Family
※原作より15年前聞いたことのない国。名を馳せる海賊。在ったはずの魔法は誰も知らず、しかし食べれば何かしらの能力を得られる不思議な実。自分の知らない世界。仕組みは不明だが"ここ"へ来た理由はわかっている。その話は割愛。とにかくは生まれた世界とは違うところでとある海賊に拾われた。それは数多くいる海の猛者たちの中でも一際強く、名の通っている女海賊だった。彼女は世界中のあらゆる種族が差別されることのない理想郷を建国しようと結婚・出産・離婚を繰り返したくさんの子を得ているのだが、なぜか(ここには存在しないはずの)ファナリスのことを知っており一人彷徨うを見つけた際はひどく喜んだ。ただ当時11歳でそもそも女であったと結婚というわけにはいかず彼女が率いる海賊団に加入させるということで落ち着き今に至る。迎え入れられたときに告げられた「時がくればお前をおれの娘にする」という言葉は5年経ってもの耳に残っていた。
「、今日のお菓子は何がいい?」
「…ガレットと同じなら何でも」
「フフ、いつもそうじゃない」
この世界での主となったビッグ・マムことシャーロット・リンリンが女王として君臨する万国へ来てから、疑似的ではあるが家族と言うものに囲まれて生活している。身寄りがなく物心ついた頃には奴隷として貴族のもとにいた彼女にとっては初めての温もりだった。"ただの一船員"であるだが年齢のこともありシャーロット家の兄姉は本当の妹のように良くしてくれているし弟妹は姉と呼んで慕ってくれている。同じ年である双子、とくにガレットは初めて会った時から手を引いて色んな所へ連れて行ってくれたりとが一人にならないようにしてくれていた。この家はビッグ・マムを筆頭に甘いものが好きな者が多く、おやつの時間を大切にしている。今日は何にしようかと真剣に悩んでいるガレットの様子が微笑ましく、は頬を緩めた。
一回り以上年の離れた兄姉達は皆優しいのだがその中でもアマンド、スムージー、ブリュレは忙しいだろうに時間を見つけてはお茶や買い物に誘ってくれるのだ。アマンドのナッツ島で作られたピーナッツがふんだんに使われたフロランタンを共にティータイムを楽しむ午後の一時。
「はお菓子作りをしないのか?」
座っていてもずいぶん高い位置にあるスムージーの顔を見上げる。
「繊細な作業は向いてないと思う」
「そんなことはないと思うが…小さな妹達と器用に遊んでるじゃないか」
「……それとはまた違うんじゃ」
「やってみればいいじゃない 食べてみたいわ、のお菓子」
煙を吐き出しながらスムージーに同調するアマンドに口を噤んだ。お菓子作りに秀でた者達で溢れる万国で何故あえて不慣れな己の作るお菓子を食べたいと思うのかは全く分からないが、彼女達のリクエストであれば聞きたいとは思う。しかしお菓子は料理の中でも時間や分量など気をつけねばならないことが多いのではないだろうか。上手く作れる自信は皆無である。どう答えたものかと考えていると部屋の鏡からブリュレが姿を現した。
「ここにいたのね」
「ブリュレ様」
「あらどうしたの、何かあった?」
「ウィッウィッ アマンドお姉ちゃん達と同じよ」
の隣に腰掛け何の話をしていたのかと尋ねるブリュレにスムージーが先ほどの会話を繰り返す。
「アタシも食べてみたいわ!」
「ブリュレ様まで…」
「なら一緒に作るのはどう?それならいいでしょ?」
「一緒…それなら、うん」
「フフ、楽しみにしてるぞ」
「ウィッウィッ カタクリお兄ちゃんにも食べさせてあげなくちゃ」
「そうだな!」
突然出てきたカタクリの名に首を傾げるもスムージー、ブリュレは二人で盛り上がってしまっているのでアマンドの方を見たが視線に気づいた彼女は目を細めて頷くだけ。カタクリといえばシャーロット家の次男で猛者ぞろいのビッグ・マム海賊団でも最強クラスの一人。そのストイックさや家族に向けられる優しさに憧れ慕う者が多い。彼もまたに良くしてくれるのだが、他の兄姉と違って少し距離を感じていた。どこがどう違うのかを言葉にするのは難しいけれど。血が繋がっていない、というか実際養子になったわけでもないのだから当然と言えばそうだ。やはり実の弟妹達に対するのと同じようにはいかないのだろう。そんなカタクリに手作りのお菓子を渡しても喜んでもらえるとは思えないのだが、楽しそうにしているブリュレ達に水を差すようなことは言えなかった。
