ヒーロー。かつて誰もが一度は空想し憧れたことがあるであろうその存在は、世界総人口の約八割が何らかの特異体質である超人社会となった現在、一つの職業として脚光を浴びていた。「架空」は「現実」に。「ヒーローになりたい」という夢が叶う世に。色んな場所で己の特異体質「個性」を活かし市民を守るプロヒーローが数多く活躍する中で、No.1ヒーローとして君臨する平和の象徴オールマイト。彼に憧れヒーローを目指すというものも少なくないだろうが、とある少女が「なりたい」と思うヒーローは違った。オールマイトや他のランキング上位ヒーローほど有名なわけではないが、山岳救助をメインに活動しているスノーレパードとヒーリングガールという2人のヒーロー。
己の両親が、少女には誰よりもかっこよく輝いてみえた。
少女が憧れたヒーローは、彼女が小学生になった頃にヒーロー活動中の事故で帰らぬ人となった。両親を失った少女は総合格闘技道場を営む母方の祖父に引き取られ、この春中学3年生になる。本格的に将来について考える時期だが、祖父は己の孫がヒーローになることを良くは思っていなかった。娘たちがヒーロー活動中に命を落としたということも一つだが、一番の理由は「個性」にある。父・母両方の個性を発現した少女は他人の怪我を治すことができる治癒と、絶滅危惧種とされているユキヒョウの姿を持っていた。少女の母であり己の娘であるヒーリングガールと同じ治癒の個性だけでも珍しいもので狙われる可能性があるというのに、父方の個性ユキヒョウをも発現したというのは祖父だけでなく亡き両親も、他の親族も手放しでは喜べなかった。父方の祖母がユキヒョウの個性を持っていたが故悪質なコレクターに狙われ、少女が生まれる前にこの世を去ったのだ。
「ネズミなのか犬なのか熊なのか かくしてその正体は――」
「校長さ!」とテーブルを挟んだ向かいで可愛らしく片手をあげる姿に、祖父は難しい顔をした。少女は2人の前にお茶を置き祖父の横に腰を下ろす。訪れた客人、国立雄英高等学校の校長・根津は祖母の古い友人だった。祖母もすでに他界しているのだが、雄英高校の看護教諭リカバリーガールとも旧知の仲であり、少女も幼いころから顔を合わせていたので根津が家に来ることは別段珍しいことではない。根津のいつも変わらず整った毛並みを少女は褒め、それに「秘ケツはケラチンさ!」と返しじっと少女を見つめる。ぱっと見は普通の人と変わらないが彼女の頭には人のそれとは違う耳と、腰の下あたりから1mほどある少し太めのふさふさとした尻尾がはえている。
「とは言え、
ちゃんも変わらず綺麗な毛並みだね!」
「わあ、ありがとうございます!」
根津の言葉に尻尾がゆっくり大きく揺れた。ほんのり頬を染め嬉しそうにニコニコとしている孫を見て祖父はやはり、と思う。孫故目に入れても痛くないほど可愛いが、贔屓目抜きにしても可愛い。こんなに可愛い孫がプロヒーローとなってメディアで取り上げられたりして顔が広まれば、父方の祖母の命を奪った輩のような変態共に狙われるに決まっている。何かあったときに対処できるよう道場で門下生たちと共に育ててきたがヒーローともなれば自分の身だけでなく市民も守らなければいけなくなる。しかし免許を取得することにより公的な場所で個性が使用できるようになるというメリットはある。ヒーローになった場合とならずに別の道を進んだ場合のメリット・デメリットが祖父の頭にめぐる。その思いを察している少女はヒーローになりたいと強く主張をしたことはないが、言わずとも憧れていることは祖父も理解していた。それでも誰より何より可愛い孫には、ずっと自分のそばにいてほしいのだ。祖父は、自他共に認める子煩悩ならぬ孫煩悩だった。
「というわけで、
ちゃんには雄英にきてほしいのさ!」
「雄英、」
ちら、と横目で祖父を見る。長々と根津が今の世、雄英の今後など色んなことについて話しているのを少女がしっかりと聞いている横で祖父はじっと腕を組み眉間に眉をよせ目を瞑っていた。要約すると少女の個性は狙われやすく危険なので雄英でプロヒーローたちのもとで学んだほうがいいのでは、リカバリーガールの後継もそろそろ考えなければならない、ということだったのだが正直祖父は孫のことをぐるぐると考えていたのでほとんど聞いていなかった。が、根津が雄英にスカウトしにきたことは訪れた時からわかっていたことだ。
「普通に生活していても
ちゃんは目立つだろうし」
「(可愛いからな…)」
「それならいっそプロになれば一人で行動することは減るし、注目されるほど邪な感情を持つものが手を出し辛くなると思わないかい?彼女を知るものが多いほど何かあったときも迅速に情報が集められるだろうし、何より雄英で力をつけ個性を磨けば今より確実に自衛できるぜ!」
そうだ。今根津が言ったことは祖父が考えていたことそのままだ。己が孫と同じ時を生き続けられるわけもなく、この先1人になったとき彼女が狙われ誰にも知られず消えてしまうかもしれない。危険が迫った際に個性を使うことができたとしても独学でどこまで強くなれるか。根津も自分も周りのものも、本人も、口にはしないが客観的に見て治癒の個性が敵の手に落ちる可能性があるのも危険だ。少女は強くならなければならない。
「…ヒーローになりたいか」
「!」
不安の中に僅かな期待を込め祖父を見ていた少女に閉ざされていた口から言葉がこぼれた。自分を静かに見つめる祖父と根津。少女とて色んなことを考えた。自分の憧れも、祖父の想いも、周囲の心配も。それでもいつだって、考えた末最後に浮かぶのは。
「なりたい、 お父さんお母さんみたいなヒーローに!」
真っすぐ、冷えた色にたしかな熱を含ませ祖父を見つめ返すアイスブルーの瞳はキラキラと輝いていた。祖父は小さく唸る。これに、ヒーローになるなとはとてもじゃないが言えない。本来誰よりも自分こそが、可愛い孫の夢が叶うのを願っているのだ。心配も応援も一番しているし、何ならすでにフォロワー1号でいる心持ちだ。祖父と少女は同時に根津の方を向き、頭を下げた。
「「よろしくお願い致します」」
「こちらこそよろしく頼むよ!」
「もっと強くなります!勉強もがんばる!」
「その意気だぜ!でも
ちゃんは雄英の看護教諭になること前提の特別スカウト枠だから試験はパス、私との面接だけなのさ!」
「エッ」
「特別スカウト枠?そんな制度があったのか?」
「今年からね
ちゃんをスカウトするために作ったんだぜ!」
「エッ ふ、普通に!試験受けます!」
「
ちゃんの中学での成績から見て筆記も問題なかったし大丈夫さ!」
「面接の日時は時期がきたら連絡するから待っててね」と根津はお茶を飲み干し颯爽と帰っていった。流れるように済んだ試験の話に少女は、これでいいのかと疑問を抱えたまま来たる面接日まで過ごすこととなる。
少女・
はヒーローになるための道へ一歩、踏み出した。