雄英体育祭、本番当日。部屋の窓から覗く綺麗な青空は寝起きの
の眼をすっきりとさせた。洗顔などを済ませしっかり朝ご飯を食べ、制服を身に纏い鏡に映る自身を見つめる。やれることをやろう。パンっと頬を両手で打ち一人気合を入れた。玄関へ行き靴を履いていると普段はその身だけで見送る祖父が今日は手提げを差し出してくる。それを受け取ると中々の重さで、何が入っているのかと覗き込んでみた。
「お重!?」
「今日は体育祭だろう」
「あ、なるほど…すごい量だ…」
「俺が作った」
「おじいちゃんが?わあ、ありがとう~!」
「しっかり食べるんだぞ」と言う祖父や横で手を振るお手伝いさんに見送られながら元気良く家を出る。いつも通りの時間で行くとマスコミ陣がもう来ているかもしれないので時間をずらした方が良いと判断した為だいぶと早くに学校に着いた。職員室でリカバリーガールの出張保健所の場所を聞き、荷物を置きに行く。
「
ちゃん、おはよう」
「おはようございます!今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくね」
「勉強させていただきます!」
「気合充分なのは良いけどもっと肩の力抜きな」
すでに出勤していたリカバリーガールは
を笑顔で迎えた。己の前だというのに珍しく緊張しているらしい旧友の娘の様子が微笑ましい。いつ会っても笑顔でふわふわしているイメージが強いこの娘でも引き締まった顔つきになることがあるんだなと感心する。ハリボーを渡すと途端にふにゃっと頬を緩ませたが。部屋には大きなモニターが3つ設置されており、全学年の様子をそれぞれ常にチェックできるようになっている。怪我人が来なければ基本的には観戦していて良いとのことで、先輩方のを含め色んな人の戦い方を研究できると
は早くも胸を踊らせた。「そうそう、これに着替えな」とリカバリーガールはそばに置いてあった袋を
に渡す。中身を取り出し広げてみるとリカバリーガールのコスチュームと同じデザインのものが。
「今日はあたしの補佐ってことで、校長からだよ」
「かわいい~~~!!」
「白衣はどっちでもいいよ」
「着ます!着替えます!」
「コラここで脱がない カーテンの向こう行きな」
「あっハイ」
着替えてみると、マスクの部分は無いし
用にミニ丈になっているもののそれ以外はまさにリカバリーガールのコスチュームだった。カーテンから姿を現すと待っていたリカバリーガールが「似合う似合う」とスマホを向ける。曰くうるさい男どもが記念に写真撮影して送ってほしいとのことらしい。
「うんうん、可愛いじゃないか」
「えへへ、ありがとうございます」
「一緒に頑張ろうね、
ちゃん」
「はいっ!」
生徒たちは入場まで各控え室にいるようで、始まるまで皆のところにいていいと言われた
は教えてもらった1-Aの控え室に向かった。扉をノックし顔を覗かせると入り口近くにいた障子に入るよう促され身体を滑り込ませる。その際いくつか視線が集まり「うひょーミニ!!白衣!!」という峰田の歓声が上がったが、彼女は特に反応を見せず声をかけてもらったついでに障子や常闇たちがいるテーブルに混ぜてもらおうと砂藤の隣に腰を下ろした。
「おはよう~」
「お、おう」
「……
、その服は…」
「今日はリカバリーガールの補佐だからって用意してもらったの」
「なるほど……」
思いがけない姿に横にいる砂藤はドギマギして身を縮こまらせ向かいの口田も視線を逸らす。常闇からの質問に答えていると後ろから名前を呼ばれ振り返った。
「
!診察してくれえええ」
「えっ峰田くんどこか悪いの?」
膝をつき胸を押さえ伸ばされる片手に慌てて近寄る。しゃがんだ彼女に目を光らせた峰田は飛びつこうとしたが咄嗟に動いた緑谷に捕まってしまった。
「緑谷邪魔すんな!」
「(やばいってかっちゃんに爆破されるよ!?!?)」
「ハア!?ばく、ヒイ!!!!!」
「峰田くん?大丈夫?」
「
気にすんな~~~」
「大丈夫大丈夫~~~つか写真撮らせてくんね?」
青褪める峰田の視線を追おうと顔をあげた
を上鳴、切島が遮る。まだ峰田が気になっていたが緑谷も大丈夫と手を振るのでとりあえず納得し上鳴のほうへ身体を向けた。
単体の写真を撮った上鳴は切島にスマホを預け「2人で撮って!」と彼女そばに寄る。
「んーもうちょっと寄れねえ?」
「まじ?
