ほんの少し、特別な君




世界総人口の約8割が何らかの特異能力「個性」を持つ現在、その「個性」が通常4歳頃までに発現するということで幼い子でも自身の周りにいる人がどんな「個性」を持っているのか気になるし話題にでる。ぱっと見で分かる場合もあるが大抵は相手に聞くことが多い。君はどんな個性?何度も聞かれた。そして心操人使はその度に憂鬱になった。憧れたのは、目指してるのはヒーローなのに「洗脳」という「個性」は他人を操れるという特性からどうしてもマイナスのイメージ、悪用できるというところにまず意識が向けられる。だから小学校や中学校など入学や進級、新しい出会いがあると必ずといっていいほど行われる個性確認が本当に憂鬱だった。



「ホントよく寝るなー」
「もはや起きてる方がびっくりするよね」



雄英ヒーロー科の試験はやはりというか"誂え向き"の個性では無い者には厳しく普通科に通うこととなり、ヒーロー科への編入は諦めてはいないが通常の学業を疎かにするわけにもいかないしそちらのレベルだって低くはない雄英の学校生活に少し慣れてきた頃。C組クラスメイトの羽角の存在にも慣れてきた。羽角の個性はミミズクらしく、よく眠気に負けて全身ミミズク化し夢の世界にいる姿が見られる。授業は頑張って起きているみたいだが休み時間のほとんどや放課後もよくギリギリまで眠っているようだった。今まで、新しい環境というのは苦手な部類だったがC組の生徒たちは過去、小中学生の頃にいた周りの人間とは違う反応をすることが多く気の良い、話しやすい相手ばかりだった。そんな彼らだから心操も打ち解けられたし、寝ていることが多いも浮いたりしていないのだと思う。もちろん自体、本人から人にコミュニケーションを取ることは少なく起きていても静かに席についているけれど話しかければ表情に乏しくもちゃんと答えてくれるし困っている生徒を見かけたらフォローできるところはしているし、真面目で優しい、いいヤツだというのがわかるからこそだろうが。隣の席という縁があり実は手持ち無沙汰な時はを観察しているのだが、時々もぞもぞとしながら気持ちよさそうに寝ている姿は見ている側も癒される。ミミズクなんて普段、日常的に関わることはない生き物で、そんなモフモフがすぐそばでのんびりしているというのは不思議な感覚だ。



「お、目開いた」
「おはよー羽角」
「まだ午後まで時間あるけどな」



心操も含め何人かに見守られていたのだがふと開かれた丸い瞳に声をかけるとパクパクと嘴を鳴らしてまた眠ってしまった。



「今のパクパクなに?」
「おやすみって言ったんか?」
「さあ……なんでもいいけど、」



癒されるわあ。誰かの言葉に内心頷く。心操は動物の中でも特に猫が好きなのだが、こんなの普通に可愛いと思ってしまう。ずるいだろ動物って。

心操がと初めて話したのは入学したての頃、心操が声を掛けた時だった。どんな個性か、自分があまり得意ではないその質問を、自分から振ってしまったということから今もハッキリ覚えている。その時のはミミズクの姿をしていて、視覚からも分かりやすいその個性に自分とは違い聞かれることにどうとも思っていない様子だったが、態度にも表情にも思っていることが出にくい彼女が本当に何も思っていなかったかは分からない。どちらにせよ自分が構えてしまう事柄を他人にしてしまったことは心操にとって強く記憶に残っていた。自分の言葉も、の言葉も。



「羽角さんだよな、隣よろしく」



入学式の日以降、授業以外は寝ていることの多いの目が眠たげにも開いている時を狙って声を掛けてみた。きれいで、気持ちよさそうなモフモフが気になっていたのだ。心操に話しかけられ横を向く丸い瞳と目が合い数秒、人の姿に戻りまた数秒。心操を観察して「よろしく」と頷く。



「あー…、羽角さんは、フクロウなんだ、」
「……うん、シベリアワシミミズクっていう種類」



知ってる?と言わんばかりに首をこてんと倒したに、正直に種類とかは詳しくないし知らなかったと返すとまた小さく頷いた。曰くミミズクの中でも大きい種類らしい。夜行性だから学校でも寝ているのか聞くと、夜も寝ているし昼でも起きてる時は起きてるらしい。人よりよく眠るけど昼だから夜だからというのは思っているほど決まっているわけでもないようだ。個性の話を振ってしまったときにしまったと思った。そうなると君は?という話しになる。そう思ってずっと身構えていたのだががそう聞いてくる様子はなかった。そうなると、それはそれでソワソワする。こちらから話を振ったのだからには聞かれても、それは当然のことだと受け止める気持ちでいるのに。ワシミミズクのことを検索してみたら爪が鋭く力が強いなど出てきてもちろん飛ぶこともできるし中々、つよい個性なんじゃないか、ヒーロー科の試験を受けたのかな、と。思ったことがぽろ、と言葉に出ていたらしい。



