02

季節は巡り、あっという間に1年が過ぎた。年が明け少し経った頃から同級生たちが次々と受験本番を迎える中、は根津校長との面接を終え予定通り雄英高校に通うことが確定。それもほとんど世間話で終わってしまったが、根津からの重要な話がいくつかあった。1年前に家に訪れた時も言っていたが、はプロヒーローとしてデビューした後雄英の看護教諭として勤めることを前提とした特別スカウト枠での入学。あれからも中学での成績は下がることなく余裕の合格圏内のため筆記試験もパスであること。入学後は現在の看護教諭であるリカバリーガールの仕事を勉強も兼ねて補佐をするように。そのためリカバリーガールといつでも連絡が取れるように腕時計型トランシーバーを常時身に着けておくこと、ということだった。



そして春、ついに始まる高校生活―――

真新しい制服に身を包み、感極まって号泣する強面の祖父と道場の人たちに見送られは雄英を目指す。余談だが、着替えてすぐ尻尾を真っ直ぐ立てて「おじいちゃん、似合う?」と目の前で一回転した最愛の孫に大興奮した祖父は「世界一可愛い!!」と涙を流しながら全力で抱きしめ(※個性:剛力)家を出るまで写真を撮り続けたのだった。雄英に到着したは面接の際根津に言われた自分のクラス、1-Aの教室へと向かう。少し校舎内を歩いたところで見つけた1-Aの教室の前で立ち止まり上を見上げた。学校そのものが規格外の大きさだが、教室の扉もまた想像を超える大きさだ。ゆっくりと大きく尻尾を振り、これからの生活に期待を膨らませ扉を開く。ぱっと教室内を見渡せばもう数人が来ているようだった。も余裕をもって来たのだが、やはり雄英ヒーロー科。みんなやる気満々だなと思いながら座席表らしきものに目をやり自分の名前を探す。窓側の一番後ろにポツンと飛び出ている席が1つあった。基本各クラス推薦2人に一般入試18人の定員20人のところに特別スカウト枠として入学した。なんとなく予想はしていたが、それがの席だった。



「おはよう!俺は私立聡明中学出身の飯田天哉だ よろしく」



何度見ても表記されている名前は変わらないので静かに指定の席へ足を進めていると眼鏡をかけた男子生徒が前に立つ。彼の顔、ビシッと差し出された手を順番に見てその手を握りはにっこり微笑んだ。



「おはよう、私はです これからよろしくね」



声をかけてきた生徒、飯田はまさか握られると思っていなかったとでも言うように驚いた顔で動きを止める。どうやら握手を求めていたわけではない様子には慌てて手を放そうとするがそれより先に飯田が強く握り返した。



「すまない、一瞬驚いてしまった お互い頑張っていこう!」



そう言うと飯田は次に教室に入ってきた生徒に声をかけるため踵を返して行き、も自分の席に向かい腰を下ろす。すでに前の席とその隣、斜め前の席の生徒は静かに席についていた。が鞄をかけ落ち着いたところで前に座っている女の子がポニーテールを揺らしながら振り返る。



「あの、初めまして 私八百万百と申します」
「はじめまして!です、よろしくね」
「よろしくお願いしますわ、さん」
「ももちゃんって、お名前可愛いねえ」
「えっ!あ、ありがとうございます!」



にこにことご機嫌に言うに、八百万はぽっと頬を染めた。そしてぴんっと真っ直ぐ立つふさふさの尻尾に目をやりそわそわと体を動かす。実はが教室に入って来た時から気になっていたのだ。感情に合わせてなのか独りでに動く尻尾と周りのあらゆる音を聞き取っているのであろう忙しなく向きを変える耳が、遠目から見ていてもわかる毛並みの良さも相まって八百万の目にとても魅力的に映る。初対面の相手に、と気持ちを抑えたいのだがいざ声をかけてみると尻尾と耳の持ち主までもなんだかふわふわとしておりもう我慢ができなくなってしまった。顔を真っ赤にして触らせてもらえないかと聞いてくる姿に、一瞬きょとんとしたは快く尻尾を差し出す。手にふわっと乗る尻尾。八百万は震えた。何だろう、このトキメキ。八百万が尻尾に夢中になっている間にはもう1人のご近所さんに声をかけておこうと斜め前にある肩をトントンと指先でノックした。突かれた相手、紅白の髪をもつ男子生徒が静かに振り返る。



「はじめまして、です よろしくね」
「…ああ、轟焦凍だ よろしく」



美男美女だ、とは前の2人を見て思った。笑顔で自分を見る女子生徒に轟は首を傾げたが横でうっとりとしている八百万とされるがままの尻尾に目を移す。別段興味はなかったが隣で話していると八百万の声は何となく聞いていた。実際ちゃんと見てみるとなるほど、触り心地の良さそうな尻尾だ。「気持ち良さそうだな」と無意識に口にしていたのか八百万が轟のほうを見る。続いてが声をかけた。



「轟くんも触ってみる?」
「…いいのか?」
「うん、どうぞ」



八百万に断りを入れて尻尾を動かし、今度は伸ばされた轟の手に乗せる。



「おお、」



小さく声を漏らす轟に、気持ちわかりますと言わんばかりに激しく頷く八百万。しばらくそうしていると、人数が増えるにつれ騒がしくなっていた教室が静かになった。3人揃って教室の入り口の方を向くと、立って集まる数人の生徒の奥に黒い服の男が姿を見せる。