いい?」
「大丈夫だよ~」
「(やべえなんか超いい匂いする~)」
満足気にスマホ画面を眺め礼を言う上鳴に笑顔で返しているとその様子を見ていた女子陣からズルいとの声があがり芦戸と葉隠に両腕を掴まれ後ろへ連れていかれた
。そのまま撮影会は飯田が来るまで続けられたのだった。時間などを確認しに行っていたのか、控え室の扉を勢いよく開けた飯田はもうすぐ入場だと皆に伝える。いよいよかと各自気持ちを整える中、轟が緑谷に近づき呼んだ。自然と2人に視線が集まる。
「客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う」
「へっ!?うっ うん…」
「おまえオールマイトに目ぇかけられてるよな」
「!!」
「別にそこ詮索するつもりはねえが…おまえには勝つぞ」
ただならぬ雰囲気に切島が止めに入るが轟はそれを跳ね除けた。少し下に目をやっていた緑谷が己を下に見るその言葉に同意するようなことを返すので、またも切島がネガティブはことは言わない方が良いと抑えたが「でも…!!」と語気を強める緑谷に口を噤む。
「皆…他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ」
「…」
「僕だって…遅れを取るわけにはいかないんだ 僕も本気で獲りに行く!」
「………おお」
普段どちらかと言えば自信のなさげな、控えめなほうである緑谷もこの時ははっきりと答えていた。2人のやり取りに感じることがある者も少なくはないだろう。
は少し前、一緒に昼食をとった時の轟のことを思い浮かべる。そういえば轟は緑谷のことを気にしていた。自分も緑谷についてどう思うかと聞かれ深くは考えずに本人に聞いてみればいいと話したのだが轟なりに答えを見つけられたのだろうか。入場の為ぞろぞろと控え室を出て行く皆を見送り最後に部屋を出ると、すでに進んで行ったはずの轟が近くで立ち止まって
の方を振り返っていた。
「
」
「うん?」
「……俺が、勝つ」
「うん」
「から、……見ててくれ」
「…うん!応援してる!」
「ん」
ぐっと両手を握りしめて言うと小さく頷いた轟はくるりと背を向け前を行く皆を追って歩き出す。雄英に来てまだそれほど経っていないが席が近いこともあって、他に比べれば話す機会が多かったし
の中では仲の良いと思っている男の子だ。短い付き合いなりに彼のことを見ているが何だか今日の轟はいつもと同じような、違うような。少しもやっとした気持ちを抱えながら
は出張保健所へと戻った。
『ヒーロー科!!1年!!!A組だろぉぉ!!?』
扉を開けるとちょうどA組が入場するタイミングだったようで、顔だけこちらを向けたリカバリーガールは「おかえり」と手招きした。
「実況はマイク先生なんですね」
「主審はミッドナイトだね」
リカバリーガールの横にある椅子に腰掛け、目の前のモニターに目をやる。とりあえず今は1年ステージを見ておこうとそちらに集中するとちょうど選手宣誓で、爆豪が前に出たところだった。
『せんせー 俺が一位になる』
『絶対やると思った!!』という切島のツッコミに続き各科から爆豪の宣誓に対するブーイングが飛び交う。彼らしい言葉に
は思わず「さすが爆豪くんだ!」と笑った。爆豪が列に戻りさっそく始まる第一種目、いわゆる予選と言える運命のそれは障害物競走だ。計11クラス総当たりレースで、コースはスタジアム外周のおよそ4km。さほど広くないゲートの前に生徒たちが集まった。
『スタ―――――――ト!!』
