突如現れた敵。動揺が広がる中、轟が冷静に状況を考察する。相澤も敵のほうへ身体を向けながら13号へ避難し学校へ電話するように指示をし、続けて上鳴にも個性で連絡を試すように言った。
「先生は!?一人で戦うんですか!?」
緑谷の言葉に何人か不安の色を見せる。
もその一人だ。だがしかし自分たちが残って先生と共に戦えるとも思えない。むしろ足手まといになってしまう可能性の方が高いのだ。それを背で受け止めた相澤は捕縛武器に手をかけ答える。
「一芸だけじゃヒーローは務まらん」
「13号!任せたぞ」と彼はそのまま敵の方へ飛び下り交戦を始めた。それを合図に13号、生徒たちも行動を開始する。相澤とてすべての敵を抑えることはかなり難しいだろう、早く外へ出て学校に知らせ応援を呼ばなければならない。入り口の方へ足を踏み出した一同の前に「させませんよ」という声と共に黒い影が広がった。
「初めまして、我々は敵連合 せんえつながら…この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
本来ここにオールマイトがいるはず、と話す黒い影に開いた口が塞がらない。
の頭に大きな背中が過ぎる。まさか本当に彼を狙っているのか。影を揺らめかせた敵は「私の役目はこれ」とさらに広げようと動いたが同時に爆豪・切島がそちらに飛び出した。
「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」
彼らの攻撃により爆発音が響いた。しかしダメージは与えられなかったのか黒い靄は揺れるだけ。その様子に13号が退くように2人に言うが敵の方が速く、あっという間にその影に飲み込まれる。
も咄嗟に後ろに飛び退いたが速さも距離も足りず黒に覆われた。
靄が晴れたかと思えば目の前の景色がガラっと変わり、別の敵が複数。飛び上がった状態で場所を移された
は慌てて着地体勢に入ったが予想外のことにバランスを崩し少しふらついてしまう。あ、と思ったところで何かに左手を掴まれ引き寄せられる。
「大丈夫か?」
「轟くん!ありがとう!」
「おお… 子ども相手になさけねぇな しっかりしろよ、大人だろ?」
を支えてくれた轟は、その個性で場にいる敵を一人残らず凍らし行動不能にした。為す術なく声にならない音を漏らす敵たちを確認し、
は辺りを見回す。崩れた建物に積もる土、おそらく土砂災害を想定した場所なのだろう。だとすれば移動したとはいえここはまだUSJ内である可能性が高い。敵の狙いがこの授業に参加している予定だったオールマイトなら、外との連絡手段を断ちこの中で事を終わらせる算段。あの黒い靄の個性はワープで他の生徒たちもUSJ内の各地へ飛ばされたということか。それならまだ建物外の不特定の場所に散らされるよりはマシだなと
が皆の所在について考えを巡らせている間に轟が敵から情報を聞き出している。轟の脅しに折れた敵曰く、オールマイトの相手をするのは靄から最初に出てきた男と脳が剥き出しの大男、そして黒い靄の男。3人共広場で相澤が応戦しているはずだ。
「
行くぞ」
「うん!」
「そういやお前のこと考えずに凍らしちまった 寒くねぇか?」
「私寒いの得意~!雪山でも大丈夫だよ!」
「そうか」
轟と共に広場を目指して走り出す。飛ばされる前なら入り口近くだった為外へ出て助けを呼んだ方がいいと思ったがここからでは時間がかかってしまうし、USJ全体を確認した際広場を中心に各ゾーンが設置されているようだったのでどのみち広場を通ることになる。轟の個性なら遠距離からでも敵の動きを封じることが出来るのでフォローくらいにはなるだろう。
も近接攻撃がどこまで通用するか分からないがある程度は自信があるし治癒もある。足手まといであることに変わりはないかもしれないがそれを最小限に、できることをやろう。
