02
ルフィが"悪魔の実"を食べてからしばらく。身体の変化にももう慣れたようで毎日嬉しそうに頬を伸ばして見せてくる彼にも喜んでいた。シャンクスに言われた通り、一生カナヅチになったわけだがそれに関しても海に落ちない海賊になればいいと強がりではなく本当に気にしていないようだ。
「落ちてもがいるしな!」
「うん」
村長は海賊になる事を猛反対しているがルフィは聞く耳を持っておらず、を連れて行くこともすでに彼の中で決定事項となっている。も最初からそのつもりでいるので何の問題もないしいずれ海へ出るために今、マキノへの恩を少しでも返そうと手伝いをしているのだ。頼まれたお使いを終えルフィと酒場へ戻る。
「もう船長さん達航海に出て長いわね」
さみしくなってきたんじゃない?とマキノに問われ、ルフィはコップを置いて全然と首を振った。まだ山賊の一件のことを怒っているらしい。
「おれはシャンクス達をかいかぶってたよ!もっとかっこいい海賊かと思ってたんだ」
お行儀悪く口だけで斜めに倒したコップを転がし「げんめつしたね」と呟く姿にマキノと顔を見合わせる。
「そうかしら、私はあんな事されても平気で笑ってられる方がかっこいいと思うわ」
「マキノはわかってねェからな 男にはやらなきゃいけねェ時があるんだ!!」
「そう…ダメね私は」
「うんだめだ」
「邪魔するぜェ」
低い声と共に現れた影に揃って入口へ目をやると例の山賊達が立ち入ってきた。今日は海賊はいないのかと店内を見回して荒々しくテーブルにつく男達は酒を所望す。好ましくはないが店を手伝う者として客を追い出すわけにはいかず、余計なことをしてマキノに迷惑をかけるのも憚られるのでお望みの酒を配ってまわった。賊の長と思われる男がを見て片眉を上げる。
「こないだはいなかったな?」
「…外で用事をしてました」
「ふん、目元が少し変わっちゃいるが中々の面だ がその赤髪は良くねェな」
海賊共を思い出す、と卑しく笑い長い髪を強く引っ張られるが無反応でいると面白くないと言わんばかりに手を離した。それを見て噛みつかんばかりに口を開こうとするルフィを目で制して心配そうにしているマキノにも大丈夫だと小さく首を振る。
「しかし…はっはっはっはっは!!あの時の海賊共の顔見たかよ?」
「酒ぶっかけられても文句一つ言えねェで!!」
頭の笑い声を皮切りに店内が山賊達の嘲笑で包まれる様は見聞きしていて気持ちの良いものではない。止まぬシャンクス達への罵倒についにルフィの怒りが爆発した。
「やめろ!!!」
「ああ!?」
「シャンクス達をバカにするなよ!!!腰ヌケなんかじゃないぞ!!!」
「やめなさいルフィ!!」
「シャンクス達をバカにするなよ!!!!」
そこからはあっという間だった。相手も額に青筋を浮かべルフィを引っ掴んで表へ連れ出し踏みつける。マキノはすぐに村長を呼びに向かったので危険はないし店の外へ出てくれれば物への被害も最小で済むだろうとはルフィを助けるため男達に近寄ろうとしたが、騒ぎを聞きつけた近隣の住民に抱え込まれた。
「! はなして、ルフィが」
「だめだちゃん!!おれたちだって助けたいが」
「相手は山賊だぞ 殺されちまう!!」
「奴ら刃物も銃も持ってる…!!村長を待とう!!」
の力が平均より強いことは彼らも知っているが成人男性、それも大人数を相手にできるとは当然思っておらず数人の手でおさえられ困惑する。これくらいなら振りほどけるが確かに相手が刃物だけでなく飛び道具を持っているのは厄介だ。店の前では未だルフィが山賊達に謝れと突っかかっている。
「足をどけろ!!バカ山賊っ!!」
