05

「どう思う?」
「どう思うって…」
「どう思えばいいんだよ…おれはてっきりクジラにのみこまれたつもりでいたが」



夢かと目の前の景色に唖然とする一味。海流を下り双子岬を超えれば"偉大なる航路"の海が見える、はずだったのだが。山と見紛うほどの大きなクジラが待ち構えており船ごとのみ込まれてしまったのだ。ルフィがクジラの目を殴りさえしなければ"こう"はならなかっただろう。ただ一応、勢いよく巨体にぶつかりそうになったのを止めるため大砲を撃ち船の崩壊は防いだが船長気に入りであるメリー号の船首が折れてしまった為に怒ったという理由はある。そしてルフィは飲み込まれる寸前に逸れてしまったようで辺りを見回したが彼の姿はなかった。皆警戒をしながら向かいに見える小島と家を観察している。そう、クジラの腹の中と思われる場所に何故か島と家があるのだ。幻だろう、と現実逃避をするも直後現れた大王イカがその家の方から飛んできた銛に仕留められたことによりそうでないことが判明した。



「人は居るみてェだな」
だといいな」



家から出てきたのは一人の老人だった。こちらを睨むように見る彼にサンジ達も負けじと視線を送る。ただならぬ雰囲気を纏う老人はこちらを見ながらビーチチェアに腰を下ろし新聞を広げた。



「なんか言えよてめェ!!!」
「………」
「や…戦るなら戦るぞコノ野郎 こっちには大砲があるんだ!!」
「………… やめておけ…死人が出るぞ」
「………!! ……へェ 誰が死ぬって?」
「私だ」
「お前かよ!!!」



サンジが老人に食って掛かるのをゾロが制す。冷静に老人は誰でここはどこなのかと尋ねたのだが相手にペースを乱され今度はゾロがサンジに宥められる羽目なった。しかしクロッカスと名乗った老人も別に隠す様子はなくネズミの腹の中に見えるのかと話す。



「…や…やっぱりクジラに食われたんだ」
「どうなんの私達…!!!消化されるなんていやだ」
「出口ならあそこだ」
「出られんのかよっ!!!」



独特のペースを持つ男だなと思いながら彼の指す出口とやらに目を向けた。確かに少し先に扉が見えるがその周りには空が広がっておりナミが疑問の声をあげる。そしてしっかり見てみればそれは絵だった。クロッカスが描いたらしい。とにかく出口が分かったのだから出ようとゾロが言った瞬間海が大きく揺れ始める。このクジラが"赤い土の大陸"に頭をぶつけ始めたのだという。それを聞きクロッカスが捕鯨するつもりなんだと考えるが、それよりもまず脱出しなければならない。どうやって出口へ向かうか話す一味を他所にクロッカスは胃液の海へ飛び込んだ。彼に続いて船を漕いでいこうとそれぞれが行動を始めようとしたとき。大きな扉の一部にある小さな扉が開きそこから見知らぬ男女とルフィが落ちてくるではないか。



「ル…ルフィ…!?」
「よォ!!みんな無事だったのか!とりあえず助けてくれ!!」
「私がいく」
「は、オイ!!」



ゾロの呼び止める声が聞こえたがはルフィを追うように手すりを蹴り身を沈めた。胃酸の海なので急いでルフィを抱え水面へ顔を出すとゾロが引き上げる準備をしてくれていたようで彼に預ける。ルフィが無事甲板に下ろされるのを見届けながら自身も登っていると再び手が伸ばされた。一瞬動きを止めるもそれに掴まる。



「……ありがとう」
「おう」



当然のように差し出された手に戸惑いを感じたが、それ以上に嬉しいと思えた。傍らで見知らぬ男女が引き上げられ、皆に質問されているのを余所に、は自分の手にやった目を細める。そんな彼女の様子をゾロが横目で観察していた。


クロッカスはどうやら医者だったようで、クジラの治療を体の中から行っていたようだ。例の男女はクジラを狙っていたらしく引き上げた後もバズーカを発砲したがクロッカスが身を挺して守り、二人はルフィの拳に沈んだ。それから話を聞けば、このアイランドクジラという世界最大級のクジラはラブーンと言い、"西の海"から来たとある海賊団の仲間なのだという。危険極まる"偉大なる航路"の旅には連れていけないと"西の海"に置いてきたはずがついてきてしまったのだ。船が故障していたため数か月、双子岬に停泊していたその海賊とクロッカスは随分仲良くなり、出発の日にラブーンを預かっていてほしいと頼まれた。必ず戻るという彼らの言葉をラブーンも正しく理解し、それからずっと帰りを待っている。50年、壁に体をぶつけ吠え続けながら。



