USJでの救助訓練の際に起こった敵襲撃の件で、翌日は臨時休校となった。一日明けて登校日である今朝、準備を済ませた
がそろそろ家を出ようと玄関で靴を履いていると、いつもはその後ろで見送るだけの祖父が今日は同じように横に並んで下駄を履いていた。
「おじいちゃんもお出掛け?」
「ああ、散歩だ 途中まで一緒に行こう」
「やったあ」
そうして肩を並べて歩き、結局祖父は雄英まで
と一緒にいた。孫が門をくぐるのを見届けてから散歩を再開する。祖父と別れ教室に向かう
は心配性だな、と眉をハの字にしてこっそり笑った。敵に目をつけられたかもしれないということは、もともと自分のことになると過保護な祖父にとってこれ以上にないと言えるほど大きな不安なのだろう。
はヒーローになるのだ。自分の身は自分で守らなければいけないし、その上で人々も救ける。頭で解ってはいても、心配するのが家族というものだ。祖父の気持ちはよく知っているので
は先ほど、一人で大丈夫という言葉を飲み込んだ。実際まだ己は未熟だ。祖父を安心させるためにも頑張らなければ。席につきながら一人意気込む。具体的にはやはり体術と、体力作りである。道場での特訓と基礎トレの内容を見直そうとメモ書きしていると予冷が鳴り飯田が皆席につくよう声を張った。
「お早う」
「相澤先生復帰早えええ!!!!」
「先生無事だったのですね!!」
「無事言うんかなぁアレ……」
フラつきながら教卓に立つ相澤は顔も腕も包帯まみれで、麗日の言う通り無事とは言い難い様子だ。無理をしているのでは、と
の尻尾がだらんと下がる。
「俺の安否はどうでも良い 何よりまだ戦いは終わってねぇ」
「!?」
「雄英体育祭が迫ってる!」
「クソ学校っぽいの来たあああ!!」
そんな相澤が発した雄英体育祭という言葉。日本のビッグイベントの一つで、この学校に通う生徒たちにとって自身を売り込む最大のチャンスとなる行事だ。ヒーローの卵は卒業後、プロ事務所に相棒入りするのが定石でそこから独立を目指すのだ。全国のトップヒーローたちもスカウト目的で注目している。峰田は敵襲撃のこともありかなり腰が引けているようで、
も理由は違うが周りのように体育祭のほうへ気持ちを向けられない心境だった。朝のHRを済ませ入り口に向かう相澤を見ていると視線が合い、外を指すようにほんの少し顎をクイっと動かす。そのまま無言で出て行ったので一瞬迷ったが、おそらく自分が呼ばれたのだろうと
も後を追うように廊下へ出た。それは間違っていなかったようで教室から少し進んだところの壁に背を預ける相澤に小走りで近づく。
「先生、」
「話は聞いた ありがとうな」
「そんな!結局ちゃんと治せなかったです…」
「お前の治癒がなかったら最悪の結果になってたそうだ」
「…、」
「助かった」
顔も包帯で巻かれているが辛うじて見える彼の目が少し細められた。相澤としては
の頭でも撫でて安心させたいのだが、この腕ではそうもいかない。心配そうに自分を見つめる
にその必要はないと微笑んだつもりだった。それが伝わったのかはわからないが若干彼女の表情が和らぎ、しっかり栄養を取って早く治すようにと言う。軽く頷いて返事をし相澤はその場を去った。
四限目セメントスによる現代文の授業が終わり昼休み。皆朝のHRで聞いた雄英体育祭の件で熱く盛り上がっていた。あの麗日も麗かとは言い難い顔で周りに頑張ろうと声をかけている。その様子を見ながら教科書などを片付けていると横に人の気配が。
「轟くん!どうしたの?」
「昼、一緒に食わねぇか」
「えっ食べる~!えへへ、轟くんに誘われちゃった~」
「嬉しい~」とニコニコ笑ってリュックからショルダータイプの財布を取り出している姿に轟はほっと息を吐く。一昨日は反動がくるほど個性を使っていたし、敵が彼女のことを見ていたのを己も見ていた為、少し気掛かりだったのだ。今朝も元気が無いように見えたのでこうして声をかけてみたのだがもういつもの調子に戻っているようで一安心だ。初めて話した時から笑顔でいることが多い彼女の雰囲気が違うと何となく落ち着かない。轟は無自覚で
に絆されていた。
「今日は何食べようか~」
「そば」
「おそば好きだねえ 私もおそばにしよ~」
「……おそろいだな」
「お、ほぉ…!」
「? どうした?」
自分の顔を見て変な声をあげる
に首を傾げる。
「轟くん…笑った…!」
「…そんな驚くことか?」
「初めて見たもん!笑顔も素敵だねえ」
「…」
変な声の原因は己の笑顔。面と向かって素敵だと言われ轟は口を閉ざした。何とも言えない気持ちになるがご機嫌そうに尻尾が揺れているのが目に入り何かもう良いかって感じだった。2人でそばの所に並んでいると近くで飯田と麗日が話しているのが聞こえてくる。どうやら緑谷がオールマイトに呼び出されたらしい。気に入られているのかもしれないなと言う飯田の言葉が轟の頭に残った。空いてる席を見つけ向かい合って座り蕎麦を味わっていたが先に食べ終わってしまい、片肘を立て頬杖をつき美味しそうに蕎麦を啜る