「その子を放してくれ!!頼む!!」
「!」
マキノに呼ばれ駆けつけた村長は状況を見てすぐに地面に膝をつきルフィを解放してもらうように頼んだ。失礼でなければ金を払うという言葉に、山賊の頭は世の渡り方を知っているなと一度は口元を緩ませたが「だが駄目だ!!」と自分を怒らせたルフィの頭をしつこく踏む。それでも山賊が悪いと聞かないルフィにいよいよ剣が抜かれたところで村長、マキノの後ろから別の声が割り込んできた。
「港に誰も迎えがないんで何事かと思えば…」
「!」
「いつかの山賊じゃないか」
「船長さん!!」
「ルフィ!お前のパンチは銃のように強いんじゃなかったのか?」
酒場で楽しげに飲んでいる時とは違い、黒いマントを纏ってそこに立つ姿は随分と貫禄がある。彼の登場には肩の力を抜いた。どんどんとルフィ達に近づいていくシャンクスに山賊は止まれと銃を向ける。
「頭吹き飛ばすぞハハハハ!!」
「銃を抜いたからには命を懸けろよ」
「あァ!?何言ってやがる」
「そいつは威しの道具じゃねェって言ったんだ…」
ドン!!シャンクスが言い切ると同時に銃を向けていた男の頭部が撃ち抜かれた。山賊達は騒然とする。卑怯だなんだと野次を飛ばすも集まった海賊達はどこ吹く風で、文字通り海賊であることを主張した。酒や食べ物をぶっかけられようが、唾を吐きかけられようが、たいていのことは笑って見過ごすと語るシャンクスの表情はいつもの明るい笑顔からかけ離れている。
「どんな理由があろうと!!おれは友達を傷つける奴は許さない!!!!」
そんな彼にルフィは目を潤ませたが山賊はまだ嗤っていた。そして武器を手に一斉に向かってくるもたった一人、副船長が自分だけで充分だと言って山賊全て地に伏せてしまう。
「ウチと一戦やりたきゃ軍艦でも引っぱってくるんだな」
「…つええ…」
「すごい……」
「……や!!待てよ…仕掛けて来たのはこのガキだぜ」
「どの道賞金首だろう」
思いもよらぬ圧倒的な力の差に山賊の頭が青ざめる。シャンクスの威厳ある姿もそうだが彼らの戦う様を見たのはこれが初めてで、皆その強さに驚きを隠せない。一人で多人数を相手にした上まだまだ余裕があるように伺える。それに意識を奪われていたせいで山賊の頭が煙幕を使いルフィごと場から消えたことに反応が遅れた。
「し!し!しまった!!油断してた!!ルフィが!!どうしようみんな!!」
「うろたえんじゃねェ!!お頭この野郎っ!!みんなで探しゃあすぐ見つかる!!」
「……ったく、この人は…」
あの後攫われたルフィを助けるのは海賊達が任せろというしマキノがの身体を掴んで放さないので大人しく皆の帰りを待っていた。程なくして彼らは戻ってきたが何ということか。海へ放り投げられたルフィを助ける際にシャンクスの片腕が近海の主に食いちぎられたらしい。ルフィは泣きじゃくっていたが自身は擦り傷などで済んだようで、ただただシャンクスの腕のことに衝撃を受けていた。今までなら彼らがいないところでも「次の航海連れてってくれねェかな~!」と口を尖らせていたルフィだったのだが、一件が落ち着いてからはそう言うこともなく。海の苛酷さや自身の非力さ、バカにされて笑っていたシャンクスという"男"の偉大さを知り気持ちを入れ替えたらしい。もともと海賊をかっこいいと思っていたが一層シャンクスのような男になりたいと思うようになっていた。
「、おれ海賊になる」
「?…うん」
「自分でなる事にしたんだ!」
「そっか」
「だからはおれの船の副船長だ!」
「副船長?そんな大役はできない」