「フ―――ッ 出たァ!!!本物の空!!!」



クロッカスの案内で外へ出ることができた一味はさっそく捕らえていた男女を海へ放る。意識を取り戻した二人は捨て台詞を吐いて泳いでいった。彼らを見送った後、船を停泊させ岬にある木のテーブルに腰を落ち着かせる。遠くへ吠えている声を聞きながら50年待ち続けているというラブーンに目をやった。



「ずいぶん待たせるんだなーその海賊達も」
「バ――カここは"偉大なる航路"だぞ」



二、三年で戻ると言った海賊達が50年も帰らない。答えは出ているとサンジは煙を吐く。



「死んでんだよ いつまで待とうが帰って来やしねェ………!!」



夢のない言葉にウソップはテーブルを叩きまだ分からないだろう、美しい話だと声を上げたがそれを止めたのはクロッカスだった。



「だが事実は想像よりも残酷なものだ」
「!?」
「彼らは逃げ出したのだ、この"偉大なる航路"からな 確かな筋の情報で確認済みだ」
「な…なにィィ…!!?」
「……このクジラを置いて…!?まさか…でも逃げるには"凪の帯"を通らなきゃ……!!」



クロッカスは頷く。故に生死すら不明。仮に生きていたとしてもここへは戻らないだろうと彼は確信していた。それほどまでに"偉大なる航路"の恐怖は弱い心を支配するのだ。ならばそれをラブーンに教えるべきだとナミが言うが、すでに包み隠さず真実を告げているらしい。しかしラブーンは聞かなかった。クロッカスが口を開くたび声をかき消すように吠える。以来リヴァース・マウンテンに向かって吠え、"赤い土の大陸"に体をぶつけ始めた。裏切られてなお待ち、待つ意味を失うことが何よりも恐ろしいからクロッカスの言葉を拒む。裏切られたのはラブーンだけでなくクロッカスもだろうに、もう放っておいてもいいんじゃないかと苦言を呈したが額をぶつけ続けるラブーンを今更見殺しにはできないと静かに呟いた。



「うおおおおおおおお」
「は!?」
「何やってんだあのバカはまた」
「ちょっと目を離したスキに…」



先ほどまで岩に背を預け話を聞いていたはずのルフィが今、大きな棒状の物を持ってラブーンの体を全力で登っているのが目に入る。



「ゴムゴムのォオオオオ "生け花"!!!!」
「……ありゃマストじゃねェか?」
「おれ達の船の…」
「そうメインマストだ」



マストを突き刺されブシュウッと血を噴出したラブーンの雄たけびに、全員の顔が引きつった。



「「「何やっとんじゃお前~~~~っ!!!!」」」
「船壊すなァ!!」



痛みで頭を振るラブーンからルフィが飛ばされ、そのまま大きな目にパンチをくりだす。皆がハラハラと見守る中何度か攻撃し合い灯台の壁に背中をぶつけたルフィは引き分けだと叫んだ。



「おれは強いだろうが!!!!」
「…………?」
「おれとお前の勝負はまだついてないからおれ達はまた戦わなきゃならないんだ!!!!」
「………」
お前の仲間は死んだけどおれはお前のライバルだ」
「……」
「おれ達が"偉大なる航路"を一周したらまたお前に会いに来るから



そしたらまたケンカしよう!!!!」



その言葉にラブーンは大粒の涙を零し、一際大きな声で吠える。いつの間にか落ち着いていた皆の顔には笑みが浮かんでいた。

「んん!!!よいよ!!!これがおれとお前の"戦いの約束"だっ!!!」



マストを抜い痕に治療を施し、これまでぶつけてきた傷の数々の上からルフィが麦わらの一味のドクロマークを描いた。ナミは航海の計画を立て、サンジは料理を。ウソップがマストの修理、ゾロは昼寝と各々行動する中はルフィがマークを描いているのをずっと眺めていたのだが、出来上がった"それ"を見て感心したように小さく頷く。何ともアーティスティックなドクロマークであるな、と。



「どうだ!!!」
「うん、格好いい」
「だろ!!!」
「あ―――――――――っ!!!」
「何だよお前うるせーな――っ」



突然のナミの大声に驚いたラブーンは海へ潜り、サンジやウソップたちも集まってきた。



「羅針儀が…!!!壊れちゃった…!!!方角を示さない!!!」



確かに針はどこを指すでもなくぐるぐると回り続けている。クロッカス曰く、これは羅針儀が壊れているわけではなく"偉大なる航路"にある島々が鉱物を多く含むために磁気異常をきたしているとのことで。さらにこの海の海流や風には恒常性がない、つまり一定ではないということ。改めて一切の常識が通用しないという"偉大なる航路"の恐ろしさを確認した。航海には『記録指針』が必要だと言う。



