大好き




突然現れた気配に真っ先に反応したのはゾロだった。次の島に着くまでの間、食事以外は各々好きに過ごす麦わらの一味だがゾロの居場所は大体決まっている。甲板で昼寝をしているかトレーニングルームにいるかだ。この時も例に漏れず甲板の芝生で昼寝をしたのだが仲間のものではない、突如感じた気配に瞬時に態勢を整え視線を向けると少し離れたところに3人の、恐らく子供と思われる体格の人間が倒れていた。刀に手を当て様子を窺がっていたが動く気配はなくどうやら意識がないのだと判断する。近くにいたウソップやロビン、ブルック達も跳び起きたゾロから異変を察知しその視線の先に目をやり、見知らぬ人の姿にウソップが「誰だ!?」と驚きの声を上げた。



「いつの間に!?」
「恐らく今だ」
「……子どもみたいね、誰か心当たりは?」



少し近寄り確認するロビンにウソップが気を付けるように注意しているが、まだ起きる気配のない3人に自らも恐る恐ると近寄る。ブルックもそれに倣い顔を覗き込んでみたがまったく見覚えがなかった。侵入者ということで良いのでしょうか、とブルックは首を傾げたが当人達が気を失っているのでこれ以上の判断はできず、とりあえずこの船の優秀な船医を呼ぶことにした。



「……うん、特に怪我もしてないし気を失ってるだけだな!」
「突然現れたんだろ~?不思議人間か?」



チョッパーが診察している間に一味全員が甲板に集まり、いつ起きても対処できるようにほんの少し距離を取って見守っている。その中でもは、倒れる彼ら、正確にはそのうちの唯一女の子であるらしい赤髪の少女を特に観察していた。その少女は似ていたのだ、髪の色や特徴的な目元などが自身の出自である民族に。

彼らが目を覚ますのはそれから少ししてのことだった。一味の視線を受けながら意識を取り戻した3人は彼ら自身もなぜ麦わらの一味の船に乗っているのか理解しておらず混乱した様子だったが今はダイニングでサンジお手製の料理を食べながら状況の整理をしている。曰くダンジョンの攻略中でそこには船などなかったがその試練の内の一つかもしれないと。一味としては迷宮攻略と言われてもはて?というところだがアリババ、アラジン、モルジアナと名乗った少年少女が嘘をついているようにも見えず、一先ず警戒は解いていた。



おねえさんはモルさんとよく似ているね!」
「………」
「……彼女が、ファナリスなら」
「! はい、そうです」
「へえ~ってことはここは迷宮の外で、俺達は違う場所に飛ばされたってことか!?」



やはり、モルジアナという少女はと同じ民族であるらしい。も10年以上前にフーシャ村にやってきたのだが、自身が元いた世界と違うところにいるのだということはすでに理解している。元の世界にはアリババ達が言う迷宮というものがあったし、魔法という力が存在していた。そしてファナリスと呼ばれる戦闘民族も。突然サニー号の甲板へ来てしまったということは己とはまた違う原因があるのだろうか、彼らがここに来た方法は不明だが迷宮攻略中だったのであれば魔法によるものという可能性が一番考えられる。魔法が使えない己では力になる事はできないし、余計な口出しをしてさらに混乱を招いてはいけないとは口を閉ざした。アリババ達も麦わらの一味も、麦わらの一味に関しては特に、考えても分からないことだしお互い悪い奴ではないと認識し合えたところで次の島まで送り届けるということで一旦この話は終わりだとルフィが決断を下す。それからは各々聞きたいこと、気になることを好きに話した。その中で、モルジアナはじっとを見つめていた。強い視線を送り続けてくる少女にも見つめ返したがどちらも黙ったままで異様な空気が流れているのを、さらにロビンが見守っている。あまりの熱烈な視線にが居心地の悪さをおぼえた頃、アラジンが軽い足取りでそばへ駆け寄ってきた。



おねえさん、お話ししよう!」



モルさんも、ね!と彼女の手を取りにこやかに微笑んでいる少年に、は小さく頷く。少年が言うにモルジアナは同じファナリスであると仲良くしたいと思っていると。自身、同じ民族の出の者に会ったのは初めてなので少女に対して思うところはあった。



「……よろしく、モルジアナ、アラジン」
「うん、よろしくおねえさん」
「はい…さんは、いつからこの船に?」



おねえさんとっても綺麗だね」と可愛らしい顔を少し崩してデレデレと身を寄せてくるのでその小さな頭を見下ろしながら次々投げられるモルジアナの質問に、自身がこの世界に来た時の核心には触れないように少し気を配りつつ答えていく。アラジンが言った通りよく似ていると思ったが、モルジアナは己より表情や感情表現が豊かで、最初のイメージよりよく話した。妹がいたら、彼女のような感じだったのだろうか。彼女も、先程から抱きついて頬を摺り寄せているこのアラジンも、あまり子どもと触れ合うことのないにとってこんな風に近い距離でにこやかに話してくれるのを見ていると微笑ましくついこちらも気を許してしまう。



