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トーナメント一回戦が終わり緑谷が指の手当てに来るだろうから治癒しようと待っていると、オールマイトがやってきた。のコスチュームを見て「良く似合っているね、可愛いよ!」と頭を撫で写真を撮りまくる。されるがままになっている彼女に、リカバリーガールが使いを頼んだ。緑谷は診ておくから何か飲み物を買ってきてほしいと。何故このタイミングで、とも思ったが、オールマイトもいるし何かあるのかなとは頷き出張保健所を出る。自動販売機でコーヒーと紅茶を買い、それを手に歩いていると曲がり角から大きな影が現れた。



「えっエンデヴァー!」
「ムッ 君は…」
「こ、こんにちは!」



ぺこっと下げられた頭を影の主、エンデヴァーは見つめる。轟の話を聞いてしまった時は驚いたがNo.2として活躍するプロヒーロー・エンデヴァーはにとって憧れるヒーローの一人だった。こんなに間近で見るのは初めてなのでつい目を輝かせる。力強い炎に体格、やはりかっこいいものはかっこいい。対するエンデヴァーはの容姿からして息子と同じくらいだろうになぜコスチュームを着てこんなところにいるのか内心疑問に思っていた。



「スノーレパードとヒーリングガールの娘か」
「父と母をご存知なんですか?」
「ああ、何度か現場で会ったことがある」
「(知らなかった…)」
「その格好…ご両親の個性を受け継いだのかな?」
「あっはい、そうです!」
「そうか…息子の試合が始まるので失礼する」



そう言って返事を聞く前に去って行くエンデヴァーに見えないだろうが一人会釈しておく。まさか両親とエンデヴァーが知り合いだったとは、今日は色んなことを知る日だなとは宙を見つめ、去り際の試合が始まるというフレーズを思い出し急いでリカバリーガールの所へ戻った。



『START!!』



「ちょうど始まったところだよ」
「間に合った!!」



轟対瀬呂の戦いが始まる。先の種目で高ランク通過を続けた轟に瀬呂は若干引き気味ではあるがそれでも負ける気はないと速攻をしかけ個性のテープで相手の身体を拘束。しかし次の瞬間、大きなスタジアムをも超える範囲の氷が瀬呂を行動不能にし轟が二回戦進出を決めた。あっという間に終わってしまった勝負に自然と沸き起こるどんまいコールの中、轟は自身で凍らせたものを左側の炎の個性で溶かしていく。映し出されるその背を見て、は眉を寄せた。続く対決は上鳴とB組の塩崎。こちらの勝負も速攻で上鳴から放たれた電撃を塩崎の個性である茨の壁が防ぎ、そのまま上鳴の全身を覆い行動不能にしたことで瞬殺に終わる。次の飯田対サポート科の発目の勝負は少し毛色の違ったもので、両者が発目の生み出したサポートアイテムを身に着けておりそれを全力で使った鬼ごっこのような戦いはおよそ10分間にわたり行われ、その間自身のアイテムをあますことなく解説し披露したことで満足した発目の自らの場外により飯田の勝利で幕を閉じた。大きな怪我もなくサクサクと進んでいき芦戸対青山、常闇対八百万も短期決戦で終了し、現在は切島対B組の鉄哲が行われている。



「見事な殴り合いだね」
「2人とも個性が似てますねえ」
「…引き分けだ」
「す、すごい…」



全身を硬化することができる切島と、身体を鋼鉄のように硬くすることができるスティールの個性をもつ鉄哲の真っ向勝負は両者ダウンによる引き分けに終わり、回復できしだい腕相撲などの簡単な勝負で勝敗を決めることとなった。保健所に運ばれてきた2人はベッドに寝かされ、目立った傷はリカバリーガールが治したがまだ勝負が残っているので彼らの体力を消耗しないよう残りはが診ている。始まる爆豪対麗日戦のアナウンスを聞きながらちゃんと見られないことを悔しく思うも、鉄哲の怪我を治し切島の治療へと移った。個性があるとはいえ素手の殴り合いをしていただけあって未だ目覚めない2人は顔や手の負傷が特に多い。切島の頬に手を当て顔についた傷を治していると瞼が震え、ゆっくりと開かれる。