をぼんやり眺める。未だ頭から離れない飯田の言葉。緑谷とオールマイトのことは気になっていたのだ。彼女から見てどうなのだろうか。そう思った時には
を呼んでいた。ちょうど最後の一口を食べ切ったところだった
はお茶を飲みながら目で返事をする。
「……お前、緑谷をどう思う」
「緑谷くん?うーん…いつも一生懸命!」
「いやそういうことじゃねぇ」
「んん?」
「あいつの個性とか…」
「個性かあ…不思議だよねえ 扱い慣れてないみたいだけど、リスキーだから使わないようにしてたのかな?」
「……オールマイトと似てるだろ」
「確かに同じ増強系だね~」
「何か関りがあるのかもしれねぇ」
「なるほど…… 轟くん、ここシワになっちゃうよ」
「……」
自身の眉間を指す
に、自然と険しい顔をしていたことに気付きふっと力を抜いた。「気になるなら本人に聞いてみたら?」と笑っているのを見てそれもそうだと頷く。とりあえず
は特に感じていることはないようだ。彼女の持つ個性からするとオールマイトとの関係よりも緑谷の個性そのものの方が気になるらしい。リスキーだから使ってこなかったのか、個性使用禁止の原則を守ってきた為上手く扱えずに加減ができていないのか、と首を捻っている。しかしそうだ、こうしてモヤモヤと考えていたってどうにもならない。一先ずは目先の体育祭だなと一人納得した。当然トップを目指しているしどんな競技でも誰が相手でも本気でやるが、何となく。目の前で自分に笑顔を向けている彼女とはこうしてのんびり、平穏な時間を過ごしたいなと思う轟だった。
「え?オールマイトが?」
「う、ウン!
さんに、放課後来るようにって」
「何だろ~?」
「さ、さあ、えっと、職員室で待ってるって!」
「わかった!緑谷くんありがとう~」
「いいいいえ!ダイジョウブ!です!ぼ、僕はこれで!!」
午後の授業も終わり帰り支度をしているところに珍しく話しかけてきた緑谷は、オールマイトに
を呼ぶように頼まれたとのことだった。もしかして一昨日の件についてだろうか。塚内にも敵との話は勿論したので、もともと
家と付き合いのあるオールマイトの耳に届いていても不思議ではない。リュックを背負い職員室へ向かおうと教室の入り口のほうを見ると何やら廊下が騒がしく、自分より先に出て行ったと思っていた緑谷を始め他のクラスメイトも外へ出られないようだった。何事だと扉の前で麗日が声をあげる。峰田たちも出られず困っていたがその横を通り過ぎながら爆豪が「敵情視察だろザコ」と吐き捨てた。このクラスが敵の襲撃に遭い耐え抜いたということはすでに学校中が周知しているので、体育祭前に見ておこうという考えによる行動だろう。
「意味ねェからどけ モブ共」
「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!!」
「どんなもんかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ」
爆豪の背を指さしながら震える峰田を宥めるように傍にしゃがんで肩に手を置いて苦笑いを零していた
は、廊下に溜まる人だかりから一人出てきた男子生徒に目をやった。ヒーロー科に在籍する者は皆こんな風なのかと言うその生徒に緑谷たちがブンブンと首を横に振っている。彼曰く、普通科や他の科にはヒーロー科に落ちたから入ったという生徒が結構いるらしく、体育祭のリザルトによってはヒーロー科編入を検討してもらえるとのこと。敵情視察というより宣戦布告をしに来たつもりだと話す姿は爆豪に負けない大胆不敵振りだった。それに乗っかるように後ろの方から大きな声が届く。
「隣のB組のモンだけどよぅ!!敵と戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ!!エラく調子づいちゃってんなオイ!!!」
「本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」とまた不敵にも叫ぶ生徒に、緑谷たちは訴えるよう爆豪を見つめるが当人は何のその。特に返すこともなく帰る為に人の間をかき分け始めた。切島にどうしてくれると止められるも関係ないと調子を崩さない。
「上に上がりゃ関係ねえ」
「く……!!シンプルで男らしいじゃねえか」
「上か…一理ある」
「騙されんな!無駄に敵増やしただけだぞ!」
らしいその言葉にそれぞれ反応を見せた。
も言い方はちょっとアレだけれど爆豪のブレないスタンスには好感を持っているので自然と頬を緩ませその後について行く。呼び出しを受けているため早く教室を出たかったので彼のように多少強引でも道を作ってくれたのはとても有難かった。押しのけられた人たちに謝罪の言葉を述べながら通り抜け、職員室へと足を進める。扉をノックし声をかけ職員室の中をのぞくとオールマイトの姿はなく、相澤に聞いてみると校長室で待つように言われた。校長室に行くと当然だが根津に迎えられ、ソファに腰を下ろすと校長直々に淹れられたお茶が目の前に出される。それを頂きほっと息を吐いたところでバンッと戸が開く音が。
「わーたーしーがー!!
