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赤く艶やかな長い髪に櫛がとおされ、綺麗に編まれていくのを背中で感じながら前を見つめる。毎朝鼻歌交じりに髪の手入れをしてくれるのは己の命の恩人の一人であるマキノという女性で、は彼女もこの時間も大好きだった。2年前ワケあってフーシャ村にやってきたは傷だらけで幼いながらに死を覚悟したものだがとある少年とマキノに救われ、村の長や医者、住民達に支えられながら回復し今ではすっかり元気に過ごしている。にとって今まで生きてきた場所とは明らかに違う"ここ"へどうやってきたのかなど疑問に思うところはいくつもあるのだがそれについてはまたいずれ。



「フフ、はいできた」
「ありがとう」



両肩にポンと手が乗せられれば完成の合図。身だしなみを整えればマキノが店主を務める酒場パーティーズ・バーの掃除をしたり酒樽を運んだりと彼女の手伝いをするのが当たり前のこととなっている。フーシャ村は港村で、1年程前から海賊船が停泊していた。海賊だが船長を筆頭に気の良い乗組員達で、上陸しているときはよく酒場で飲んでいる。にもフレンドリーに接してくれる彼らは今日も来てくれるだろうとあるだけの酒樽を準備して到着を待った。


「あーいたくなかった」



涙を浮かべながら下手な笑顔を浮かべる少年、ルフィをはじっと見つめる。彼こそがを救った少年だ。元気な証拠とばかりによく生傷を作ってくるのだが、今回は自らナイフで頬を刺したらしい。以前から船に乗せてくれと海賊に頼んでいた彼は自身の根性や覚悟を示すためだったようで、マキノに手当してもらいながら誇らしげに語っていた。今もまだ目の前で連れて行ってくれとせがんでいる。



「おれだって海賊になりたいんだよ!!!!」
「だっはっはっはっはっお前なんかが海賊になれるか!!カナヅチは海賊にとって致命的だぜ!!」



軽快に笑う船長に船から落ちなければいいし戦っても強いと詰め寄った。



「おれのパンチは銃のように強いんだ!!!」
「銃?へーそう」
「なんだその言い方はァ!!!」



からも何とか言ってくれと目を三角にして言うので空いた皿を下げに行きながら「たしかに鍛えてる」と小さく頷く。7歳の少年としては他の同年代の子と比べると強いだろう。たぶん。



の方が強いし泳ぎも上手い」
「おれは男だからすぐにより強くなる!!泳ぎはいいんだ!おれがおぼれたときに助けてもらうから」



現時点でが自分より強いことに大層ご立腹だったときもあったのだが、その際年齢差を理由に上手く誤魔化したのだ。実際にはは強靭な肉体を持つ肉弾戦に特化した民族の生まれなので性別年齢関係なくある程度なら素手で倒せるというのはまだ秘密である。とはいえルフィは強くなるだろうと、船長や肩を組んだ船員達にいじられている姿を微笑ましく眺めていると奥のテーブルからお呼びがかかった。そこに腰を下ろしているのは海賊の副船長を担う男で、彼らの中でも特にを可愛がっている者の一人だ。



「相変わらず良い色だな」



会うたび髪を褒め、乱れないように撫でてくれる彼に頬を緩ませお礼を言う。量の多いたっぷりとした髪をいくらか触って満足した副船長は煙草に火をつけながらいじり倒され疲れた様子のルフィに声をかけた。



「ルフィ、お頭の気持ちも少しはくんでやれよ」
「副船長!シャンクスの気持ち?」
「そうさ…あれでも一応海賊の一統を率いるお頭だ」



海賊になる事の楽しさを知っている反面、その苛酷さや危険だって一番身に染みてわかっていると諭す。ルフィの心意気を踏みにじりたい訳ではないということを分かるかと尋ねる彼をルフィは一蹴した。



「シャンクスはおれをバカにして遊んでるだけなんだ」
「カナヅチ」
「ほら!!!」



離れたカウンターの席からぷぷっと漏らす船長、シャンクスを指さす。そして酒樽を持って現れたマキノに楽しそうですねと言われルフィを揶揄うのが楽しみなんだと尚も笑う姿を見て、副船長ともたしかに楽しんではいるなと納得した。ご飯を食べていくというルフィに出す料理をマキノが作るので、その間に洗濯物を干してほしいと頼まれは店を出た。

それほど多くない洗濯物を慣れた手つきで干し終えパーティーズ・バーに戻るとちょうど店から海賊の船員ではない男達がぞろぞろと出て行く。恰好から見て海賊ではなくとも賊だろう、全員が店から離れたのを確認して中を覗くと割れた食器などが散らばっておりカウンターの前でシャンクスが座り込んでいた。



「ぷっ!!」
「っだ――っはっはっは何てざまだお頭!!」
「はでにやられたなァ!!」



酒でもかけられたのかシャンクスの服はびしょびしょに濡れているようで、それでも揃って笑っている様子に内心ほっと胸を撫で下ろす。彼らにとっては大したことではなかったらしい。しかし濡れた服も散乱する破片もそのままにはできないのでタオルや箒などをカウンターの奥へ取りに行った。



「なんで笑ってんだよ!!!」
「ん?」



ルフィは子供ながらに"男"と"海賊"に自分なりの理想やあるべき姿を持っている。そんなルフィにとっては先ほど起こったことを笑って済ますシャンクス達が理解できず憤慨していた。背を向けるルフィの腕をシャンクスが掴む。



「おいまてよルフィ…」
「しるかっ!!もう知らん弱虫がうつる!!」



気にせず歩き出した彼の腕がびよーん!と伸びその場にいた全員が絶句した。普段あまり表情の動かないですらその光景に目を見開く。ルフィの腕がまるでゴムのように伸びているのだ。当人も同じように驚いている中海賊達は心当たりがある風で、船員が敵船から奪ったという宝箱の中身をチェックするも入っているはずのものがない。



「ルフィお前まさかこんな実を食ったんじゃ………!!」
「!……うんデザートに……!!」



"こんな実"の絵を見せられ、まずかったけどと頷くルフィ。



「ゴムゴムの実はな!!悪魔の実とも呼ばれる海の秘宝なんだ!!」
「!」
「食えば全身ゴム人間!!!そして一生泳げない体になっちまうんだ!!!!」
「え――――――っ!!!うそ――――――!!!」
「バカ野郎ォ――――――っ!!!」



"悪魔の実"。そういうものがあるというのをは本で読んだ。彼女が元いた場所では魔法を使う者もいたし自身も並みの人間ではない生まれではあるがそんな実の存在は聞いたことがないし、魔法でもないのに腕が伸びるなんて信じられない。信じられないが今目の前で起こっているのだから、"ここ"が自分のいたところとは全然違うのだと改めて実感した。

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