「あ、おはよう切島くん」
「――…、…?」
「はい、です~」
「ぉ、ハッ?!いッ!?」
「あっまだ治療中だよ!?寝ててっ」
「あ、保健所か…」



認識するなり勢いよく身体を起こした切島を慌てて支えベッドに戻した。



「俺負けたのか!?」
「引き分け、回復しだい簡単な勝負で勝敗決めるって」
「そっか…あ、ありがとうな
「ふふ、あとは手の方だね」



きゅっと握られる自分の両手を自然と見下ろす。女の子らしい白くて柔らかいそれに気恥ずかしさを感じほんのり頬を染め居た堪れなくなったが、治癒の個性からくるものだろうか、相手の体温とはまた違う温かさがどんどん手を包んでいくので落ち着きを取り戻した。部屋に設置されているモニターから爆発音などが響いてくるのを見て、なるほどもここで観戦しているんだなと理解したと同時に自分の勝負も見ていたのかと思わず手に力が籠る。それに気づいたが名前を呼びながら首を傾げた。



「や、なんか……ハァ、かっこわりぃ」
「え?どうして?かっこよかったよ?」
「え」
「切島くんはかっこいいよ、個性もだし何よりハートが!」
「そ、そーか?」
「うん!漢らしい!それにまだ勝負は終わってないよ?」
「……そーだよな!落ち込んでる場合じゃねえ!」



治療が終わり放された手を頬に思いきり叩きつけ、「よっしゃ!!」と気合を入れ直す。その声に驚いたのか鉄哲も目覚め、2人とも小さな傷は少し残っているものの充分回復できたとのことで決着をつけるためスタジアムに戻った。結局爆豪と麗日の勝負はほとんど見れないまま爆豪の勝利に終わり、現在は小休憩を挟んでいるところらしい。二回戦の前に切島と鉄哲の腕相撲勝負が行われ、切島が次への切符を手にした。

『緑谷対轟!!START!!』



二回戦、開始早々轟と緑谷の個性がぶつかり合う。何度か繰り返し超パワーを一発放つ度に指を負傷していく緑谷の片手が全滅した頃、轟が一気に間合いを詰め近接戦へ持ち込んだ。再び襲い掛かる氷にそれまでよりも高い威力のパワーで対抗し後ろへ逃れる。強い個性の応酬、緑谷のボロボロな様子に観ている者たちがざわついている中とどめだと言うように足元から凍らせ緑谷を狙った。しかしそれを負傷した指でもう一度超パワーを放ち反撃する。



『てめェ…何でそこまで…』
『震えてるよ 轟くん』



氷しか使わないせいで、冷気に耐えられる限度を超えたのか身体に霜が付き始める轟に、動かすのが困難なほどの指を握りしめ訴えるように話す緑谷。



『半分の力で勝つ!?まだ僕は君に傷一つつけられちゃいないぞ!全力でかかってこい!!』



その言葉に顔を顰めた轟は緑谷へ距離を詰めるが読んでいたのか体勢を低くして迎えた緑谷は相手の腹へ拳をぶつけた。あきらかに緑谷のほうが限界のように見えるが、轟のほうも動きに鈍りをみせている。両手ともに潰れた緑谷はついには指を口の中に入れてまで頬を弾き、何故そこまでと轟は戸惑いの声を漏らした。



『笑って 応えられるような…カッコイイ人に……なりたいんだ』



言葉と身体でぶつかってくる緑谷に後退し蹌踉ける。



『だから……僕が勝つ!!君を超えてっ!!』
『親父を―――…』
『君の!力じゃないか!!』



その叫びに、悲痛に顔を歪ませた轟の身体から炎が燃え上がった。一瞬全身を隠すほどになった炎を左側に纏い、苦しさも、悲しさも、色んな思いを含めた笑みを浮かべる。



『俺だって ヒーローに…!!』



それを受け緑谷も汗を流しながら口角を上げた。初めて戦闘で炎を見せた息子に観客席の階段を最前まで降りてきたエンデヴァーが興奮したように叫ぶが轟は只管に目の前の緑谷に向き合っている。2人の心の叫びに、は無意識に腰を浮かせて画面に見入った。見聞きしているこちらまで苦しくなるような、それでいて抱えている何かが晴れるような。ぐっと胸を鷲掴まれる感覚に、いつまでも見ていたいとまで思わされたが、終わりの時はすぐそこにまで来ている。轟は氷と炎を、緑谷は全身にパワーを、残る全力で纏い予測される威力に止めに入ったセメントスの壁を超えぶつけ合った。観客席にまで及ぶ爆風で2人は覆われたが、砂ぼこりがゆっくり霧散していく中現れたのは壁からずり落ちて倒れる緑谷と、ステージに立っている轟の姿だった。



