角を曲がれば送られてきた位置情報の場所だというところで
の耳がその情報源である緑谷の声を拾う。悲鳴とも言える切羽詰まった制止の叫びに、轟とともに更にスピードを上げ路地に入ると地面に伏す飯田に敵の刃が迫る瞬間だった。瞬時に状況を理解した轟が氷と炎を放ち敵を遠ざける。
「緑谷こういうのはもっと詳しく書くべきだ 遅くなっちまっただろ」
、轟の到着に驚きの声を上げる飯田と緑谷に言葉を返しながら視界はしっかり敵を捉える。そして地面を凍らせていきながら少し離れた場所で膝をついている緑谷と壁に背を預けているプロヒーローと思われる男性をこちらへ転がすように寄せた。
はすかさず3人の怪我の状態を確認する。
「こいつらは殺させねえぞ ヒーロー殺し」
「…………」
「轟くんそいつに血ィ見せちゃ駄目だ!多分血の経口摂取で相手の自由を奪う!皆やられた!」
「それで刃物か 俺なら距離保ったまま…」
緑谷から敵の個性考察を聞き距離を取っていれば、と思った矢先轟の顔目掛けてナイフが飛んできた。右に顔を逸らすも少し頬を掠りその隙に間を詰めるステイン。間一髪氷で防ぐがチラ、と上を見る動きに釣られ視線を上げた先にはナイフと同時に投げられたのであろう刀が宙を舞っていた。轟が気を取られた一瞬を逃さずステインは頬から流れる血に舌を伸ばすがギリギリのところで炎を纏い逃れる。交戦する轟に、動きを封じられている緑谷に、プロヒーロー・ネイティブの怪我を悟られぬように治す
に。飯田は何故だ、やめてくれと声を漏らす。
「兄さんの名を継いだんだ…僕がやらなきゃ そいつは僕が…」
「継いだのか、おかしいな…俺が見たことあるインゲニウムはそんな顔じゃなかったけどな」
ステインとの攻防を続けながら飯田に言葉を返す轟。話しているからと手を止めてくれる敵なわけもなく、氷塊を斬り壊し炎を使おうとする左腕にナイフを投げる。そして高く飛び轟に向かって降りてくるステインを見て思わず治癒の手を止め
は間に入った。後ろで自分の名を呼ぶ轟の声を聞きながら、一瞬でも敵の動きが止まってくれればと思ったがその前にいつの間にか動けるようになっていた緑谷がステインを掴み引き摺るように壁をつたって離す。
「緑谷!」
「緑谷くん!!」
「なんか普通に動けるようになった!!」
「時間制限か」と言う轟に、緑谷が一番後に攻撃を受けたはずだとネイティブが返した。こちら側へ戻ってきた緑谷がステインの個性について考えられるパターンをいくつかあげる。血を摂取して動きを奪うとして、先に緑谷が解けたということは人数が多くなるほど効果が薄れるか、血の摂取量か、血液型によって効果に差異が生じるか。それを聞きネイティブが自身はB型だと告げる。続けて飯田がA型だと分かったところでステインが「正解だ」と零した。しかしそれが判明してもどうにかなるものではない。撤退できるものならそうしたいが、
がユキヒョウになればネイティブ、飯田を乗せて走ることはできてもその担ぐまでの時間がかかる。それに轟、緑谷も多少の怪我を負っていることを考えるとこれ以上隙をみせられない。ステインの反応速度は氷や炎を避けられる程なのだ。ここに来る前にエンデヴァーに救援要請しているのでプロが来るまで近接を避けつつ粘る方向で意見が固まった。
「轟くんは血を流しすぎてる 僕が奴の気を引きつけるから後方支援を!」
「私も出る!」
「相当危ねえ橋だが…そだな 三人で守るぞ」
「3対1か………甘くはないな」
緑谷と
がそれぞれの個性を活かした素早い動きで左右から挟むように仕掛けるが、甘くはないと言っただけのことはありステインの動きも先ほどまでとは明らかに違った。緑谷の足と
の腕を斬りつけ2人の攻撃を躱し轟の方へ一気に距離を詰める。
「止めてくれ……もう……僕は……」
「やめて欲しけりゃ立て!!!」
「ごめんっ轟くん…!」
「避けて!!」
「なりてえもん ちゃんと見ろ!!」
飯田の眼から涙が零れた。インゲニウム、かっこいい兄で最高のヒーロー。そんな兄に憧れてヒーローを目指した。そんな兄を傷つけたヒーロー殺しに怒りや憎しみで埋め尽くされた。罪を思い知らせる為に愛すべき兄の名を使った。そして恨みつらみで動く自分を友たちは守り、血を流している。何がヒーローだ。ヒーロー殺しの言う通り己は未熟者だと感じる。それでも、
