刷り込み




寮に戻る途中爆豪と切島はユキヒョウと化しているがこちらへ向かって来ているのを目に留めた。切島の方は手を上げて彼女を呼ぼうとしたがその前に間の角から出てきた女子生徒の悲鳴に遮られる。まさか曲がり角の先に大きなユキヒョウがいるとは思っていなかったのだろう、女子生徒は尻餅をついてしまった。動けずにいる彼女と何故か同じように固まっているを見比べながら切島はとりあえず女子生徒の方へ駆け寄る。ユキヒョウの姿でいるということは治癒の個性を使いすぎたのだろうがそれでも言葉は話せるので通常であれば真っ先にが助けに行くはずだろうにどうしたのかと内心首を傾げつつ安否を尋ねた。しかし彼女は問いに答えずの方を見ながら若干目に涙を浮かべ謝罪の言葉を述べる。ただ驚いただけにしてはビビり過ぎだろと鼻を鳴らした爆豪は未だ何の反応も見せないに声を掛けた。



「アッ!!!」
「ん?」
「あ?」



直後、再び声を響かせた女子生徒へ2人の視線が集まる。



「アッ…あ、ごめんなさ…」
「ど、どうした?大丈夫か?」
「わ、わたし、あの、」
「はっきりしゃべれや!!!」
「ヒエッ」
「おい爆豪落ち着けって」



明らかに怯えている様子だが爆豪に怒鳴られ身を縮こまらせた彼女はこれ以上怒らせないようにと口早に自分の個性について話した。

「刷り込み?」
「まあ…見てれば分かると思うけどよ…」



切島の言葉にその場にいた面子は、と爆豪の方へ目を向ける。浴びせられる視線に苛立ちながらもそれらをスルーして台所へ向かう爆豪の後ろをぴったりとついて歩くユキヒョウ。飲み物を持ち戻ってきた彼はドカッとソファに腰を下ろした。その横に飛び乗り行儀よくお座りするユキヒョウ。刷り込みとは早成性の生物にみられる学習形態の一種で刻印付けともいわれる。簡単且つ身近な例でいうとカモなどの雛が孵化した直後に初めて出会った動く物体を追従するようになるといったものだ。件の女子生徒曰く彼女の個性はその性質に近く、違うのは個性にかかってから初めて出会うものではなく初めて名前を呼んだものに追従するようになるらしい。基本的には彼女が触れなければ発動しないのだがユキヒョウに驚いた際暴発してしまったと語った。



「えっじゃあは今爆豪のこと…」
「ママやと思ってるん?」
「ブッ 言うなよ麗日~俺耐えたのに~」
「爆豪ママ…」
「ママ言うんじゃねェブッ殺すぞ!!!!」



ソファの背もたれから飛び掛かりかねない爆豪を切島が宥める。



「とにかく効果が解けるまでは雛みたいについて回るってよ」
しゃべれるん?」
「話せはするみたいだけど心なしか幼い気がすんだよな」
「中身も雛状態になるのか」
「爆豪ちゃん、ちゃんとお世話してあげてね」
「ハア?ッんで俺が…!」



青筋を立てて蛙吹の方へ声を上げるもくん、と服の裾を引っ張られる感覚がしてゆっくり振り返った。うるうると何かを訴えてくるアイスブルーの瞳と目が合い暫しの間。



「まあかっちゃんくんは乱暴だからな~」
のお世話なんて無理か」
ちゃんって結構甘えんぼだし」
「……!!!上等だコラ世話し尽くしたるわ!!!!!」

夕食の時間、一件についてまだ知らない者たちは爆豪の横に座りご飯を食べさせてもらっているユキヒョウの姿に困惑した。切島から事情を説明され納得した一同はやはり気になるのか食事中2人の方へちらちら視線を送る。爆豪はと言えばもう周囲を気にしないことにしたようでの相手に徹底していた。



「おにく」
「ん オイちゃんと噛め」
「あい」



食べやすいサイズに切り分け、が飲み込んだタイミングで次々とバランス良く口元へ運ぶ。それも周りの毛が汚れないよう丁寧に。そうしながらも合間に自分の食事を済ませた爆豪は他より早く食べ終わり空いた食器類を片付けて談話スペースへ向かった。隣にを座らせテレビのチャンネルを順番に変えて見たいものがあるか聞いている。今は特にないと答えたは爆豪に寄りかかり随分とリラックスしている様子だった。



「普通に飼い主とペットに見える」
「それな」



全員が夕食を食べ終え各々の時間を過ごす中。部屋に戻るわけにはいかないと思っているのか、珍しくずっとテレビの前にいる爆豪はしばらくスマホを弄っていたが徐にテーブルに置けばの頭や首回りをマッサージし始める。どうやらヒョウなどのマッサージの仕方を調べていたらしい。ちょうどいい力でコリを解されてゴロゴロと喉を鳴らす。どれくらいそうしてたのか、爆豪が辺りを見回し場に残っていた麗日、蛙吹、葉隠、芦戸に目をやる。



「オイ風呂」
「さすがにお風呂は爆豪ちゃんじゃダメね」
「でもちゃん爆豪くんおらんでもいけるんかな?」



麗日の疑問に頷きながら蛙吹が手招きしてみるもやはり動かない。



「いってこい」
「ばくごうくんは?」
「風呂は別だ」



「上がったら乾かしてやるからはよ行け」と言われ尻尾をピンと伸ばしたはソファから下り軽やかな足取りで麗日たちの方へ行った。

綺麗に洗い軽く拭いてもらったはダッシュで風呂場から出て談話スペースへ戻る。すでに上がっていた爆豪がドライヤーを準備して待っているのを見つけ彼の懐へ飛び込んだ。そのおかげで多少濡れてしまった爆豪だが特に怒る素振りも見せずミネラルウォーターを渡して座らせる。ストローで器用に水を飲んでいる間に尻尾の先までしっかり乾かし、仕上げのブラッシングも抜かりない。



「何だか慣れてるわね爆豪ちゃん」
「ペット飼ってたん?」
「飼ってなくても大体分かるわこんなもん」



フンと鼻を鳴らしてマッサージの続きをしているのを何となく見守る。お世話し尽くすって(笑)と最初は笑っていた上鳴たちだったがこの徹底ぶりは最早感心の域だ。



「ふあ~~~~…」
「ケロケロ、大きなあくびねちゃん」
「つーかこれどれくらいで解けんのかな?」
「寝て起きれば戻ってるはずってあの子は言ってたぜ」



うとうとと今にも寝てしまいそうなを見ながら、それなら明日にはいつもの彼女になっているだろうと皆でほっと息を吐く。この後爆豪と寝ると駄々をこねるユキヒョウによる一騒動があったりするのだが最終的に寝落ちしたところ麗日の個性で部屋まで運ばれ無事朝日を迎えた。翌日の朝食にて、顔を真っ赤にして居た堪れなさそうに爆豪に頭を下げるの姿が見られたのであった。



「大変ご迷惑をおかけいたしました…」
「……気ぃつけろや」
「爆豪ママお疲れ!」
ちゃんも災難だったね~」
「ママ言うな殺す」