「あっアラジン!?羨っ…何してんだ!?」
「あっおねえさ~ん」



質問攻めが終わり世間話に花を咲かせて少し、男性陣と話していたアリババがすっ飛んできてアラジンを引き剥がした。まだこちらに手を伸ばしているアラジンを押さえ頭を下げる彼に、気にしていないしむしろ仲良くしてくれて嬉しいと伝えると3人揃って一瞬固まり、頬を染めてはにかむ。そしてその後ろで、アリババに続いて怒れる表情でこちらに向かってきていたサンジがすっ転んだ。まさか船内の、何もないところでサンジが転ぶなど予想もしていなかったため少し驚いて声を掛けたら己の名を呟きながら震えているではないか。



「……サンジ、大丈夫?」
「な、なん、ちゃん…!?」
「…うん?」
「お、おれですらそんなにみれない可愛い顔を…!?!?」



そのまま言葉にならない何かを発しながら蹲るサンジにどうしたものかと周りを見回すとゾロやウソップたちまで驚いた顔で固まっていた。最近ようやっとの表情を読み取れるようになり、自身も慣れてきて分かりやすくなっているとはいえ、出会ったばかりの少年少女が見てすぐに分かるほど緩い顔で笑うなんて思いもよらずさすがのルフィですら驚いている。それは、自分たちだけの特権なんだと無意識に思っていたのでが笑ってくれることへの嬉しさと、何とも言えない複雑な感情が一味の心を埋め尽くした。様子がおかしい一味に戸惑うをロビンが呼びファナリスについて聞いてきたのでサンジたちのことを気にしながらも改めて詳しく話す。それにつられまた各々話を始めたのにアリババの他のファナリスに会いたくないか、シンドリアにもファナリスがいるという言葉に再び少し空気がピリついた。



「………気にならないって言ったら嘘になるけれど」



そう返すにルフィが何かを言いかけた瞬間、アラジン達3人の身体が光に包まれる。それぞれが武器に手をかけたり戦闘態勢に入る中、透けていく自分達の手を見て3人は恐らく帰れるのだと判断し、麦わらの一味に食事などのお礼の言葉を述べていき、アラジンがに手を差し出した。



おねえさん、一緒に行こうよ!」
「そっそうだ、さんも!」



2人に続いてモルジアナもコクコクと力強く頷いている。がこの船に乗っている理由を少し濁して伝えたにも関わらずここが自分達がいた世界とは違うことを本能的に感じ取っているのか、共に帰ろうと誘ってくれる彼らに自然と口角が上がった。



「ありがとう、アラジン、アリババ、…モルジアナ」

光が消えてしまえばいつものサニー号。しかし一味は皆口を閉ざしていた。アラジン達の誘いに、結局が礼を言ったところで消えてしまったので肝心の答えが聞けていないのだ。もちろんそんなわけはないと、普段のの一味を大事に想ってくれている姿を見ていれば分かるのだが。出会ったばかりの、たったの数刻しか話していない少年少女に気を許していた様子と、初めて同郷の者に会ったという事実に一抹の不安は過ぎってしまうというもので。彼らが消えたあとをじっと見つめている背中が余計にそれを煽る。



「い、いやーしかし不思議なこともあるもんだな!?」
「そっそうね、これも"偉大なる航路"の、」




ウソップとナミが沈黙を破りいつものように話し始めたところでルフィの決して大きくはないのに妙に力のある声が響いた。名を呼ばれゆっくり振り返るに一味の視線が集まる。それを受けまっすぐルフィを見つめ、それからひとりひとりと目を合わせて言葉を紡いでいくの表情は満ち足りていた。



「私は、ゾロが世界一の大剣豪になって、ナミが世界地図を作って、サンジがオールブルーを見つけて、ウソップが勇敢な海の戦士になって、チョッパーがなんでも治せるお医者さんになって、ロビンが真の歴史を知り、フランキーが作ったこの船で世界を周って、ブルックがラブーンと再会するのを全部そばで見ていたい



ルフィが海賊王になるのをこの目で見るよ」



故郷に未練はないと微笑むにルフィは腕を組んでフンッと鼻息荒く頷く。



「んん!なら良い!」



とルフィのやり取りに一味もやっと安心して胸を撫で下ろし、さっきの不思議な出来事をこの長い冒険の中で起こった一つの思い出にとさっそく笑い話にしていた。なんだか様子がおかしかったのももう戻ったんだなともほっと息を吐く。そしてとことこと自分の元へやってきたチョッパーの「がいなくなるかと思ったんだ、おれそんなの絶対イヤだからなっ」という言葉で皆そんな風に心配してくれていたのかと理解し、チョッパーを抱き上げた。そんなことあるはずないのに。ルフィを始め、麦わらの一味は自分にとって他の何にも代えられない宝なのだ。本当に珍しく「ふふ」と声を出して笑うに全員が驚いて振り返った。



「……みんな、大好き」



それこそ一味にしか見せないとろけた笑顔に、サンジは奇声を上げて倒れたし、ゾロやウソップ、ブルックはここまでのは初めてだと驚き、ロビンは微笑み返し、ナミは黄色い声を上げながらその身体に飛びついて、チョッパーとフランキーに至っては号泣している。ルフィは「にしし!」と太陽に負けないくらい輝く満面の笑みを見せ大きく息を吸い込んだ。



「おれも好きだ!!!」