「氷に炎 言われたことはないか?"個性"にかまけ挙動が大雑把だと」
「化けモンが…」
今ここで立たなければ。動けるようになった足を踏み出す。もう二度と彼らに、兄に、追いつけなくなってしまう。その一心で個性を発動し轟を襲う刃を蹴り折りそのまま腕に当て退けた。
「飯田くん!!!」
「大丈夫っ!?」
「解けたか 意外と大したことねぇ"個性"だな」
「轟くんも緑谷くんも
くんも関係ない事で…申し訳ない……」
「またそんな事を…」
「だからもう、三人にこれ以上血を流させるわけにはいかない」
立ち上がる飯田を人の本質は簡単には変わらないとステインの言葉が容赦なく切り捨てるが彼は折れない。折れるわけにはいかなかった。とはいえ相手も敵ながら強い信念、思想を持っている。ネイティブは応戦せず逃げろと言うが、動ける人間が増え多対一となりその上直にプロが駆けつけるという情報を得てステインも目的であるネイティブと飯田を殺すため本気になっていた。
「轟くん 温度の調整は可能なのか!?」
「炎熱はまだ慣れねえ 何でだ!?」
「俺の脚を凍らせてくれ!排気筒は塞がずにな!」
「邪魔だ」
「轟くん!!」
飯田に気を取られた隙を逃さずナイフを放とうとするステインに
が跳びかかったが一歩遅く。瞬時に次の攻撃に移り
の両脚を斬りつけ、轟へのナイフを止めた飯田も刃で腕ごと地面に突き刺した。轟は思わず二人の名を叫んだがそれを遮り飯田が排気筒を凍らせるよう催促する。言われたとおりに氷を使う轟に尚迫るステインを止めようと
も足に力を入れるが、斬りつけられた上強く壁に激突したせいで思ったように動けない。揺れる視界にふらつきながらも立ち上がる緑谷が、腕に刺さるナイフを引き抜く飯田の姿が見えた。行け、轟がそう口にするのと同時に
も呟く。二人の渾身の一撃を頬、胴に受けてもまだステインは攻撃の手を止めない。
「おまえを倒そう!今度は…!犯罪者として――…」
「たたみかけろ!!」
「ヒーローとして!!」
炎の援護とともに、飯田のもう一撃を受けついにステインの動きが止まる。落ちてくる二人を氷壁でそばまで滑らせた轟はまだ終わっていないと警戒したが、氷の上で伏したままの姿を見て気絶したのだと判断した。そしてすぐ、目覚める前にとその身体をロープで縛り轟が引いていく。緑谷と飯田の怪我は応急処置程度に
が治癒したが自身も負傷したため本調子は出せず、動けるようになったネイティブが緑谷を背負い、足を斬られた
は飯田の手を借りながら通りへ出た。
「む!?んなっ…何故おまえがここに!!!」
「グラントリノ!!!」
丁度路地を抜けたところで向かい側から同じように出てきたコスチュームを着た老人が緑谷に気付くとその顔に飛び蹴りをお見舞いする。様子から察するに緑谷を受け入れたヒーローなのだろうと
は内心帰結した。その直後エンデヴァーから応援要請を受けたプロヒーローたちが駆けつける。エンデヴァー自身は未だ交戦中らしい。緑谷がネイティブの背から降りたのを見て、
も飯田に礼を言いながら手を離すとその身体が前へと折られた。
「三人とも…僕のせいで傷を負わせた 本当に済まなかった…」
「飯田くん、」
「何も…見えなく…なってしまっていた………!」
その言葉に、緑谷もごめんねと返す。友達なのにこうまで思い詰めていたことが見えていなかったと。
「しっかりしてくれよ 委員長だろ」
「……うん…」
涙を拭う飯田に声をかけようとしたとき、
の耳に何かが羽ばたくような音が届く。バッと上を見上げると以前雄英に襲撃してきた脳無と似た姿をした片目を潰されている敵がこちらに向かって飛んできていた。「あれは!?」と叫ぶと同時に同じくその存在に気付いたグラントリノが伏せろと指示する。勢いよく突っ込んできた敵は足で緑谷を掴み上昇した。が、グラントリノたちが追おうとしたところで敵の方が突然力をなくしたかのように降下する。
「偽者が蔓延るこの社会も徒に"力"を振りまく犯罪者も粛清対象だ 全ては正しき社会の為に」
落ちてくる敵の背に飛び乗りナイフを突き刺し緑谷を引き離したのは、捕らえたはずのステインだった。プロヒーローたちがその行動を助けたのか人質を取るためのものなのか判断できず戸惑っていると到着したエンデヴァーの声が響く。