「担任の相澤消太だ よろしくね」



そう名乗った彼は全員の体操服を出し、着替えてグラウンドに出るようにと先に教室を出て行った。

「個性把握…テストォ!?」



言われた通り着替えてグラウンドへ向かうと、待っていた相澤先生により告げられた言葉。今からこのクラスだけで個性把握テストというものを行うらしい。



「入学式は!?ガイダンスは!?」
「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ」



挙がる声にさらっと返す相澤先生曰く、雄英は自由な校風が売り文句。それは先生側もまた然りだそうだ。個性把握テストとは所謂中学の頃にもやった8種目の体力テストを、中学の頃とは違い個性ありきでやるとのこと。の尻尾がゆっくり大きく揺れる。相澤先生がデモンストレーションにと爆豪という生徒を指名し、個性を使ってソフトボール投げをするように言った。呼ばれた生徒が指定された円に入り軽く腕を伸ばして構える。



「んじゃまぁ 死ねえ!!!」



……死ね?と皆がその掛け声に呆気にとられる中、相澤先生が計測器をこちらへ向けた。表示されている数字は705.2m。それを見た一同がわっと盛り上がり、「おもしろそう!」「さすがヒーロー科!!」などと騒ぐ声が響く。



「おもしろそう…か ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」
「!?」
「よし トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」
「はああああ!?」



楽しげだった声がその言葉に今度は違う意味で声をあげたが何のその。生徒の如何は先生の自由、理不尽にまみれる世でそういうピンチを覆していくのがヒーローだと相澤先生は笑った。そして始まる本番。第1種目の50m走は8種目の中でもにとって自信があるほうだ。とはいえ距離が短すぎるしエンジンの個性をもつ飯田の記録には敵わなかったが3秒36となかなかの結果を残せた。次の種目は握力。これは並よりはあるだろうが目立つ記録はでないだろうなと測っている子たちを見ていると後ろから声がかかる。



「オイ」
「ん?」
「お前もう測ったんか」
「まだだよ」
「ん」



先ほどデモンストレーションで好記録をたたき出した爆豪が計測器を差し出していた。それをお礼を言いながら受け取りさっそく測ってみたがやはり。平均よりは上だがぱっとはしない。小さく息を吐くとまだそばにいた爆豪がじっと見ていた。



「えっと、どうかした?」
「…お前、昔、」
「昔?」



言葉を続けようとしたところで3種目に移る声がかかり、爆豪は舌打ちをして去って行く。その背中を見送りながら首を傾げていたがも小走りで後を追った。立ち幅跳びはユキヒョウの個性を持つ彼女にとって体力テストの中で最も得意とする種目だ。17mと自己最高記録を出せたが、続く反復横跳びとボール投げは並より上ではあるが好記録とまではいかずに終わった。∞という結果を出した女の子をすごいなと見ていると次は緑谷という生徒の番になった。



「緑谷くんはこのままだとマズいぞ…?」
「ったりめーだ 無個性のザコだぞ!」
「無個性!?彼が入試時に何を成したか知らんのか!?」
「は?」



彼の番になったところで少し騒がしくなってきたのではそろそろと後ろへ下がる。そこで隣になった男子生徒に軽く会釈、ふと自分のとは違う尻尾が目に入った。



「尻尾!」
「ああ、俺の個性なんだ」
「尻尾仲間だ! おそろいだねえ」



ふわりと微笑み言うに、尻尾少年・尾白はぐっと胸を押さえる。ついでにそばで様子を伺っていた別の生徒も胸を押さえる。少年たちは今、とんでもない攻撃を受けた気がした。「かわいい尻尾だ」と嬉しそうに零しているが正直、彼の目に自身の尻尾が可愛く映ったことはないしどう考えても全部ふわふわの尻尾の方が魅力的である。とはいえ褒められて悪い気はしないので尾白は照れたように頭を掻きながらにお礼の言葉を述べついでに自己紹介をした。そばで胸を押さえていた生徒もそれに乗っかるよう話の輪に加わる。



「俺、尾白猿夫 よろしく」
「俺は砂藤力道!よろしくな!」
です、よろしくね!」



後ろで盛り上がっている間に緑谷がボール投げをしたようですごい音が鳴り、3人でそちらのほうへ向くと爆豪並みの記録が出ていた。そして残りの種目も着々と終わり結果発表へ。八百万の姿を見つけたはすっとそばに寄り腕を絡めるように取った。



「!? さんっ」
「ほんとに最下位の子は除籍になっちゃうのかな」
「え、ああ、あれはウソだと思いますわ」



こそこそと話していると相澤先生により結果が一括開示され、それと同時に「ちなみに除籍はウソな」という言葉が放たれる。皆の最大限を引き出すための合理的虚偽だと笑う横で心配していた生徒たちが叫び声をあげた。




「は――――――――!!!??」
「あんなのウソに決まってるじゃない…」



「ちょっと考えれば分かりますわ」とつぶやく八百万に、は安心したように息を吐く。結果を見ると13位で蛙吹梅雨という子と並んでいた。今日は個性把握テストだけで終わりのようで、相澤先生は教室にあるカリキュラム等に目を通しておけと残して場を去って行った。どの子が13位の子だろうと見まわしていると相手も同じことを考えていたのか大きな目と視線が合う。



「ケロ あなたがちゃん?」
「うん、蛙吹さん?」
「梅雨ちゃんと呼んで」
「可愛い名前だあ、私も名前で呼んで!」
「ケロケロ、じゃあちゃんね」



思ったことを何でも口にしてしまうという蛙吹とだからか、初めてなのに会話が止まることなく進むのでそのまま2人で一緒に帰ることとなった。そして家に着き、今日のことを祖父に話したは改めて雄英で学ぶこれからの日々を思いながら眠りについた。余談だが、入学初日から話の中に数名男の名が出たことに祖父はショックが隠せず、道場に行き門下生を片っ端から投げ飛ばしたのであった。