相澤くんがきた!




「つーわけで今日一日コレだ ドゥーユーアンダァスタンッ!?」



耳の後ろに手をあてレスポンスを求めるプレゼント・マイクにA組一同は固まった。シーンとなる教室にマイクの声だけが響く中、視線を集めている一人の男子生徒は居心地悪そうに片腕を擦る。この男子生徒こそ先程"コレ"扱いを受けた、本来教壇に立ちホームルームをしているはずの相澤消太その人だった。当然面影はあるので間違いなく自分たちの担任であることを疑いはしないのだが彼のトレードマークのような髭やロングヘアがなく、変わらない年頃で雄英の制服を纏って目線を合わせようとしない姿に戸惑いは隠せない。マイク曰く昨夜敵討伐に向かった際個性事故に遭い高校時代に戻ってしまったのだとか。はいつも自分がやらかす側であったので初めて報告を受ける側になり新鮮な気持ちになった。己の席の隣に増えている机と椅子に転校生でも来るのかと思っていたがまさか相澤のためのものだったとは思わず、しかしまたとない機会に尻尾とともに手をピンッと伸ばす。



「はい!ここ空いてます!」
「イエエエアアアアッ待ってたぜユキヒョウガールッ」



キラキラと瞳を輝かせ自身を見る少女に、相澤は小さくため息をこぼした。

至って冷静に見えるが相澤は内心混乱していた。登校した記憶がないのに気付けば雄英にいて、同級生によく似た男が「お前はプロヒーロー且つ雄英で教師をしているが今個性事故により一時的に高校生に戻っている」という話をしてきて、それだけではとても信用ならなかったが先輩に似た人たちや校長の言葉、そして現在の日付にネットニュースなどから得た情報、己と思われる男が雄英で教鞭をとっているという証拠を見せられ納得はできないが一先ず受け入れたのだ。とはいえ今の自分が教師、ヒーローとしての仕事をこなせるわけもなく。一日で戻れるということだったので、せっかくの機会だから受けもっている生徒たちと過ごしてみるといいと校長に見送られA組の教室へ来たのだった。



「先生こちらへどうぞ!」



にこにこと隣の席の椅子を引いて待っている女子生徒の、ふわふわの耳と大きく揺れる尻尾を見つめる。スゴイのがいるな、と。他の生徒たちも最初こそこの事態に戸惑っている様子だったがもう通常通り(と思われる)空気に戻っていた。それにしても。



「先生はちょっと……」
「あっそうですよね!?」



「なんとお呼びすれば…」とふわふわ生徒とその前に座っているポニーテールの生徒に言われ、たった一日の事であるし別に呼んでくれなくても良いと思ったのだがそれをストレートに口に出すには、目の前のふわふわ相手では少し憚られた。



「……別に、普通に相澤でいい」
「あ、相澤…くん……」



うん、と頷いたが。少し言いづらそうに、頬を染めてもじもじと告げられた己の名字に、何とも言えない感覚に襲われる。別に普通のことなはずなのだが、記憶にない経験が彼女たちに「先生」以外で呼ばれることに違和感を覚えさせるのだろうか。と名乗ったそのふわふわは「今日一日よろしくお願いします!」と満面の笑みをみせていたのだが、本当にしっかり一日自分のそばから離れないとはこの時思いもしなかった。

教科書など手元にないので隣に座っているふわふわ改めという女子生徒に見せてもらい、己の同級生で現在は英語の教師をしているマイクの授業を受けるのはとても不思議な感覚であった。自身もああして前に立ちこのクラスの生徒たちを相手にしているのか。今の自分からはあまり想像ができない。



「相澤さん、何かご不便なことはございませんか?」
「何でも言ってくださいね!」



もそうだが、委員長だというポニーテールの女子生徒、八百万も随分とこちらを気にかけてくれている。2人に限らずA組の生徒たち皆何かと声をかけてくれるのだが。おかげで自分と彼らの仲が悪いものではないのだというのを理解させられた。まあ単純にさすが"雄英生"ということもあるのだろう。とは言え。



