13

職場体験当日、1-Aの生徒たちは自身のコスチュームを持って駅に集合していた。悩みに悩んだ末、結局はエンデヴァーの事務所に行くことに決めたのだった。ローパーの事務所もかなり魅力的であったが、やはりNo.2のヒーロー事務所からの指名となるとこれほどのチャンスは二度とないであろうというのが一番の理由である。ローパーには直接連絡を取り、その旨と指名への感謝の言葉を伝えておいた。有難いことに彼の方もエンデヴァー事務所に行くべきだと強く推してくれたので、もこの選択に自信を持って今日に臨む。ギリギリまで悩んでいたのでまだクラスメイトには行き先を言っていないのだが、恐らく轟と同じだろう。ヒーローネームを決めた日に轟と駅まで一緒に帰っていたのだが父親の事務所に行くと思うと話していた。



「コスチューム持ったな 本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ 落としたりするなよ」
「はーい!!」
「伸ばすな「はい」だ芦戸 くれぐれも失礼のないように!じゃあ行け」



相澤の話が終わると同時にそれぞれが目的地方面に向かって動き出す。体育祭後、ニュースで飯田の兄であるプロヒーロー・インゲニウムが敵との交戦で重症であるというニュースが流れており当然も見た。未だ逃走中である犯人は過去17名のヒーローを殺害し、23名のヒーローを再起不能に陥れた敵名"ステイン"。飯田に声をかける緑谷の様子を少し離れたところで眺めていたは、自分も何か、と思ったが飯田と一番距離が近いであろう緑谷に加え他からもとなると少ししつこくなってしまうかもしれないと結局背を向ける彼を見送った。気にはなるが己のことを疎かにしては意味がないと、蛙吹や芦戸たちに別れの挨拶を告げ電車の乗り場へと向かう。少し先に同じ方向へ足を進めている轟を見つけたは駆け寄り、彼の名前を呼びながら後ろから顔を覗かせる。



?」
で~す! 轟くんエンデヴァー事務所?」
「ああ …もこっちなのか?」
「えへへ、うん!」



笑っている事の多いだが珍しく、何故か悪戯な笑顔を浮かべる様子に首を傾げつつ「そうか」と頷く轟。そのまま並んで歩き、予定通りの電車に乗り込み隣同士で腰を下ろした。



「どこの事務所にしたんだ?」
「轟くんと同じところ~」
「へえ、…おなじ?」
「おなじ」



ぽかんとした表情でこちらを見るその口にポッキーを近づける。反射的に咥えた轟は咀嚼し、ニコニコと見届けたは自身の口にも運んだ。体育祭でエンデヴァーに会い、その時の両親と顔見知りだと聞いたことを話す。エンデヴァーといいローパーといい、体育祭に出場していないにも関わらず届いたオファーは実力を見てではなく縁故のものではあるがせっかくの厚意、No.2ヒーローの活動を間近で見られるまたとないチャンスなので遠慮なく受けることにしたと両手で握りこぶしを作り言うに轟は小さく笑みを零した。

エンデヴァー事務所前、は感嘆の声を漏らす。分かってはいたがでかい。入り口で迎えてくれたサイドキックの1人が案内してくれるとのことで後ろをついて行く。事務処理をする者、電話応対をする者、忙しなく行き来する多くのサイドキック達と初めて見るプロの事務所の様子にの耳もそわそわと左右忙しなく動いていた。



「待っていたぞ 焦凍、の娘」



案内された部屋で待ち構えていたのは当然ながらこの事務所のトップ、腕を組み仁王立ちでこちらを見下ろすエンデヴァー。以前話した際も思ったがやはり。轟々と力強く燃える炎に鍛え上げられた身体、堂々とした佇まいはが憧れるヒーローそのもので格好いい。視線を向けられ緊張で背筋が伸びるも興奮は抑えられず、ビンッと真っ直ぐ立つ尻尾に頬を染めつつも目をきらきらと輝かせる。のことを良く知らない人間ですら今の彼女の心情は手に取るように分かるだろう。エンデヴァーも例外ではなく、純粋な好意に口角が僅かに上がる。



「前にご両親と現場で会った話をしたが」
「ハイッ」
「実は君とも会っている」
「え!?」
「赤ん坊の頃にな ご両親がぜひ抱きあげてほしいと」
「え!?(何やってるのお父さんお母さん!?)」
「あの時は父親の個性を受け継いだのだろうと思ったが…」
「あ、母のは2歳くらいの時に、」
「おいもういいだろ」
「轟くん?」
「…まずはコスチュームに着替えてこい 活動はそれからだ」