「……うけてない、ヒーロー目指してない」
「え、あ、そうなんだ、」
「………うけた?」



の質問に、頷いた。「ああ、…まあ、」なんて歯切れが悪い返しに、じっと見つめてくるからもごもごと口を動かして少し俯く。



「個性が、……洗脳だから」
「ふうん」
「……、洗脳、なんだけど、」
「うん」



聞こえたけど、と直接言葉にはしてないがそう言いたげにまた首を傾げるに力が抜けた。ヒーロー科の入試がどんなだったかを伝えながら自分の個性の話をして。黙って聞いていたは心操が話し終えるとゆっくり瞬きをして、口を開いた。



「………ヒーローの、難しいことはわからないけど」
「あ、ああ、」
「立てこもり事件とか、そういうの、無血開城?できるんじゃないの」
「あ、え、」
「直接攻撃できるのも、そういうのも、どっちもいいのに」



「試験はパワー系?重視?なんだね…?良い個性なのに、むずかしいね」とゆっくり紡がれる言葉に目頭が熱くなる。別に、誰に何と言われようとヒーローを目指すことをやめようとは思わなかった。が言うように使い方次第だって、ケースバイケース、適材適所だって。自分でもそう思っていたけど、誰かにそう言ってもらえるのはやっぱり。めちゃくちゃ嬉しいんだ。



「……ありがとう、羽角さん」
「……うん?……えっと、名前なんだっけ」
「え、…ははっ、心操、心操人使、よろしく」
「……ごめん、よろしくしんそーくん」

最初に話をしたときから、心操の中では少し特別だった。他のクラスメイトも同じように受け入れてくれる、話しやすくて気の良い生徒たちなのだが。あの胸や目頭が熱くなった時のことが一際印象に残っている。それに今思えば、普段の口数から考えてもあの時のはたくさん話してくれていたのだ。自分の様子を気にかけてくれたのか、たまたま個性の話で思ったことを全部伝えてくれたのか、その両方かもしれないが大抵はいかいいえのアクションや単語で返事してくることが多いと知ったからこそあれは通常より長く会話してくれたのだと分かった。ちなみにだが、個性の話をして以降次の会話は椅子の背もたれに止まって居眠りしていたが突然後ろに倒れたところを直前観察していた心操が気付いて支えたときの「大丈夫か!?」「……ん、ありがとう」だ。



「てか最近、寝るとき机に倒れてるよね」
「それな 可愛いけど」
「ああ、前に背もたれから落ちかけたんだよ」
「へー」



一度助けてから何度か同じようなことがあった。単純にを観察しているのが日々の癒しになっているというのもあるけど隣の席という縁を得た少し特別な女の子の、些細なことでも手助けができたらという思いもあって彼女の様子を窺うのが癖になっている。近頃はクラスメイトが言うように机にうつ伏せになって寝ることが増えてしまったのだが。それから、午後の授業は起きていたけどホームルーム後また寝入っているの隣で、心操も残って今日の復習をしていた。集中が切れ時刻を確認しようと思ったところで突き刺さる視線に気付く。



「びっ、くりした、起きてたのか」
「………うん」
「あー、と、帰る?」
「………しんそーくんは」
「俺もそろそろ帰るかな」
「ん」



いつから起きてたのか分からないがもしかして待ってくれていたのだろうか。最初の会話から、自分にとって他のクラスメイトとはちょっと違う存在になった。ふと、彼女にとっても自分は周りより少し、ほんの少しだけ近い距離においてくれてるんじゃないかと思うときがある。何度か支えたりしたからだろうか、それ以外にもぼんやりしている彼女のフォローのようなこともしているし。まあ世話焼きな他の面子もそれはしてるけれど。でも、とてもマイペースなは気付いたら寝ていて、起きたと思ったらいなくなる。そういう感じなのだ。だからもし自分が帰るのを待ってくれていたとしたら、あまりないことで、すこし、いや結構嬉しかったりするわけで。教室に残っている生徒に挨拶をして雄英を後にし、少しの間並んで歩く。



「羽角さんって、家で何してるんだ?」
「………ごはん食べて、お風呂はいって、ねる」
「ははっ、そっか」
「………さんいらない」
「え?」
「羽角でいい」



「私あっち、ばいばい」と小さく手を振ってこちらに背を向けるをぽけっと見送る心操は思考が停止していた。今、羽角でいいって言ったとき、笑ってなかったか。見間違いかもしれないけどでも口角上がってた。絶対上がってた。クラスでもそう見られない表情の変化に胸が高鳴る。こういうことをされるとやっぱり、もしかして、ほんの少しでも皆より彼女の隣に近付いてるじゃないかって、思ってしまうのだ。



「……ずるいだろ、そんなの」