「ログポース?聞いたことないわ」
磁気記録することのできる特殊な羅針儀のことだ」
「変な羅針儀か」
「まァ型は異質だな」
「こういうのか?」
「そうそれだ」



『記録指針』がなければこの海の航海は不可能であるが、"偉大なる航路"の外での入手はかなり困難であると続けるクロッカスにナミは納得しながらも待ったをかけた。何でルフィがそれを持っているんだと頬を殴りつける。どうやら先程の二人組が船に落としていったらしい。殴ったのはノリだそうだ。"偉大なる航路"に点在する島々はある法則に従って磁気をおびていることがわかっている。島と島とが引き合う磁気をこの『記録指針』に記憶させ次の島へと進路するので、磁気の記録のみが頼りだ。始めはこの山からでる7本の磁気より一本を選べるのだが最終的には一本の航路に結び付く。そして最後にたどり着く島の名は『ラフテル』。"偉大なる航路"の最終地点であり歴史上その島を確認したのは海賊王の一団だけだという伝説の島。



「じゃ…そこにあんのか!?"ひとつなぎの大秘宝"は!!!」
「さァな その説が最も有力だが誰もそこにたどり着けずにいる」
「そんなもん 行ってみりゃわかるさ!!!」



テーブルに並べられたたくさんの料理を1人で平らげたルフィはさあ行くか、と声を掛ける。



「お前一人で食ったのかっ!!」
「うおっ!!骨までねェし!!!」
「『記録指針』か……!!大切にしなきゃ…これが航海の命運をにぎるんだわ」
「おのれクソゴム!!!おれはナミさんとちゃんにもっと!!食ってほしかったんだぞコラァ!!!」
「うおっ!!!」
「え?」


あ、と思った時には遅くサンジの蹴りを受けたルフィはナミのそばを通って飛んでいった。パリンと脆く地面に散るガラス。腕を胸の前に出したまま固まる彼女にサンジは首をかしげるが直後、頭を冷やしてこいとルフィもろとも海へ落とされる。



「おいっ!!そいつはすげェ大事なモンだったんじゃねェのか!?」
「どうしようクロッカスさん!!大切な記録指針が!!」
「…あわてるな、私のをやろう ラブーンの件の礼もある」
「あなたは、いいんですか?」
「ああ…私はラブーンとここで待つだけだ」



クロッカスの笑顔にはほっと息を吐き、ルフィが落ちた方へ目をやった。今回はサンジが一緒だったので彼に任せたのだがしっかり助けてもらったようだ。何故か、水面から顔を出した二人に並んで泳いでいったはずの二人組も同時に現れた。ミス・ウェンズデーと呼ばれている女性を引き上げ、肩を抱いて方向転換するサンジを男が呼ぶ。頼みがあると。



「ウイスキーピーク?何だそれ」
「わ…我々の住む町の名だ…です」
「船が無くなったからそこへ連れてけって?それは少しムシが良すぎるんじゃないの?Mr.9、クジラ殺そうとしといてさ」
「お前ら一体何者なんだ?」



王様ですと答えるMr.9の頬をナミが思い切り引っ張る。



「いえません!!!」
「しかし!!!町へ帰りたいんです!!!受けた恩は必ず返します!!」



"謎"がモットーの会社のため何も喋ることができないが一味の人柄を見込んで頼むと頭を下げる二人。クロッカスは苦い顔をしているがナミは笑顔で口を開いた。



「――ところで私達『記録指針』壊しちゃって持ってないのよ それでも乗りたい?」
「な…なにィ!!壊しやがっただと!!?そりゃおれのじゃねェのか!!?」
「こっちが下手に出りゃ調子にのりやがって あんたらも何処へも行けないんじゃないか!!!」
「あ!でもそういえばクロッカスさんにもらったやつがあったか」
「あなたがたのおひとがらでここはひとつ…」



「いいぞ乗っても」



ルフィのその一言ですべては決まる。『記録指針』が海図通りウイスキーピークを指しているのを確認し、出港の準備を整えた一味にクロッカスが今一度これでいいのかと訊ねた。航路を選べるのはこの場所だけなんだぞと念を押されたがルフィの意見は変わらない。



「気に入らねェ時はもう一周するからいいよ」
「…………そうか」
「じゃあな花のおっさん」
「記録指針ありがとう!!」
「行って来い」
「行ってくるぞクジラァ!!!!」



波が立つほどのラブーンの鳴き声を背に受けゴーイングメリー号はついに、"偉大なる航路"最初の島へと進み始めた。

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