ちゃんに会いに来た!!」
「わあ――!!オールマイト――!!」
幼い頃から家に来るたび今のように登場するオールマイトに
は毎回目を輝かせて喜んでいた。今は学校や外で会うときは一般人とプロヒーロー、一教師と一生徒としてお互い対応に気を付けているし、彼が家に来ることもほとんど無くなっているので久しぶりのやり取りに
は両手をあげて満面の笑みを浮かべる。ピーンと元気に立つ尻尾、全身で嬉しさを表している彼女にオールマイトも破顔し己よりずっと小さな身体を抱きしめた。「キャー!」と笑いながら胸に頭を摺り寄せてくる様子に満足したところでどちらともなく離れ、隣に腰がける。
「さて、
ちゃん さっそく本題に入るよ」
「はいっ」
「一昨日の件で敵に目をつけられた可能性があるというのは本当かな?」
「最後、顔に手をつけた人と目が合ったのは間違いないと思います…」
「フム…相澤くんと、私を治癒しているのを見られてしまったか…」
部屋にいるのが
と根津だけだからかトゥルーフォームとなり難しい顔をしているオールマイトを横目で確認した
は膝に置いてある両手へと視線を落としぎゅっと握りしめた。俯く気配を感じ取ったのか彼はそっと元気のない頭に手を乗せ、落ち込むことはないと笑う。根津も同調し、あの場で治癒を使わなければ助かるものも助からなかっただろうとフォローした。少し顔をあげて根津を見る
にだがしかしと言葉を続ける。
「
ちゃんは体育祭に出場しない方が良いということになってね」
それを聞き驚いた
は「え、」と声を漏らした。ここにいる根津とオールマイトだけでなく塚内も交えて行った他の教師陣との会議で今年の体育祭に
が出場するのは得策ではないという意見が多く、さらに祖父も根津に直接連絡してきたらしい。
がプロヒーローを目指す以上治癒の個性は隠し通せるものでもないし、もちろん彼女自身が人を救うためにどんどん使っていくだろう。だが今はまだ発展途上の未熟な状態で、狙われてしまったときに自分の身を守り切れない。体育祭の競技では治癒のほうを使うことはほとんどないだろうが、ユキヒョウという個性に関しては敵だけでなくそういうのが好きなコレクターや金儲けのために手を出すハンターのこともある。今年は、まだだめだ。それが大半の意見だった。
「当日はリカバリーガールと治癒に専念してほしい」
「3学年で行う体育祭ともあって、毎年怪我人が絶えないしね」
「そこまではカメラも報道陣も入ってこれないから安心していいよ」
「……わかりました、」
危険なのは皆同じだし、治癒でなくとも珍しい動物の姿でなくとも強力な力や汎用性のある力は狙われやすい。それなのに自分だけこんな風に守られて。頷いたものの無性に情けなく感じて
の目に涙が浮かぶ。それにオールマイトがギョッとしてわたわたと自分のハンカチを取り出し目元に優しく押し当てた。向かいに座る根津はいつもの調子でお茶を啜る。確かに他にはない待遇というか処置というか。
が気にするのもわかるが仕方がないのだ。治癒の個性は珍しく、それを望むものは多い。
自身も大事だしその力が敵の手に落ちるもの困る。今はまだ周りが守っていくしかないのだ。そもそも入学自体が特別スカウト枠という異例の対応なのだからぶっちゃけ今さらだろう。根津は涙を拭う彼女をじっと見つめる。
「
ちゃん、強くなろうぜ」
「…はい!」
体育祭まで二週間。各々トレーニングなど個々の準備整え、
もまた例外なく気持ちは出場するつもりで稽古に励んだ。