は全力で走っていた。昨日の戦闘訓練はリカバリーガールからの呼び出しにより参加できずだった為家に戻ってから祖父や門下生たちと共に遅くまで稽古に励んでいたのだが、スタミナ切れになり倒れるように眠ってしまったので目覚ましをセットし忘れたのだ。気持ちよく目覚め時計を確認すれば遅刻ギリギリの数字を差しており飛び起きた
は朝食もそこそこに家を出る。余談だが慌てすぎて鞄と上着を引っ掴みシャツのボタンを留めながら登場した可愛い孫がスカートを履いていないというえらいこっちゃな姿だったので祖父はお茶を噴き出しうっかり居合わせた門下生たちすべての目を閉じ(物理)させた。スカートはお手伝いさんが持って追いかけてきてくれたので無事外を出るまでに着替えることができたのだった。雄英の正門に続く道まで来たところで何とか遅刻は免れそうだと速度を落とす。近づくにつれ門の前に人だかりが見えてきた。どうやらマスコミが今年就任したオールマイトの情報を得るため張っているらしい。今マスコミに捕まっているのは
たちの担任、相澤のようでその隙を見て
は人の間をすり抜け学校へと入った。ほっと息をついたところで音を立てて閉じていく門に振り返る。雄英のセキュリティが発動したようだ。
「
」
「相澤先生!おはようございます」
「おはよう 時間ギリギリだ、気をつけろ」
「ごめんなさい…寝坊しちゃいました…」
並んで歩く
のだらんと下がった尻尾とペタッと倒れる耳。表情を見ずともわかる落ち込みようを相澤はじっと見つめた。朝からマスコミ集団の相手をし荒れていた心が凪いでいく。ポンと俯き加減の頭に手を乗せるとこちらを伺うように目線をあげた。その手を撫でるように動かすと一瞬きょとんとしたがすぐに気持ち良さそうに目を細める。もともとスキンシップが多く身内に甘える方である
は特に頭を撫でられるのが好きだった。そういうのが苦手そうに見える相澤からの思わぬ行為に彼女は早くもご機嫌になる。そして「本当に遅刻するぞ」と送り出され軽やかな足取りで教室に向かった。ルンルンと歩いていく後姿を視界の端で確認した相澤の心情はただ一つ。ネコ科最高。
「昨日の戦闘訓練お疲れ Vと成績見させてもらった」
無事間に合った
が席に着きHRが始まった。教卓に資料を置きながら言う相澤にそれぞれ反応し、名指しで声をかけられた爆豪・緑谷は言葉を返す。続けてHRの本題だと凄む自分たちの担任に皆息を呑み、また臨時テストか!?と構えたが放たれたのは。
「学級委員長を決めてもらう」
「学校っぽいのきた―――!!!」
その言葉にホッと胸を撫で下ろし我こそがと次々手が挙がる。学級委員長。中学の頃や普通科であればそれは雑務という感じで学級委員長を決めるというのにここまで盛り上がることは少ないだろうが、ヒーローを目指すものにとってこの役は集団を導くというトップヒーローの素地を鍛えられるもの。クラスの中で大人しそうな部類にあたる生徒も声こそ出さずだがその手はしっかり挙げられていた。一番後ろの席である
には全体の様子がよく見え、自分と斜め前の轟以外が挙手しているのがわかる。皆がアピールする中一際大きく飯田が声を上げ彼に視線が集まった。
「周囲からの信頼あってこそ務まる聖務…!民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのなら…これは投票で決めるべき議案!!!」
「そびえ立ってんじゃねーか!!何故発案した!!!」
投票を主張する彼の腕は真っ直ぐ上に伸びている。まったく関係ないのだが、このクラスのツッコミ力は高いなと
は密かに感心していた。飯田の発案に蛙吹や切島たちがまだ日も浅いのに信頼も何もないし、皆自分に投票するだろうと返したが飯田も負けじと続ける。
「だからこそここで複数票を獲った者こそが真にふさわしい人間という事にならないか!?どうでしょうか先生!!!」
最終的に意見を求められた相澤は時間内に決めれば何でも良いと愛用の寝袋へ入り完全にお任せスタイルだった。結局飯田の案が通り、投票用紙が配られる。ほとんどが自分の名前を書いてるであろうがそうする気のない
は悩んだ。その役を任せられると思う人が2人浮かんでいたのだ。時間いっぱいまで迷ったがより向いていると思った人の名を書き投票した。そして開票。黒板に予想通りたくさんの生徒の名前とその横に一の字が加えられる中、それを超えるものの名が2つあった。
「僕三票―――!!!?」
「なんでデクに…!!誰が…!!」
「まーおめぇに入れるよかわかるけどな!」
「あ!?」
本人が叫んだ通り緑谷に三票、続く八百万に二票。残りは一票という結果になった。