そしてミッドナイトの声と同時に一斉に走り出す。
『さーて実況してくぜ!解説アーユーレディ!?ミイラマン!!』
『無理矢理呼んだんだろが』
最初に仕掛けたのは轟で、スタートゲートを抜け後続を足止めるように一気に地面を凍らせた。彼を知る1-Aの面子は予想していたのか難なくそれを突破し進んで行く。他の科の生徒も反応の良いものや個性を上手く使って対応し続々と前を追った。
『さぁいきなり障害物だ!!まずは手始め…第一関門ロボ・インフェルノ!!』
『入試ん時の0P敵じゃねえか!!!』
ゲートを抜けた者たちの前に立ちふさがるたくさんの仮想敵。モニターから聞こえてくる叫びからしてどうやらヒーロー科入試の際にも使われていたらしいそれは随分な大きさである。
「皆これと戦ったの…!?」
「基本的にはもっとちっさいのとだよ」
「ええ……でもすごい……」
この巨大な仮想敵すらも凍らして通り抜ける轟に続き、上を超えたり個性で攻撃したりと色んな方法で退けていく皆の様子に
は感嘆の声をあげた。
「
ちゃんならどうする?」
「私は…最初の氷も仮想敵も飛んで乗り切りますね」
「跳躍力がずば抜けてるからねえ」
「仮想敵に関しては力では敵いませんし…」
「そりゃそうだ」
『オイオイ第一関門チョロイってよ!!んじゃ第二ははどうさ!?落ちればアウト!!それが嫌なら這いずりな!!ザ・フォ――――ル!!!』
第二関門は綱渡りのようなものだった。間隔を開けて立つ足場をロープが繋いでいる。これに関しても己が参加していればロープを上手く使いながら基本は飛んで抜けられるだろうなと考察する
。障害物にもよるが競走自体は得意分野なので良いところまでいけそうだ。今のところ難なく轟がトップを走っておりそれを爆豪が追っている。
『そして早くも最終関門!!かくしてその実態は――…一面地雷原!!!怒りのアフガンだ!!』
解説のプレゼント・マイクが言うように早くも先頭は最終関門へ突入した。地雷はよく見ればわかるようになっているらしいのでここも
なら上手く避けて飛び、突破できそうだ。頭の中でシミュレーションしながらそれぞれの対処の仕方を観察する。ここでついに先頭が変わり爆豪が一歩前へ出た。いよいよゴールも迫り爆豪、轟のどちらかで決まりかと思われたとき最終関門の後方で大爆発が起こる。リードしている2人のもとへ、爆風に乗った影が一つ。
『先頭爆豪・轟!!最終関門を今抜けそうだが――…A組緑谷爆発で猛追―――…っつーか!!!』
『抜いたあああああー!!!』と叫ぶプレゼント・マイクの声が響いたとき、後方の爆発を上手く利用した緑谷が2人を追い抜いた。互いの足を引っ張り合っていた爆豪、轟も今は緑谷の前に行くことに集中している。しかし一瞬でもトップに出れた緑谷はそのチャンスを逃さず、さらに地雷を爆発させ後続を妨害。
『イレイザーヘッドおまえのクラスすげえな!!どういう教育してんだ!』
『俺は何もしてねえよ 奴らが勝手に火ィ付け合ってんだろう』
『さァさァ序盤の展開から誰が予想出来た!?』
『無視か』
『今一番にスタジアムに還ってきたその男―――…緑谷出久の存在を!!』
歓声に包まれるスタジアムに真っ先に姿を見せたのは、見事トップを競っていた2人を制し逆転を決めた緑谷だった。その後に轟、爆豪がゴールし、残る生徒たちも続々とゴールイン。そうして終了した第一種目、予選通過は上位42名となり1-Aの参加者20名は全員本選へ進むことが決まった。いつの間にか熱中していた
もこれには手を叩いて喜び、横に座るリカバリーガールに飛びついたのだった。