「いや!が副船長だ!!」とルフィはこちらの話を聞いていないが。今のところの知る副船長はシャンクスの船に乗っているベン・ベックマン一人で、しっかり彼が副船長像のイメージとなっている。明るく自由な船長を上手く扱い船員達をまとめ、しかし船長を立てる彼は副船長の鑑だろう。それに"副船長"ということはその船の2番手だ。上に立つ性分ではない自分には無理だろうなと決めつけているルフィを他所には静かに思った。
「この船出でもうこの町へは帰って来ないって本当!?」
「ああ、随分長い拠点だった ついにお別れだな」
海賊達がもう戻らないという話を耳にし、船出の準備をしているところへ見送りに来てみれば返ってきたのは肯定の意。悲しいだろと言われルフィは頷いたがやはり決心は変わらぬようで、もう連れて行けとは言わないと笑っていた。
「」
シャンクスと話すルフィを後ろで見守っていると聞きなれた自分を呼ぶ声がして、そちらを向くとベックマンが手招きをしている。
「今13だったか」
「うん」
「あと5年もすりゃ綺麗になるんだろうなァ…」
その言葉に周りからやれ今も充分可愛いだのやれロリコンだのと突っ込みが入る。皆ルフィやを可愛がってくれているがシャンクスやベックマン、ルフィくらいの年の息子を持つヤソップは本当に良くしてくれた。物心ついたときから両親がいなかったにとって村長とマキノが親代わりだが彼らも親というか、兄というか。優しくて温かい存在だった。もうフーシャ村に戻って来ないというのはさみしい、少し落ち込んだ雰囲気を見せる彼女にベックマンは苦笑いを零す。この娘は出会ったころから感情の起伏が目に見えず、あまり表情を動かさないタイプだったので最初は気持ちを読み取るのに難儀したものだが慣れてくると細かい変化や纏う雰囲気で分かるようになった。何よりこちらが慣れたというのに加えて娘の方も自分達に気を許してきているのを感じ、それがまた可愛いものだった。
「も海に出るんだろう?」
「うん」
「なら、また会える」
笑いかけると珍しく、彼女も分かりやすく微笑む。
「おいが!!」
「なんだよお前笑えんじゃねェか!!」
「可愛いなァこの野郎!」
一瞬で集まってきた船員達に揉みくちゃにされ乱れた髪をベックマンが窘めながら手櫛で戻した。"赤髪"だからだろうか。彼がこんなにもこの髪を気に入ってくれているのは。以前から気になっていたことをせっかくの機会に尋ねてみようかと思ったところでルフィの大きな声が港に響く。
「なる!!!おれはいつかこの一味にも負けない仲間を集めて!!世界一の財宝をみつけて!!!
海賊王になってやる!!!」
彼の宣言に、全員が注目した。
「ほう…おれ達を超えるのか………じゃあ…」
この帽子をお前に預ける。そう言ってシャンクスは彼のトレードマークとも言える麦わら帽子をルフィの頭に被せた。
「おれの大切な帽子だ」
「…………………………!!」
「いつかきっと返しに来い 立派な海賊になってな」
大きな帽子はボロボロと涙を流す顔を覆い隠す。そのままルフィに背を向けて船へと歩き出すシャンクスは途中ベックマンの横にいるを視界に入れパアッと目を輝かせた。期待に満ちた様子で腕を広げる彼に若干戸惑いながらも近づいていく。言葉なくその腕の中に自分より小さな体を引き寄せ己と同じ赤い髪に頬を寄せた。ルフィも、この少女も。この広い海でいずれ必ずまた会うだろう。最後にぐっと力を込めて抱きしめ、手を放す。船に乗り込んでいく彼らを人々が見送った。
「錨を上げろォ!!!帆をはれ!!!出発だ!!!」
水平線へと消えていくその一味の名は、赤髪海賊団。