幼女再び2

職員室、自身の机で作業を行っている相澤は胸元付近にある小さな頭に目を落とし小さく息を吐いた。それにぴくり、と耳を動かしこちらを振り向く少女に何でもないと首を振る。この少女、訳あって小さくなったは朝皆の前で事情を話した後そのまま生徒たちに任せるつもりだった。しかし大人しくしているし大丈夫だと思ったのにいざ腕から下ろそうとするといやいやと首に巻き付いてはなれなかったのだ。仕方なくもう少し環境に慣れるまでそばにいさせることにした相澤は静かにしてろよと膝にのせて作業することになり、今に至る。それにしても手に何か持たせているわけでもないので本当に静かに己の作業を眺めているだけなのだがつまらなくないのだろうか。



「……何かおもちゃでもいるか?」
「ううん」
「退屈だろ」
「ううん、たのしいよ!」



一体何が楽しいのか、子どもの考えていることは分からない。しかし気を使って嘘を言っている風でもないので本人が良いのならまあいいかと手を動かす。



「ヘイユキヒョウガール!マジでちっちゃくなってんだな!」



笑顔で寄ってくるプレゼント・マイクの姿にうるさいのが来たと顔をしかめつつ、挨拶するように促した。一度膝から下りて名前を言いぺこりとお辞儀する様子にマイクはサングラスの奥で目尻を下げ、目線を合わせるようにしゃがんでその頭を撫でる。続いてミッドナイトも現れ小さくなったに黄色い声をあげてマイクの横にしゃがんだ。そして同じように挨拶を繰り返すをぎゅっと抱きしめる。



「フワフワ~!カワイ~!」



すりすりと頬を擦り合わせ全身撫でまわしたミッドナイトは満足したようにに飴を渡して仕事に戻った。頭をもう一撫でしたマイクも彼の机に向かい、すぐには相澤の膝へ軽やかに飛び乗る。今度は横向きに座り力を抜いて凭れ掛かってきた。それが何だか自分に気を許しているサインに思えて少し、ほんの少しだけ優越感が生まれる。資料作成など作業を再開してしばらく、相変わらず静かにしていたが時折胸元に顔をぐりぐりと擦り付けるようになってきたので眠くなってきたのかと覗き込んだ。



「ソファで寝るか」
「ううん…」



寝るのなら仮眠室にでも連れて行こうかと思ったのだが動く気はないらしい。それからどれくらい経ったのか、うとうとしていたは途中から完全に夢の世界へ旅立っていた。気持ちよさそうにしているのを起こすのは若干忍びないがもう昼食の時間である。いつまでも自分が見ているわけにはいかないしそろそろ生徒たちにも慣れてもらわなければと朝のように抱き上げ教室に向かった。寝起きは良いようでもうぱっちりと目を開けているに、ご飯に連れて行ってもらえと言うと「おにいさんは?」と首を傾げられたのでまだ仕事があると返しておく。午前の授業が終わるタイミングに合わせてきたのでまだほとんどの生徒が残っていた。



「誰か食堂連れてってやれ」
「ケロ、なら私たちと食べましょう」



ちゃん、と手招きする蛙吹に笑顔で返事してぴょんと飛び下り彼女のところへ駆け寄る。



「後は頼んだ」
「ええ、任せて」
「おにいさん、おしごとがんばってね」
「…ああ」



にこやかに手を振る少女に小さく頷いて相澤は来た道を戻った。

蛙吹に手をつないでもらい食堂へ向かう途中、一緒にご飯を食べるメンバーと自己紹介し合う。



「梅雨ちゃんと呼んでね、ちゃん」
「つゆちゃん!」
「私はお茶子でえーよ!」
「おちゃこちゃん どっちもおなまえかわいいね!」
ちゃんもかわいいお名前よ」



微笑ましい女の子のやり取りに後ろを歩いていた緑谷と飯田が口元を緩ませた。ほっこり気分に浸っていると肩越しに振り返ったが「おにいちゃんたちは?」と尋ねてくるので慌てて名乗る緑谷。



「み、緑谷出久だよ」
「いずくおにいちゃん!」
「ン"ッ」
「緑谷くん顔がすごいぞ…俺は飯田天哉だ」
「てんやおにいちゃん!おにいちゃんたちはかっこいいね!」



蛙吹と繋いでいる手を揺らしながら歩くは鼻歌でも歌いそうな雰囲気でずいぶんとご機嫌そうだ。いつもより低い位置で彼女に合わせて動く尻尾は、幼いながらにもすでに立派なものでこれがユキヒョウの特徴なんだなと緑谷たちは改めて観察した。ぜひ幼いときの全身ユキヒョウ化を見てみたいものである。緑谷たちだけでなく周りを行く生徒たちもちらちらと珍しい少女の姿に視線を寄越しているのだが注目を集めている少女はやはり慣れているのか気にした様子もなく、お昼ご飯のことで頭をいっぱいにしていた。



「オムライスあるかなあ?」
ちゃんオムライス好きなん?」
「うん!」
「ケロケロ、あると良いわね」



食堂に行ってみればご所望のオムライスがあり両手を上げて喜んだは、緑谷が運んでくれると言うので先にテーブルに行き皆揃うのを待つ。



「はいちゃん」
「わあ!いずくおにいちゃんありがとう~!」
「どっどういたしまして」



元は同級生なだけに"おにいちゃん"と呼ばれるのは不思議な気分であるが無垢な笑顔を向けられると単純にうれしい。疲れが飛んでいくとはこのことか、と元気よく「いただきます!」と手を合わせオムライスを頬張る様子を前の席で眺めながら自身もご飯に手を付ける。



「オムライスおいしい?」
「うんとっても~!ふわふわすごい!おちゃこちゃんもたべる?」
「えっいいん?」



はい、と一口掬ってスプーンを差し出してくるのでせっかくの好意だしと麗日はそのままもらった。逆隣りに座っている蛙吹にもどうぞと差し出すのでお礼を言いながら受け取る。もう一口掬ったは向かいにいる緑谷と飯田に視線を送ったが2人はさすがに手を振った。



くんの分がなくなるだろう」
「ウン!僕たちはいいからッ」
「…はあい」



少し残念そうにしていたが自分が食べたいのも事実なので素直に食事を再開する。食欲は充分なようでぱくぱくと食べ進めていき高校生たちと然程変わらぬ速さで平らげていった。おなか一杯になったところで一行は食堂を後にし教室へ戻る。午後はどうするのだろうと話していたのだが相澤が迎えに来る様子もないので「後は頼んだ」というのは文字通りだったのかという結論になった。朝は相澤から離れ難そうにしていたも食事を経て慣れたのだろう。蛙吹に一緒にお勉強しようと誘われ笑顔で頷いている。さてこれから、他の生徒たちとも交流し元に戻れるまでの間これ以上の事故などなく過ごしてもらわなければ。なんとなく、気持ち的に長い数日になりそうだなと緑谷は一人思ったのだった。