『緑谷くん……場外 轟くん――…三回戦進出!!』



呼吸さえも忘れていたはリカバリーガールに呼ばれはっと息を吸い込む。



「あの子、ここまで来ないだろうし診てきてやんなさい」
「え、」
「服がボロボロだし控え室で着替えるんじゃないかい?」
「でも緑谷くんが」
「あたしが診るよ 言いたいこともあるしね」
「…はい!」



見ていた感じでは轟のほうは大した怪我ではないだろうが様子が気になるのでリカバリーガールの言葉に甘え、彼がいるであろう控え室に足を運んだ。扉をノックすると本人から返事があったので中へ入る。



……」
「あの、治すところがあったらと思って」
「おお…わりィ」



ほとんど無傷に近いが緑谷に殴られた腹と、氷の使い過ぎで凍傷になりかけている部分があったのでそのあたりを治しておいた。向かい合って座っているの顔をじっと見ているので同じように視線を合わす。先ほどの勝負とその前に聞いてしまった話のことがずっとの頭を埋め尽くしていた。やはり勝手に聞いてしまったことを謝らねばならない。



「あ!あの!轟くん!!」
「どうした?」
「ごめんなさい!私、お昼に緑谷くんと話してたの、聞いて、」
「…ああ、そういうことか」
「本当にごめんなさい…」
「いや、もともとにも話すつもりだったから良い」
「え?」
「お前に聞いてほしい、って思ってたけど…どう切り出せばいいのか分かんねえし、気持ちの良い話でもねえから困らせちまうと思ったら中々言えなかった」
「そう、なの…?」
「だから、聞いてたんなら良い」



部屋に来た時から笑顔でも下がりっぱなしだった尻尾が気になっていた轟は謝るの言葉を聞きながらなるほどとまだ垂れたままのそれに視線を落としていたのだが、実際今伝えた通りずっと話すつもりの事だったし何なら今日体育祭が終わったら時間をもらおうと考えていたので本当に構わないのだと再びの顔に視線を戻す。ただこれまでと、緑谷との勝負があった後の今では轟の心の中でも変化が起きていた。色んなことの整理がついたら、改めてに話そう。そう決めた轟は不安げに自分を見るの頭をぽん、と撫で「行ってくる」とスタジアムへ戻って行った。もまだ気持ちは晴れないが、話を聞いてしまったことに関しては轟本人が本当に気にしていない様子だったのでとりあえずは良しとする。

保健所に戻りモニターを確認すると爆豪対切島の勝負が始まっていた。爆豪の一回戦はよく観られなかったが今回はいけそうだと椅子に座り集中する。切島が近接攻撃タイプなだけあって肉弾戦でやり合っており、猛攻をしかける切島が優勢に見えたが全身硬化し続けているため時間が経つほどどこかしらから綻びていくのだろう。そこを見極め一気に畳みかけた爆豪の攻撃により惜しくも倒れた。



『爆豪エゲツない絨毯爆撃で三回戦進出!!これでベスト4が出揃った!!』



休む間もなく準決勝へ進む。まずはヒーロー家出身同士の轟と飯田の対決。何度目になるか開始と同時に氷で攻める轟、それを跳んで避けた飯田が彼に蹴りを入れ倒れたところを掴んで場外目指して駆けた。エンジンが止まる前に轟を投げ飛ばせれば飯田の勝ちだったが、密かに排気筒を凍らせていた轟の策により予想より早く止められてしまいそのまま上半身まで氷に覆われ行動不能に。轟は炎を見せずに決勝進出となった。続く爆豪対常闇戦では、これまで個性の黒影と共に無敵に近い状態で勝ち上がってきた常闇だったが爆豪の怒涛の爆破ラッシュに防戦一辺倒となった。疲弊するどころか動きに機敏さが増していく爆豪にマウントを取られ、ついに降参を選ぶ常闇。決勝は轟と爆豪に決まった。



『さァいよいよラスト!!雄英1年の頂点がここで決まる!!決勝戦!!轟対爆豪!!今!!』



STARTの掛け声と共に観客席近くまで氷で覆われる。とはいえ瀬呂戦で見せたほどの規模ではなく、一撃を狙いつつ突破され続く勝負を警戒しているようだ。その判断は正しく爆発で氷結を防ぎ、氷の壁を爆破で掘り進め轟の前まで爆豪は出てきた。次の手が打たれる前に上に跳び左側を掴んで場外へ向けて投げ飛ばしたが、轟はギリギリのところで氷壁でカバー。