は気持ちを引き締めた。
「あっ轟くん!オールマイトがいる!敵に動き止められてる!」
「急ぐぞ」
「爆豪くんと切島くんもあっちに向かってるみたい」
聴力だけでなく視力も人並み以上の
が今確認できる事を轟に伝えていると緑谷がオールマイトの名を叫びながら飛び出した。それに黒い靄が反応し彼を飲み込もうとしたが一足早く爆豪が爆発を起こし取り押さえる。それを合図に轟がオールマイトを掴んでいる敵をギリギリの範囲まで凍らせた。
「くっそ!!!いいとこねー!」
「スカしてんじゃねえぞ モヤモブが!!」
「平和の象徴はてめェら如きに殺れねえよ」
「かっちゃん…!皆…!!」
「緑谷くん大丈夫?」
「あっだっ、ぼっ僕は大丈夫!!!」
緑谷の返事を聞き、轟の氷結により敵の手から逃れられたオールマイトに視線を移す。先ほど掴まれていた場所は彼の弱いところだ。爆豪が黒い靄を捕らえ敵の意識が若干そちらに向いている間にそっとオールマイトに近づき、手で押さえられている傷付近に後ろから触れる。応急処置でしかないがやらないよりはマシだろう。
の行動に気付いたオールマイトがちら、と視線を寄越し小声で礼の言葉を呟く。
「すまない、だが私より相澤くんを頼む」
続けられた言葉に周囲を確認すると蛙吹と峰田が相澤を抱えていた。ここからでも分かる容体に
は目を見開く。早く治癒しなければ。そう思った時に敵が黒い靄を取り戻す為行動に移った。爆豪を狙って跳んでくる大男に真っ先に反応したオールマイトが爆豪を緑谷たちの方へやり大男の攻撃を受ける。その衝撃で起こった爆風と土埃に乗じて
は蛙吹たちのそばへ移動した。
「
!」
「
ちゃん、無事だったのね」
「うん!相澤先生の応急処置するね!」
「ケロ、お願い」
相澤の身体を思うと動かさない方がいいのだがまだ敵がいる以上少しでも離れなければならない為蛙吹と峰田に抱えてもらったまま歩きながら治癒を始める。予想以上の傷に
は自分の体力がなどと言っている場合ではないと冷や汗を垂らした。とにかく限界まで全力でやろう。どこまでできるか分からないが意識を相澤の治癒に集中し、可能な限りのスピードで治していく。広場から入り口の階段まで来たところで麗日たちがこちらに気付いた。傍で何人か話しているようだが
は一心に治癒を続ける。広範囲を最大最速でやっているからか
自身の体力がいつもより持ちそうになくそろそろやばい、と思った時銃声が耳に届いた。
「ごめんよ皆 遅くなったね」
「飯田くん…」
「1-Aクラス委員長飯田天哉!!ただいま戻りました!!!」
聞こえてきた声に入り口の方を見ると飯田、根津校長を始めプレゼント・マイクやミッドナイトなどプロヒーローの雄英教師が立ち並ぶ姿が。それを目にした安心と集中が切れたことで
の視界が揺れる。あ、と思った時には身体が耳と尻尾だけではなく全身ユキヒョウ化していた。横で峰田が「うわあああ豹!?!?」叫んでいる。こうなってしまっては治癒の力が使えないのである程度体力が回復して人の姿に戻れるようになるのを待たなければならない。基本的に自分の意志で姿を変えられるのだが治癒を使いすぎた時の反動で起きる強制変化の場合は自由がきかないのだ。麗日によって浮かしてもらった相澤の状態を見てぺたんと耳が倒れる。当然だが、やはり完治とはいかなかった。技術・体力共に
の大きな課題である。到着したヒーローたちの活躍により敵は黒い靄から撤退していくようで、
もそちらに顔を向けた。その瞬間靄に消えていく顔に手を付けた男と眼が合った気がして悪寒が走る。ぶる、と身体を震わせ消えてなくなった黒の残像を追っていると目の前に影が落ちた。
「
ちゃん?」
「うん」
「豹が!しゃべった!?」
「峰田ちゃん、この子
ちゃんよ」
