かべた。実はテスト前に宣言通りみっちり勉強を見てくれた爆豪にお礼をと思って本人に何が良いか尋ねたのだ。最初はいらないと言っていたが
が全く引かないので、何にするかは置いておいてとりあえず休日に会うことになっている。明確にいつどの休日と決めたわけではないが「休み空けとけや」というニュアンスから勝手にテスト明けの休みだと認識していた。今切島に誘われた爆豪は断っているしやはり明日で合っているのだろうかと彼の方に目をやるとちょうど相手もこちらを見ているではないか。
「
ちゃんも行くでしょー!?」
「えっ、あ…ごめん~もう予定入れちゃってて…」
「えー!?」
「女子全員参加じゃねーのかよォ!」
顔は見えないが落ち込んでいる様子の葉隠と奥で机を叩いている峰田に謝罪の言葉を述べながらちら、ともう一度爆豪を見るとその赤い目はまだ逸らされておらず
と目が合えばゆっくりと一度瞬きしてそのまま一足先に教室を後にした。