数日後ブリュレ、パティシエに手伝ってもらいながら何とか完成させた初のお菓子作り。パティシエの手を借りているのだから一応は上手くできたが何故ドーナッツなのだろうか。ドーナッツはカタクリの大好物であり、相当舌も肥えているはずだから別のものが良いと言ったがブリュレに一蹴されドーナッツで押し切られた。完成直後、どこで話を聞きつけたのかやってきたペロスペローは自分が最初に食べたいと言うので差し出す。
「んん…美味しい!とっても美味しいよ、ペロリン♪」
「本当に?」
「ああ本当だとも!」
「これなら安心してカタクリお兄ちゃんに渡せるわね!」
「カタクリに?それはいい 喜ぶだろうぜ、ペロリン♪」
ちょうどカタクリもホールケーキ城に来ているとご機嫌なペロスペローに背中を押され、広い廊下を歩いていると後ろから声を掛けられた。
「」
「カタクリ様……あ、これ」
「お前が作ったのか、よく出来ているな」
先を読んだのかすでに話を聞いていたのかが説明するより早く、スムージーよりも大きい彼はドーナッツを受け取りやすいように片膝をついて手を伸ばしてくる。一般的なドーナッツの何倍ものサイズで作りはしたがそれでも彼らが持てば小さく見えるそれをあっという間に食べてしまったカタクリは「美味かった」と静かに呟いた。
「良かった… じゃあ、ガレット達にも渡してくるので」
「あァ……」
頷いたものの何か言いたげにしているような雰囲気を感じてしばらく無言で見つめ合う。これは別に今日に限ったことではなく、別れ際はいつもこうだ。手持ち無沙汰に口元を覆うファーへ手をやり数秒、何を言うでもなく去って行くカタクリを見送るのがもはやお決まりになっていた。自分と話すのが気まずいのだろうかとは思っているのだがブリュレ曰くそれはないらしい。
一度お菓子作りをしてから、色んな人が顔を合わすたびにまた食べたいと嬉しい言葉をかけてくれるので定期的に作るようになった。そうするとビッグ・マムの耳にも当然入り、作ってくるように言われたはこれは流石に気合を入れて作らねばならないと良質な材料を集め色んな種類のドーナッツを彼女の部屋へ運ぶ。現在お腹に新たな命を宿しているからか、そもそもの食欲か。ぱくぱくと食べ進める彼女の気分は良好だ。ぺろりと全て平らげ満足気にお腹を撫でる姿を眺めていると一息吐いたビッグ・マムがを見下ろす。
「美味かったよ 量は足りねェが」
「もっといっぱい作れるように頑張ります」
「ハ~ハハハ!ママママ…お前は素直でイイ子だねェ」
5年だ。口角を上げた彼女から突然切り出された話に己がここへ来てからの年数だろうとすぐ理解した。
「5年前のことを覚えてるかい」
「はい 忘れるはずがありません」
「お前もそろそろ16くらいだろう… 時がくれば、とそう言ったな?」
その言葉を一度も忘れたことはない。意味はあまり解っていなかったが。それが伝わったのかビッグ・マムは改めて自身の夢について語りだす。あらゆる種族が生きる理想郷のことだ。あの時を養子にしていたとして、それからが自分が決めた相手と結婚したとして。そこにビッグ・マムとの血のつながりはない。それでも悪くはなかったが子供達から提案があった。良い年の頃になったら息子の中の誰かと結婚させればいいと。そしてその相手は当時から決まっている。
「、カタクリと結婚しな」
「……え?」
それからは早かった。珍しくきょとん顔で固まるを余所にホーミーズ達が大はしゃぎ、たくさんの息子娘達も「やっとこの時がきたか」と諸手を挙げて喜び。ファナリスというこの世界では一等珍しい種族とやっと血縁を結べるビッグ・マムは大層ご機嫌で早くも一家最強の男と戦闘民族の間に生まれる子に期待している。二人の結婚式はこれまでにない程派手に行われることとなるのだ。