険しい顔で会話を遮った轟は、の手を引き部屋を出た。



「轟くん轟くん」
「…わりィ、手引っ張っちまった」
「あっううん、大丈夫だよ~!」
「…クソ親父が何か言ってきても、無視してくれ」
「うん?」



何か、とは。話の流れから行くと個性のことだろうか。轟と別れコスチュームに着替えながらその意味を考えるも正解が分からず、無視してくれと言っていたしあまり深く考えないでおこうとエンデヴァーの待つ部屋へ戻った。すでに轟も着替え終わっていたようで扉を開けるとエンデヴァー、轟の目が向けられる。「お」「ム」と揃って発せられた短い声に、何か変なことをしたかと一瞬足を止めた。



「コスチューム変えたんだな」
「コスチューム変えたのか?」



さらに揃ってかけられる言葉にはなるほどと轟の隣に並ぶ。エンデヴァーのいうコスチュームは体育祭の時に着ていたリカバリーガールとおそろいで作ってもらったやつだろう。実は以前のコスチュームでもっと伸縮性が欲しかったために改良の依頼を出したのだが、体育祭での姿を製作に関わっている人が見ていたのか改良されたコスチュームが届いた際大幅にデザインも変わっており、へそ出しのトップとショートパンツだったものがノースリーブのショート丈ワンピースになって戻ってきたのだ。軽い説明書のような手紙が添えられており、デザイン変更に関しては要約すると"リカバリーガール風のコスチュームがとても似合っていて可愛かったからやってみた"的なことが書かれていた。驚きはしたが、にとってもユキヒョウ化した時のことを思うとワンピースタイプの方が勝手が良いのでそのまま受け取ったのだった。



「似合ってるな」
「ありがとう~!というか轟くんも変わってる!かっこいい!」
「…おお、」



轟との話す様子を満足気に見ていたエンデヴァーは腕を組み直し、2人を呼ぶ。今日明日は事務所の動き、流れをその身で体験するとのことで外には出ないらしい。スムーズにいけば相棒たちとの実践訓練も組んでくれるようだ。普段は道場の人たちとしか手合わせをする機会がないのでプロヒーローに相手をしてもらえるとはすごいチャンスである。は期待で胸を膨らませた。

それから2日間、実際にプロヒーローたちの業務形態や出動までの流れなどをその目で見て、手の空いた相棒たちに対人戦闘や模擬訓練を行ってもらった。訓練にはエンデヴァーも時間を作り見てもらったのだが、幼い頃から総合格闘技を習っていたおかげか、個性の相性によって若干バラつきはあるが筋が良いと褒めてもらいは上機嫌である。そして3日目。



「保須に出張する 泊まりの準備をしろ」
「保須… ヒーロー殺しですか!?」
「ああ、前例通りなら再び現れるはずだ」



保須と聞きすぐに反応したに「なかなか優秀だ」と口角を軽く上げる。必要最低限の準備をし、何人かの相棒と共に手配してもらった新幹線で保須市へ向かった。飯田は保須市のヒーロー事務所を選んでいる。たまたまにしてはピンポイントな選択が気になっていた。真面目な彼のことだからまさかとは思うが、とは過ぎゆく景色を見ながら考える。目の前の席で腕を組み、目を瞑って口を閉ざしているエンデヴァーを見て小さく息を吐いた。エンデヴァーが行くのだ、これほど心強いことはない。そして目的の保須市へ降り立った一向は、大きな爆発音を耳にする。音のしたほうへ振り向くと黒煙が上がっていた。



「焦凍!!事件だ ついてこい ヒーローというものを見せてやる!」
「はい!!…っと、」
「…………」



エンデヴァーに続き黒煙の上がる方へ走り出そうとしたところで、轟の携帯が震える。地図の位置情報のみで送られてきたそれは緑谷からだった。何故位置情報、と一瞬考えたが一括送信で皆に送られているようだし緑谷の性格からして意味もなくこんなことをするはずはない。示されている場所はここから近いし先ほどの爆発音に関係があるにしろ無いにしろ、これは本文をつけられる余裕もない状況、SOSである可能性が高い。同じ結論に至ったであろう轟と目を合わせ頷く。



「行くぞ
「うん!!」
「どこ行くんだお前達ィ!!!」



くるっと踵を返す2人にエンデヴァーが声を上げた。



「江向通り4-2-10の細道 そっちが済むか手の空いたプロがいたら応援頼む お前ならすぐ解決出来んだろ」
「すみませんエンデヴァー!!」
「友だちがピンチかもしれねえ」
「お叱りは!!しっかりいただきますので!!」



背を向けたまま告げすでに走り出している轟と、顔だけ振り返り頭を下げ轟の背を追う。その様子に、エンデヴァーは何も言わず見送った。タイミング的には爆発音の元と合わせてグループの敵が騒ぎを起こしているのかもしれないが、近いとはいえ場所が少しずれているのが気になる。嫌な予感にの胸がざわめいた。