「エンデヴァーさん!!あちらはもう!?」
「多少手荒になってしまったがな!して…あの男はまさかの…」
エンデヴァーが少し先にいるステインに気付き炎を手に纏うが、立ち上がった男の異様な雰囲気にグラントリノが制止の声をかけた。エンデヴァーを"贋物"と呼ぶステインから向けられている殺意がその場にいる全員を圧倒する。こちらへ一歩踏み出す彼にエンデヴァーさえほんの少し身を引いたのだ。
「俺を殺していいのは 本物の英雄だけだ!!」
言葉とともに発せられる強烈なプレッシャーに
の身体が震え総毛立つのを感じ取る。しかしたった一人向かってきていたはずのステインは、踏み出したその場所で、立ったまま気を失っていた。
一夜明け、保須総合病院の一室。4人は治療を受け入院していた。飯田や緑谷に比べると
の怪我は軽いものではあったがそれでも思ったより足を深く斬られていたらしく包帯で巻かれている。壁にぶつかった際に負った傷もまだ少し痛みを残していた。
「冷静に考えると…凄いことしちゃったね」
「そうだな」
「あんな最後見せられたら生きてるのが奇跡だって…思っちゃうね」
それぞれベッドに腰掛けながら昨夜のことについて話す。殺そうと思えば殺せた、自分たちはあからさまに生かされたと言う緑谷と轟の言葉に自然と足へ視線が落ちた。本当にその通りである。話を聞きながら長いようで短かった戦いを思い返していると部屋の戸が開けられた。緑谷、飯田の受け入れ先であるプロヒーローのグラントリノとマニュアルが入ってきており、その奥から犬の顔をした男性が現れる。グラントリノからの紹介によると保須警察署署長の面構犬嗣さんというらしい。
「君たちがヒーロー殺しを仕留めた雄英生徒だワンね」
「(署長がわざわざ…何だ?)」
「(ワン…!!)」
「(わん…かわいい…)」
「ヒーロー殺しだが…火傷に骨折となかなかの重傷で現在治療中だワン」
「!」
面構署長は4人を見つめ静かに口を開く。"個性"とルールにまつわる話だった。容易に人を傷つけ殺めることのできる"力"を"武"に用いない事としその"穴"を埋めるためヒーローが資格取得という形で台頭してきた。実際それが公に認められているのは先人たちがモラルやルールを尊守してきたからである。故に、今回資格未取得者が保護管理者の指示なく"個性"で危害を加えたことは、たとえ相手が敵であろうとも規則違反とされるのだ。4人及びプロヒーロー・エンデヴァー、マニュアル、グラントリノの計7人には厳正なる処分が下されなければならないと告げる署長に轟が待ったをかける。飯田が動いていなければネイティブは殺されていたし、緑谷が来なければ2人は殺されていた。緑谷が情報を送らなければあの時点では誰もヒーロー殺しの存在に気付いていなかったのだからその結果になっていた可能性は高い。
「規則守って見殺しにするべきだったって!?」
「ちょちょちょ」
「結果オーライであれば規則などウヤムヤで良いと?」
「―…人をっ…救けるのがヒーローの仕事だろ」
「だから…君は"卵"だ まったく…良い教育をしてるワンね雄英も…エンデヴァーも」
「この犬―…」
「轟くん落ち着いて!」
「やめたまえ もっともな話だ!!」
「まァ…話は最後まで聞け」
声を荒げ署長に詰め寄りそうになる轟を3人が止めグラントリノも間に入る。
「以上が――…警察としての意見 で処分云々はあくまで公表すればの話だワン」
「!?」
鼻頭を掻きながら今回の件を公表すれば世論は4人を褒め称えるだろうが処罰は免れないと話を続けた。その一方で公表しない場合、ステインの火傷跡からエンデヴァーの功績として擁立してしまえる。幸い事件の目撃者は極めて少なくこの違反は公にせず握り潰せるということなのだが、つまり同時に4人の英断と功績も世間に知られることなく終わるということだ。どちらがいいか、とそれぞれに目をやる署長はグッと親指を立てる。
「一人の人間としては…前途ある若者の"偉大なる過ち"にケチをつけさせたくないんだワン!?」
「まァどの道監督不行届きで俺らは責任取らないとだしな」
「申し訳ございません…」
「よし!他人に迷惑かかる!わかったら二度とするなよ!!」