『左側をわざわざ掴んだり爆発のタイミングだったり…研究してるよ 戦う度にセンスが光ってくなアイツは』
『ホゥホゥ』
『轟も動きは良いんだが……攻撃が単純だ』



飯田の時とは違い何度か左側を使うタイミングはあったがそれでも炎を見せない轟に爆豪が吠える。最初からずっと、常にトップを狙い、純粋に己が勝つことだけを考えている爆豪にとって、相手が全力で向かってこないというのは腹が立つのだろう。大まかな事情を知っているとはいえ轟が今何を思っているのかなんてには分かり得ない。それでも胸にくるものがある。轟だけじゃなく爆豪にしてもそうだ。普段からトップを見据え、自分を強く持つ爆豪の姿勢は憧れを感じる。2人とも自分に「勝つ」と言ってくれたからか、にとってこの勝負は他とは違う思いがあった。



『勝つつもりもねえなら俺の前に立つな!!!何でここに立っとんだクソが!!!』



爆破を利用して自身に勢いと回転を加え飛び出す爆豪に、観客席から飛ばされた緑谷の激を受け轟も炎を纏う。そしてぶつかり合う2人の力。特大火力を見せた爆豪に対し、轟の方は緑谷戦で使った超爆風は撃たなかったようだった。晴れていく爆風の中から現れたのはステージに伏せる爆豪と場外で意識を失い倒れている轟の姿。起き上がった爆豪は最後に炎を消したであろう相手に納得がいかず掴みかかったがミッドナイトの個性で眠らされてしまった。



『轟くん場外!!よって―――…爆豪くんの勝ち!!』
『以上で全ての競技が終了!!今年度雄英体育祭1年優勝は―――…A組爆豪勝己!!!!』



軽い治療を終え2人が目覚めると表彰式へ移った。それぞれの順位が書かれた台に立っているのだが、3位の飯田は家の事情により早退した為常闇のみの参加となる。静かに立つ常闇と轟に挟まれた爆豪は、目覚めてからずっと暴れており身体と両手、口を拘束された状態でそれでもなお動きを止めない。もはや悪鬼羅刹と零す常闇は言い得て妙であった。画面越しにその姿を見るもこれにはさすがに苦笑いである。そしてついにメダル授与の時間。



『今年メダルを贈呈するのはもちろんこの人!!』
『私が メダルを持って来『我らがヒーローオールマイトォ!!』



スタジアム上部から飛び降りてきたオールマイトのお決まりのセリフとミッドナイトの紹介が見事にカブり、当人たちは微妙な空気で顔を合わせているがやはり会場は盛り上がっていた。常闇、轟、爆豪の順にオールマイトよりメダルが贈呈され、短くはあるが講評を受ける。その大きな身体にハグをされているのを見ては「いいなあ~」と声を漏らした。隣で聞いていたリカバリーガールに他よりされてる回数は多いだろうと突っ込まれたがそれとこれとは別なのである。あの場に立って受ける意味は大きい。オールマイトの話を聞きながら来年こそはとは拳を握りしめた。最後にオールマイトの天然を見せつけられ雄英体育祭は幕を閉じる。全員各教室に戻るとのことなのでも着替え、1-Aの教室へ向かった。



「おつかれっつうことで明日明後日は休校だ」
「!!」
「プロからの指名等をこっちでまとめて休み明けに発表する ドキドキしながらしっかり休んでおけ」



体育祭に参加していないは指名は来ないだろうから受け入れてくれる事務所を探さなければなと荷物をまとめながら考える。とりあえず今日は結構疲れたので帰って寝ようと席を立つと轟に「一緒に帰らねえか」と声をかけられた。二つ返事で返し、駅までの道をゆっくり歩く。



「……明日、お母さんに会って来る」
「…うん!」
「ずっと会いに行けなかったから、会って、色んなこと話す」
「うん、」
「その後になるけど、会えねぇか?」
「え?明日?」
「ああ、お前にもちゃんと話してえ」
「…うん!」



今日一日で色んな、たくさんの思いがそれぞれの中に生まれただろう。それが顕著にあらわれているのが轟なのではないかとは感じた。本人もまだ気持ちが纏まっていないのであろう、体育祭中盤までの険しい表情はもう見る影もないが普段通りとも言えない不思議な様子だ。色んな感情が混ざり合った瞳をしているが、決して悪い方向ではない。改札をくぐる轟を見送り自宅への道のりを進みながら、明日少しでも気持ちに整理がつくようは祈った。