一瞬で変わる景色にももう慣れてしまい、ああまた飛んだなと思ったのが数秒前。慣れたはずなのに落ち着かないのはどういうことか。絶賛落下中だからである。空中に投げだされたのは初だ。どうすんのこれ?しぬの?ジ・エンド・オブ・私なの?いくら猫になって着地とか受け身とか得意になったとはいえ結構長いこと落ちてるってことは距離がだな…。何とか顔を動かして下を確認したところ水場らしきものは見えないのでそれは一先ず安心。というか町っぽい。いえーいぼっち卒業人間万歳!(もうやけくそ)その前に着地問題である。改めてしっかり下を見ると大きな桜があった。わあ、綺麗な桜☆じゃない!直接地面よりは間にクッションとして木とかあってくれたほうが良いのかな、なんて思っていたら桜に直撃するのなんかあっという間で。バサバサバキバキと桜の木の悲鳴を聞きながら地面に着くのを待つ。ぽすん。



「…ん?」



桜のクッションのおかげでだいぶ速度は落ちていたとはいえやっぱり最後には強い衝撃があるだろうと身構えていたんだけど、予想に反して待っていたのは柔らかい感触の何かで、多少痛かったけどそんなにダメージを受けることも無く終わった。私を受け止めてくれた何かの正体を確かめたいけど、思っていた以上に精神的にやられていたらしく、ブラックアウトした。



「……(何で猫が空から?)」

どれくらい気を失っていたのか、撫でられている感覚に徐々に意識が浮上していく。触れている温もりが心地良いのでそのままもう一度眠ってしまいそうだけどそこは必殺猫パンチを自分にお見舞いして目を開ければ目の前には着物の帯らしきものが。そろーっと視線を上にあげると、温もりの正体と目が合った。すごく見られている。



「……」



というかこの方、あの御方では?魑魅魍魎の主。うひょ~また主人公?ありがとうございます!撫でていた手を止めたこちらをガン見している彼に喉を鳴らしクルル、と一鳴き。



「…目覚めはどうだい?かぐや姫」



ヒェッかぐや姫って何!?猫相手に何言ってんの?恐ろしい男だ…さすがぬらりひょんの孫(?)。元の世界で見ていたときから夜の彼は色気がすごいと思っていたけど間近で見るとすごいどころじゃない。半端ねえっす。鮮やかな紅い瞳に見つめられ、段々と緊張が襲ってくる。色気のある男の人大好きだけどありすぎて怖い。漂う妖しい空気に耐えられず、急いで彼の足から降りようとした。降りたかった。無理でした。



「どこ行くんだい、かぐや姫?」



ちょっとお黙りになってこの色男…そのかぐや姫って言うのやめよう何かすごく恥ずかしいから!脇の下に両手を差し込まれ顔の前まで持ち上げられる。お顔が近い。いけめんオーラに心が折れそうである。私の心は露知らず、彼は私の首元に目をやった。首にはONEPIECEの世界でとっても器用な船大工フランキー様が作ってくれたチョーカーがつけてある。猫の姿のときはあまり話さないようにしてると言ったことを考慮してくれたのか、ご丁寧にルビ付きで私の名前をいれてくれてるのだ。



…かぐや姫はっていうのか 俺はリクオだ」
「クルル、」
、うちに来るかい?」
「(うちって…奴良組?)」
「じじいんとこ行くか」



そう言ってリクオは私を腕に抱えた。座っていた太い枝からふわっと地面に下り立って時折私を撫でながら屋敷へと入って行く。



「おう、じじい」



リクオの空いている片手によって開けられた襖はスパーンと良い音を立てた。部屋の中にいたリクオのおじいさん、ぬらりひょんは特に驚いた様子も無く彼を招き入れる。ぬらりひょんさんとその傍に控えていた鴉天狗さんは向かいに座り込んだリクオの腕の中にいる私を見つけ一瞬目を開く。



「りっリクオ様、それは猫…ですかな?」
「新しい家族だ」
「え」
「別嬪さんじゃねえか ワシにも抱かせろ」
「名前は、よろしく頼むぜ」



ぬらりひょんさんと鴉天狗さんをまるっと無視し自分の言いたいことだけ言って満足気なリクオ。



「しかしリクオ様、その猫首輪が、」
「それより抱かせろ」
「黒羽丸、他の奴らにも伝えとけ 新しい家族が出来たってな」



またもや二人を無視して襖の向こうに声をかけたリクオに、間をおかず承知の返事が返ってきた。というか私が家族になるのは決定事項なのか。鴉天狗さんが言うように名前付きのチョーカーしてるのに家族に迎えいれるとは流石というかなんというか。他所のところの猫だとは思わないのか思っていても気にしないのか。



「猫もワシの方が良いって言っとるぞ」
「あ?」
「(びくっ)」



えっすみません!いや私何も言ってないけど!何故私を睨む!?坊ちゃんの睨みが怖すぎて思わず謝ってしまったぜ。



「ほら怖がっとるぞ リクオ嫌われたな」



余計なこと言わないでえ~!?ぬらりひょんさんの言葉にリクオの眉間に皺が寄る。綺麗な顔が台無しだよ坊ちゃん…!とりあえずご機嫌取りのために頭を彼の胸に擦りつけておく。それに満足気に笑ってぬらりひょんさんの方を向きドヤ顔をした。対するぬらりひょんさんは少し口を尖らせてフンと鼻を鳴らす。