「分かってっけどよぉ!」
「ちゆの、げんかい」
ユキヒョウになると相手の言葉は問題なく理解できるが自分が拙い言葉でしか話せなくなる。どうしよう、と教師陣が事態の収束に動いている姿をお座り体勢で見ていると根津が目の前までやってきた。
「治癒の反動だね」
「はい」
「よく頑張ったね、後は病院とリカバリーガールに任せよう!」
「…はい」
優しく頬を撫でる根津に目を細める。それから外で待っているように言われ蛙吹たちと指示に従った。警察も到着し重傷を負った相澤、オールマイト、緑谷以外は一ヶ所に集められ人数確認を受ける。生徒だけで言えば緑谷を除いてほぼ全員無事であり、見た限りさほど大きな怪我もない様子だった。すぐに事情聴取というわけにもいかないだろうと皆に教室に戻るように言う塚内警部に蛙吹が相澤のことを尋ねると両腕粉砕、顔面骨折で特に眼窩底骨がひどく眼に後遺症が残るかもしれないとのことだったが幸い脳系には損傷はなく両腕・顔面の骨折も
の治癒があったことでだいぶ助かる部分があると聞いてホッと息を吐く。
の様子に塚内は苦笑いを零し、ポンポンと頭に手を乗せた。オールマイト、緑谷はリカバリーガールの力で処置可能ということで保健室にいるらしく塚内もそちらへ行くと部下に後を任せ場を離れる。
たちも教室へ戻る為歩き始めた。
「…
か?」
「とどろきくん ちゆしすぎちゃったあ」
「使いすぎるとそうなるのか 綺麗だな」
「えっ ありがとう、ふふ~」
ずっと下がったままだった尻尾が相澤の容体を確認できた安心と轟の言葉とで少し気持ちが落ち着きゆらり、と上に動く。いつまでも落ち込んでいられないなと集団の前の方を四つの足で慣れたように歩いている
にいくつかの熱い視線が向かっていた。一つは外に出たときから頬を染めて興奮したように口元に手を当てていた八百万だ。今もうずうずそわそわとしながら
の後ろをついて来ている。轟も少し話した後口は閉ざしているが気になるのか時折様子を伺っていた。芦戸、葉隠も離れたところからそのネコ科らしいしなやかなラインとしかし猫や普通の豹などに比べると太めの尻尾と足がぽてぽてと動いているのをガン見していた。先ほどの出来事や雰囲気的にそんな場合ではないが正直、内心大はしゃぎである。他にも珍しい姿にちらちら視線を寄越すものがいるが昔から注目されていたので今さら気にならない。が、一つだけ意外なことがあった。いつかの帰り道のように気付けば隣に並んでいた爆豪だ。すげー見ている。
「ばくごうくん?」
「あ?」
「なにかあった?」
「別にねぇよ」
「そっか」
「……お前それ自分でなれるんか」
「うん?なれる ちゆしすぎたら、かってになっちゃう」
答えると爆豪は黙ってしまったが視線が外されることはない。首を傾げながら嫌な感じではないのでそのまま
は前を向く。表情を見る限り怒っているわけでもなさそうだし、眉間のしわも薄くなっているのできっと動物が好きなのだろうと自己完結した。そういえばともう一度爆豪の方を見る。
「ばくごうくん、やっぱりつよいねえ」
「…ったりめェだろ」
「あたまもいいし、かっこいいし、にんきでる!」
「……」
「んっ?」
思ったままに言葉を述べると一瞬固まった爆豪は何か言いたげに小さく口を動かしたが結局声に出すことはなく自分の手で
の顔を正面に向かせた。強制的に前に戻された
は何度か様子を見ようと試みたが爆豪の手が許してくれず。顔を固定されたまま教室に戻ることになったのだった。その後落ち着いたころに警察の事情聴取を受け、それぞれ帰路に就く。家に帰った
は今日の出来事を祖父に話し、最後に敵と目が合ったような気がしたと伝えた。話を聞き終えた祖父は唸る。治癒か、ユキヒョウか。どちらもか。目をつけられた可能性がある。己の前に座っている孫をそっと抱き寄せた。