ユキヒョウ・ボーイ?

(※入寮前)



自分の課題はたくさんあるとは日頃から考えている。治癒個性の技術面は勿論のこと体力の底上げもしなくては大事な時にユキヒョウ化してしまい何もできなかったと後悔することになる。体力についてはユキヒョウの個性側の課題でもどれだけ鍛えても困ることではないし、力がつけば余裕が生まれスピードや細かいコントロールだってもっとレベルアップできるはず。まず何よりもパワー。日頃の筋トレをより効果的な内容にし量も増やしていこう。通学時間も有効に使って学校までトレーニングするのはどうだろう。一人キリッと空を見つめ心の中で叫ぶ。パワー!



「で、個性事故に巻き込まれたと」
「すみません…」
「ごめんなさいごめんなさい私がびっくりしてつい!!」



さっそく通学路もトレーニングに、と朝からウォームアップして元気に家を出たのだが。事前に頭で組んだコースを順調に進んでもうすぐ学校に着くというところで、転びかけたおばあちゃんを助けようとして支えきれず揃って転倒しそうになっている女子生徒を見かけ咄嗟に助けにはいった。無事2人とも支えられてほっとした瞬間、身体に異変を感じる。ムクムク、と身体が変わっていく不思議な感覚に手のひらを見つめていると気付いた時には少し大きくなっている気がして。視線も心なしか高くなったような。頭にハテナを浮かべていると助けた女子生徒がかわいそうなくらい顔を赤くして眼に涙を溜め、震えながらお礼と謝罪を述べてくるので何てことはないと首を振った。

泣きながら事情を話す女子生徒を支え寄り添っているジャージ姿の生徒に目をやり、深く息を吐く相澤。腰まで伸びていたボリューミーな髪は肩につかないまでの長さになり、少し伸びた背に若干体格の良くなったその生徒にはやはり見慣れたふわふわの耳と尻尾がはえていて性別が変わっても本人であることをすぐに理解させられる。は、助けた女子生徒の個性暴発により男の子になっていた。実はこの女子生徒、の熱烈なファンであったようで助けられたという事実と目の前に現れた推しの顔面どアップに心が耐えられず緊張のあまりパンクしたらしい。色々言いたいことはあるがとりあえず、性別が変わったということ以外に異常はなく時間が経てば戻ると言うので本人もけろっとしているしこのまま過ごさせることになった。



「えー!?ちゃんおのこになっとる!?」
「えへへ、ちょっと色々あって」
「声もちょっと低いね」
「ふわふわケモ耳男子…」
「え…可愛いんだが…」
「ケロ、男の子のちゃんも素敵ね」



先生からのお小言をいただき教室に向かったをすぐに取り囲んだのは女子陣だった。「本当にオトコ!?」と遠慮なく胸元など身体を弄ってくる芦戸にされるがままになりつつ、驚いて席で固まっている八百万と目が合いにこにこと手を振ると口元を押さえさらに固まってしまい首を傾げる。



が男だとそんな感じなんだな」
「なんつーか…」
「結局かわいい系」
「むっ 筋肉増えたんだよ!」



上鳴の言葉にムキッと力こぶを作るに皆がほっこりした。たしかに身体つきはそれらしくなっているが雰囲気と顔立ちのせいで男っぽくはない。ただ本人的には最初に鏡で見たときに凛々しくなった顔立ち(自称)と少し大きく筋肉質な身体つきに男らしさを感じていたので、かわいいかわいいと微笑ましく眺めてくるクラスメイトになんとなく納得がいかず耳と尻尾としょぼんと垂らしながら席に着いた。

性別が変わってもらしさは変わらない。結局雰囲気が可愛いんだよなあと思っていたA組一同だったが演習のときにそれは起こった。



「助けにきたよ!もう大丈夫だからね!」
「アッ」
「三奈ちゃん?大丈夫?」



敵に捕まった一般人を助けるヒーロー、という救助訓練。2人組に分かれヒーロー側と、敵・人質側の役を交互に演じていた。耳郎、ペアがヒーロー側になり尾白から芦戸を救うという組み合わせで、耳郎の技で聴覚から急襲を受け耐え切れず人質を離してしまった尾白の隙をついたが回り込んでいた死角から飛び出し見事に芦戸を抱きかかえて救い出した。その際、思っていた以上に安定力抜群の身体にお姫様抱っこされいつもより締りのある笑顔を至近距離で見た芦戸は頬を染めて胸を押さえる。救出完了のゴール地点まで運ばれそっと地面に下ろされヒーロー側の勝利がコールされる中、体調不良を心配して覗き込んでくるに興奮したように飛びつく芦戸。



ちゃんイケメンかよおおおっ」
「えっ」
「モニターで見ててもカッコよかったわちゃん」
「ほんと?」



蛙吹にも褒められ恥ずかしそうに頭を掻く姿に「イケメン滅びろォ」と峰田が物凄い形相で震えていたが、その後2週目に入り上鳴を同じように救出し女子たちにちやほやと褒められ満足気に胸を張るだった。