「そ、そもそも何処から連れて来たのですかその猫は!」



鴉天狗さんの疑問はもっともだ。リクオはちらりと一瞬私を見てすぐ鴉天狗さんの方に向きなおした。



「舞い下りてきたのさ…月から」
「つ、月?」



月じゃないから。何処と言われたら困るけども月じゃないから。いつまでかぐや姫ネタ引っ張る気?思わぬ返答に詰まる鴉天狗さんを見ていると外から「ご飯ですよー」と可愛らしい女の人の声がした。それに反応して耳がぴくっと動く。ずっと私を撫でていたリクオはそれに気付き、小さく笑って立ち上がった。



「飯行くか
「リクオ、ちょっと抱かせろ」
「しつけーぞじじい」



リクオの後に続き部屋を出て横に並んだぬらりひょんさんはそればっかりを言っていて、目的地に着くまで二人は同じ会話を繰り返していた。私はというと、そばを飛んでいる鴉天狗さんがちらちらと視線を寄越してくるのでガン見し返していた。ううん、警戒されているんだろうかやっぱり。



「(……か…かわ、)」



そういえばご飯ってまさかキャットフードではなかろうか?未だキャットフードにチャレンジしたことないけど…若菜さんが用意してくれたキャットフードなら食べれる気がする。、今こそお前の秘められた力を解放する時ぞ。そんな考えも部屋に着いてみれば秒で消え去った。新しい家族が猫だとは思っていなかったらしくリクオ達が食べるものと同じものが用意されていたのだ。よかった、ついに人間を捨てなくてはいけなくなるのかと。



「若、新しい家族というのは!?っと、その猫はどうされたのですか?」



部屋に入った途端リクオに詰め寄ってくる少女。



「氷麗、こいつが新しい家族だ」
「えっ、この猫が…!?」
ってんだ てめーら、仲良くな」



リクオの言葉に、私を見て戸惑っていた雪女さん含む妖怪さんたちはぱっと笑顔になって口々によろしくと言ってくれた。自己紹介やら何やらで騒ぐ周りを放ったらかしにして自分の席についたリクオは私を足の上にのせ、さらに私の分のご飯を近くに寄せて焼き魚を箸で解し摘まんでこっちへ向けた。はあ?



「麗都、口開けな」



あーん、だとッ…!?いや自分で食べれるから!フフ、随分可愛がってくれるじゃねーの…恥ずかしいからやめろください!



「(……)」
「…………」
「……(あー…)」
「良い子だ」



負けた。無理だ。無言怖いし何よりこんな綺麗なお顔に見つめられて勝てるわけがない。一度食べたらもう羞恥心?えっ何それ?状態で、次々運ばれてくる食べ物を抵抗なく受け取る。とてもおいしい。若干食べ辛いことがあるといえば、突き刺さるぬらりひょんさんの羨望の眼差しだ。というかほとんどの妖怪の視線を集めているんだけども。そんなに見ないで食べ辛いから!もぐもぐ。



「「「「「(…か、可愛い…!)」」」」」

ご飯の後、私とリクオはお風呂までずっと桜の木にいた。月を見る彼の手は飽きることなく何かしら私に触れたまま。時折尻尾を掴もうとするのでそのときは必殺猫パンチをお見舞いした。猫パンチを受けたリクオはちょっと嬉しそうだった。まさかMなん?そして若菜さんにお風呂と言われて一緒に私を連れ行こうとしやがったので奥義尻尾アタックを全力でその綺麗なお顔に炸裂させてやった。渋々一人でお風呂に向かうリクオがあとで覚えてろとか言ってたような気がするけど気のせいですよね。暇つぶしに廊下を歩いていたら煙管片手に縁側に座るぬらりひょんさんを見つけた。



「おう、リクオはどうした」



伝わるかわからないけどとりあえず喉を鳴らしておく。



「そうか…お前何者だ?ただの猫じゃねーんだろう?」



アッなんかばれてる!ひく、と一瞬口元が引き攣った。ぬらりひょんさん流石っすまじ半端ないっす。しらを切る気にもならないしぬらりひょんさんには正直に話しておこう。悪魔の実とか元の世界でのこととかは面倒なので省いておく。色んな世界に飛んで流れに身を任せながらその時を楽しんでいるっていうのと呪いで猫になってるというのを話すと納得してくれた。呪いって間違いじゃないよね?たしか悪魔の実って魚人島では呪いって呼ばれてるんだよね?話し終わると、ぬらりひょんさんはにっこり笑って私の頭をぽんぽんと撫でた。



「月から来たっつーのも強ち間違いじゃないのー」
「ハハハ…」
「まあ此処にいる間はうちにいるといい」
「ありがとうぬらりひょんさん」
「おじいちゃんと呼べ」
「おじいちゃん」
「(きゅん)」
「何触ろうとしてんだよじじい」



ぬらりひょんさんが私を抱き上げようとしたのか、手を伸ばした瞬間後ろから声がした。二人で振り返ると凄い顔でこっちを見下ろす坊ちゃんが。お…お風呂上がり色っぽいデスネ…。彼の表情と纏うオーラに固まる私を余所にぬらりひょんさんは「邪魔しおって」と口をへの字に曲げていた。リクオさまは一体どこから聞いておられたんでしょうか…!?私が普通にしゃべってたの、聞いてたのかな?内心ハラハラしていたんだけど彼はその事には触れず、私を腕に収めてぬらりひょんさんに「勝手に触んじゃねーぞ」と念を押して自分の部屋に向かった。すでに敷いてあった布団の上にそっと下ろされる。ふかふかの布団が気持ち良くてごろごろと転がっていたらリクオも横に片肘をついて寝転んだ。名前を呼ばれ彼の方を向くと鼻先に柔らかい感触と、ちゅっというリップ音が。



「(………)」
「さっきのお返し、だ」
「(あ、)」



あとで覚えてろってこのことかい!
妖怪の主は色々さすがでした


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