「1票…!!さすがに聖職といったところか…!!投票してくれた人に申し訳ない…!!」
「他に入れたのね……」
「……何がしたいんだ飯田…」
机に手を付き俯く飯田は打ちひしがれている。その彼に投票した
はこっそり苦笑した。彼女は本心から飯田が向いていると思い票を入れたのだが、委員長・副委員長になった緑谷と八百万も向いているとは思うし、特に八百万に関しては飯田とどっちにするか悩んでいた相手なので納得の結果である。前に立つ緑谷・八百万の姿を見て彼女は微笑んだ。
午前の授業が終わりお昼ご飯の時間、
は今日は何を食べようかと魅惑のメニューに思いを馳せながら荷物の整理をしていると机に影がかかる。顔を上げると昨日同じコンビになった切島と、まだ話したことのない男の子が笑顔で立っていた。
「よっ!」
「切島くん!と…えっと、」
「俺、上鳴電気な!」
「上鳴くん~」
「なあ
、昼メシ一緒に行かね?」
「いいの?ぜひ~!」
お誘いに喜んで乗った
は2人と共に食堂へ向かう。上鳴とちゃんと話すのは初めてだが、彼のコミュ力の高さと切島の人柄の良さがいい感じにマッチしており
も人見知りをする質ではないのでスムーズに会話が進んだ。並び終わり3人座れるところを探しているとちょうど近くで4人組が席をたったのでそこに座る。「いただきま~す!」と元気に手を合わせピーンと尻尾を真っ直ぐ伸ばしている
に切島・上鳴はほっこりした。もぐもぐとから揚げを頬張る姿を見て自分たちも食べ始める。
「なあ
は何好きなん?」
「カキ氷~!あとチョコ!」
「カキ氷!?そうきたか~~~」
「上鳴くんと切島くんは?」
「肉だな!」
「俺はハンバーガー!おいしいカキ氷屋さん探すから一緒に行かね?」
「ほんと!?じゃあ私はおいしいハンバーガー屋さん探すねえ」
「エッ」
「まじか
…まじか」
かわいいかよ。目の前に男2人の気持ちが重なった瞬間だった。若干頬を染めにこにこと嬉しそうにしている
がここのところ女の子に声をかけても冷たく返されたり華麗にスルーされたりの上鳴の心に沁みる。おいしいお肉屋さんも探すと切島に言っているのを聞きながら上鳴は内心ホロリと涙した。
、めっちゃ良い子…。そうして残りのご飯を食べているとけたたましいサイレンの音が鳴り響く。それと共に『セキュリティ3が突破されました』と屋外への避難を促すアナウンスが流れた。指示通り食堂を出る大勢の生徒たちに紛れ3人も状況が把握できないまま廊下へ出る。雄英には当然ヒーロー科だけでなく普通科やサポート科、経営科がありそれらが3学年分となると食堂を利用している生徒だけでも結構な人数で、廊下は避難する者でいっぱいになっていた。突然の危機にも皆迅速に対応し屋外を目指して動いているがほとんどの生徒が正しい情報を得られていない上数が数だけにパニック状態のようだ。
たちも人波にのまれている。
「わあ、」
「
!?皆さんストップ!!ゆっくり!!ゆっくり!!」
「んだコレ、
手ェのばして!」
押し合うように動く周りに流されそうになるが何とか隙間から手を伸ばし、差し出されている手を掴むと力強く引っ張られ上鳴の方へと身を寄せた。その様子を確認した切島が少し強引に人の間を縫うように進み上鳴も
と共に後に続く。切島と上鳴は
を壁側にやり再び人波にのまれないよう2人で盾になるように立った。
「2人ともごめんね、ありがとう」
「いや、大丈夫か?怪我してねえ?」
「大丈夫!2人のおかげだよ~」
「
ふわふわしてっから果てしなく流されそうだもんな~」
そうしていると皆が目指している出口の壁上部に飯田が張り付き全体に聞こえるよう大声をあげる。
「ただのマスコミです!なにもパニックになることはありません 大丈ー夫!!」
最高峰の人間にふさわしい行動をと続ける彼に、騒動の原因がマスコミであることを知った周囲は落ち着きを取り戻した。3人もホッと息を吐き互いに顔を見合わせる。
が満面の笑みを浮かべた。
「切島くんと上鳴くんは私のヒーローだあ」
ギュン!2人は同時に己の胸のあたりを掴む。きゅんとかいうレベルではない。ギュン!だった。実は入学初日の個性把握テストの後数人の男子で集まり話していた時に尾白・砂藤から「
は突然攻撃してくるから気をつけろ」と言われていたのだがなるほど。これか、と切島・上鳴は彼らの言葉を身をもって実感した。その後マスコミは警察の到着により撤退。生徒たちはそれぞれの教室へ戻った。午前決まった委員長・副委員長が残りの委員決めを執り行うため前に立ったのだが、緑谷がその前にと口を開く。マスコミ騒動の一件から改めて、飯田が委員長をやるべきだと。彼の活躍を知る者たちも同調し相澤からも却下の声は出なかったので飯田が委員長を請け負うこととなった。