初めての体験、カッコイイなんて普段言われることはそうないのでこの一件も案外悪くなかったのかなとホクホクしていたものの、朝から休み時間にはどこから聞きつけたのか学年問わず他科の生徒が一目見ようとやってきたり廊下を歩けばあっという間に囲まれたりを繰り返していたのでお昼休憩の頃には少し落ち着きたくなって、からあげ定食を手にあたりを見回す。がやがやと食堂を利用している生徒たちの声で溢れるフロアの一角で、静かにおそばを啜る轟を見つけた。



「轟くん~、お向かい座ってもいい?」
「お、…ああ、いいぞ」
「ありがとう~」



ほっと一息ついて、いただきますと手を合わせからあげを幸せそうに頬張るに、轟も頬を緩ませる。



「朝から賑やかだったな」
「んっ?そうだねえ性転換ってやっぱり珍しいもんね~」
「…まあ、そうだな」



クラス学年問わず囲まれるのは単にその個性事故が珍しいからというわけではないと思うが。普段から明るく親しみやすい、誰が相手でも分け隔てなく対応しているだからこその周りの反応だろうと言葉にはしないが感心する轟。もともとユキヒョウの個性を持つ彼女は特に女子生徒から人気があるようだったが今回の件でいつも以上に色めき立つ者が取り巻いていた。今も少し離れた席できゃあきゃあと頬を染め手を取り合っている女子がこちらを見ている。視線を受けること自体は日頃から慣れているは気にせずパクパクとからあげを平らげており、轟と目が合うときょとんと首を傾げた。頬に米粒をつけたまま。



「…米、ついてるぞ」
「むっ」
「そっちじゃねえ……ん、」



指摘に慌てて頬を擦るも逆だったので身を乗り出して取ってやる轟。にぱ、と朗らかに笑ってお礼を言うにつられて口角をあげた。その瞬間周りの至る所で女子生徒の黄色い声があがり揃って身体を揺らし周囲に目をやるけど特に変わったことはなく、また2人で目を合わせては何だったのかと首をひねり食事の続きに意識を向けた。



「「「(涼しげイケメンペアの仲良しショットありがとうございます!!!)」」」

帰りはスピードが勝負だ。は気合が入っていた。今日は帰りにお買い物を頼まれているので夕方のタイムセールに間に合うようにしなくてはならない。他の科の方が先に授業が終わっているのだがいつもよりざわついている教室の外の声をの耳が拾っており、休み時間のように己を待ってくれている人がいるのかもしれないと思うとぜひお話したいところ。しかしお使いはこなさなくては。帰り支度を終え芦戸たちに挨拶をして教室を出ようと思ったら案の定声をかけてきてくれる生徒たちがいて、にこやかに返事をしつつ道を開けてもらおうとしていると。



「どけやモブ共」
「爆豪くん!」
「はよ行くぞ」



の後ろから堂々と出てきた爆豪に圧倒され数人が後退るのをフンと見下ろし、振り返るいつもより高い位置にあるその背を前に押しながらぐいぐいと生徒の合間を縫っていく。少々強引な気もするが爆豪のおかげでスムーズに学校を出られそうなのでご機嫌に尻尾を揺らす



「爆豪くんありがとう!」
「…フン」



「今日はタイムセールがあるから助かったよ~」とにこにこ隣を歩く姿に鼻を鳴らす。いちいちモブに構うからだろがと思うが言っても仕方ないので心の内に留めておいた。誰にも捕まらなければ特に走って帰るなどする必要はないようで流れで駅の方まで一緒に帰ることになり、今日だけはほぼ同じ目線にある横顔にちらりと目をやる。気付いていないのか当人は今日の演習での爆豪の動きについて絶賛していて、他の奴等と違ってあまり反応しない己相手では何も面白いことなどないだろうに終始笑顔だ。興味ない他人の話やテレビの話などちょこちょこと話題提供をしてくるに適当に相槌を返しながら長くはない距離を並んで歩く。



「ところで爆豪くんはトレーニングってどんなことしてる?」
「あ?」
「より効果的なトレーニングを!模索中なのです」



自分で調べろとか何で俺がわざわざ教えてやんなきゃいけないのかとか怒号すら飛ぶ可能性もありそうだが。実際爆豪自身も相手によっては一瞬頭に浮かんだ先の言葉をぶつけてただろうなと思いつつ、静かに自分のルーティンを答えると真剣な顔でスマホにメモしていた。女だろうが男だろうが何でもいいが、やっぱりが相手だと牙を抜かれるというかなんというか。



「今日はありがとう!また明日ね~!」



余計なことは言わず簡潔に必要な情報を与えてくれた爆豪に満面の笑みでお礼を述べ大きく手を振りながら去って行くのに「前見ろや」と返して家路につく。どうにもあのふわふわの塊に強くでれないなと幼い頃に焦がれていたユキヒョウの姿を思いながら徐に頭を掻く爆豪だった。ちなみに翌日、無事元の姿で登校してきたに女子は落胆の声をあげ峰田だけが目を血走らせ大喜びしていた。