ほろりと涙するマニュアルに飯田が謝罪し愛あるチョップを受けた後、4人はそろって署長に「よろしく…お願いします」と頭を下げた。それを見つめ"大人のズル"で4人が受けていたであろう称賛の声はなくなってしまうが、と今度は署長が身体を折る。
「せめて 共に平和を守る人間として…ありがとう!」
その言葉に4人は困ったように顔を見合わせ、それでも小さく笑みを零した。それから署長、グラントリノたちを見送り順番に診察を受ける。
の足の傷はもう少しで治るということで軽くなら動いてもかまわないと許可をもらい、電話のできる場所まで移動して心配をかけてしまっているであろう祖父に連絡を取った。電話口から聞こえた祖父の声はいつもより覇気がなかったような気がして、
の耳もぺたんと倒れる。すでに学校から報告は行っていたようなのでやはり心配してくれていたのだろう。それから
同様電話をしていたらしい緑谷と鉢合わせ、一緒に病室へ戻った。
「あ、飯田くん 今麗日さんがね…」
「緑谷、
飯田今診察終わったとこなんだが」
「………?」
「左手、後遺症が残るそうだ」
息を呑む音が響く。飯田は両腕とも負傷していたが特に左のダメージが大きかったようで、手指の動かし辛さや多少の痺れが残ると診断されたのだった。神経移植をすれば治る可能性もあるらしいが飯田本人は今回の事を猛省しており自身が納得できるヒーローになれるまで戒めとして残すと左腕を見つめる。
「飯田くん 僕も…同じだ 一緒に強く…なろうね」
これまでの傷跡もまだ残っている手を強く握りしめる緑谷に、
はリカバリーガールのことを思い浮かべた。緑谷の傷、特に彼が個性を制御しきれず無茶をした場合などに関しては手を出すなと言われているのだ。昨夜の戦い方は以前のその身を犠牲にした痛々しいものではなかったように見えたが、飯田と緑谷の会話からして余計なお世話はしないほうがいいのだろうと開きかけた口を噤む。決意に満ちた眼をしている2人の向こうで轟が何かに気付いたような反応を見せた。
「なんか…わりィ…」
「何が……」
「俺が関わると…手がダメになるみてぇな…感じに…なってる…」
「呪いか?」と至極真面目に自身の手を持ち上げながら呟く彼に一瞬の間を置いて緑谷、飯田が笑い声をあげる。
「あっはははは何を言っているんだ!」
「轟くんも冗談言ったりするんだね」
「いや冗談じゃねえ ハンドクラッシャー的な存在に…」
「ハンドクラッシャ――――!!」
「大丈夫だよ轟くん!!私は手じゃないよ!!」
「あ、そうか…ということは…何クラッシャーだ?」
「ブッそうじゃないだろ
くん!!」
「ハッハハハハハ二人ともやめて!」
まさか轟がそんなことを言うとは思わず緑谷たちはしばらく笑い続けたが、ふと
の怪我について疑問が浮かんだ。体育祭には出ていなかったからか彼女が怪我をしているというのが何だか珍しく思えたし、今まで深く考えなかったが治癒の個性で治しているのだと勝手に認識していた。
「えっと、
さんは…自分の怪我は…」
「そういえばそうだな」
「あれ?言ったことなかったっけ?私が治せるのは人の怪我だけだよ~」
「そうだったのか…」
「大丈夫だからね!?飯田くんそんな顔しないで!?」
さっきの笑顔はどこへやら、影を落とす飯田に慌てて両手を振る。
「もう話した気でいたよ~」
「
さんの個性まとめたいな…ノート、はないし何かメモ…」
「他人の怪我なら何でも治せるのか?」
「私の技術と体力次第でね!時間が経ちすぎてるとだめだし病気も治せない…」
「治癒を使いすぎるとユキヒョウになってしまうんだったな」
「そう~!何でかはわからないけど」
「ユキヒョウになると治癒できないんだよね…?防衛本能が働くのかなブツブツ」
顎に手を当て、ブツブツと
の個性を使った戦い方や弱点などを考察する緑谷。その姿をだいぶ見慣れてきたな、と見守る3人であった。こうして路地裏での戦いは人知れず終わりを迎え、また人知れずその影響はたしかに広がっていく。
は轟とともにエンデヴァーから多少のお叱りと充実した指導を受け無事に残りの職場体験を終えた。事件から二日ほど過ぎた頃にはヒーロー殺しステインの素姓はあらゆる角度から暴かれ、彼が主張する英雄回帰を支持するような動画が投稿されたりなど世間を賑わせている。その生き様は善くも悪くも抑圧されたこの時代に刺激を与えた。