「相澤くんペンどうぞ!」
「相澤くん次移動ですよ~!」
「相澤くんお手洗いは大丈夫ですか?」
「相澤くんお昼はどうします!?」



相澤くんがゲシュタルト崩壊を起こしている。この、もしや自分を子どもか何かと勘違いしているのでは?と思うほどの構いようであった。お手洗いは聞かれなくとも行きたきゃ行くし、少なくとも歳の近い異性に頼ることではない。彼女にとって"相澤"はどういう存在なのか気になるところである。「オイラは行きたいです!」と叫んでいる変なのは論外なのだがまさかアレと同じ類と思われているんじゃないだろうな。相澤少年は頭が痛くなった。痛くなったが「お昼ご飯は……」と純粋な瞳に期待を滲ませ見つめてくるアイスブルーを見返すこと数秒。食堂、と答えた。視界の端で揺れ動くふさふさの立派な尻尾に負けたわけではない。



「わあ!じゃあ一緒に行きましょう~!」



ぴーんと伸びるふさふさの立派な尻尾に負けたわけではない。

「相澤くん何食べますか~!」
「……別に何でも」



何でもいいが、移動教室の時もそうだったのだが何故己の手を掴むのだろう。繋がれたままの手に視線を落とし、メニュー選びよりそちらに思考が奪われる。同じものでいいか聞かれた気がしてぼんやり返事をすれば気付いた時には受け取りカウンターまで進んでおりトレーを持つため離れていったぬくもりに何となく名残惜しさを感じ、そんな己に内心首を傾げつつ続けて出てきたトレーを受け取りふわふわの後ろを追った。



「からあげ好きなんです!」
「……へえ」
「あと先生いつもゼリー飲料で済ませちゃうからここぞとばかりに、…あ!」
「……ああ、うん」



無意識に"相澤先生"として接していたことに気付き申し訳なさそうに謝るに気にしなくていいと返す。ぺたん、と耳を寝かせる姿を見て文句など言えるワケがないだろう。いや別に端から咎める気などないが。「つい先生って出ちゃいますね」と照れたように笑って頭を掻き、気を取り直してから揚げをもぐもぐと頬張るを横目で確認し自分も食事を再開した。ロクに食べない担任として心配をかけているのだろうか、"ここぞとばかりに"から揚げを食べさせたくなる程度には。どんな教師だ。食堂を利用する大勢の生徒たちの賑やかな声でいっぱいの中、2人で並んで黙々と食事をしているのは割と珍しいだろうが不思議と気まずくはなかった。それから少しして他のA組生徒たちも前の席や近くに来て楽し気に話しながら各々昼食をとっていて、も話しに入ったりにこにこと相槌を打っていたがぼんやりと空になった皿を眺めている自分に気付いたのかはたまた本人のタイミングか、教室に戻ろうと声をかけてきたので頷きトレーを返却して来た道を戻る。何故かまた手を掴まれ、逡巡したが途中人気がなくなった時に口を開いた。



「オイ、」
「はい?」
「……さっきからコレ、」
「これ?」
「……手、掴むのは」



何だ、と聞く前にパッと離され慌てて「ごめんなさい!!」と謝られる。わたわたと手を動かしハンズアップの形で止まったの頬は赤く染まっていて、本人も無意識だったのだろうということが感じ取られた。



「せ、セクハラですよね!」
「セ、は?いや……」



なんでそうなる。別に不快だったわけではない。ただ気になったというか、やはり子どもを相手にしているかのように思われているのか確かめようとしただけなのだが。もう勝手に触らないように気を付けると言って自身の立派な尻尾を前にして抱えるように持つはそうすることで手の動きを制御しているようだ。やはり少し名残惜しく思っている自分に、聞かない方が良かったかなどと思っている自分に、何とも言えない感覚が深まった。

それからは移動などで手を掴まれることがなくなったのだがこれを残念に思うのなら自分は手を繋ぎたかったということになる。授業が終わり寮への道を歩いている今も横で尻尾を抱えるようにしているにそうまでしないと律せないことなのか、つまりそれほど、無意識に行動してしまうほど彼女も自分と手を繋ぎたいと思っているのか、疑問で頭が埋め尽くされた。相澤と、というよりかは相手に限らず手を繋いで移動するタイプなのかもしれないが。女子同士ではそれなりに見かける光景ではあるが、は男子とも手を繋ぐのか。何だかそのことばかりに気を取られてしまっている。そのせいか抱えられている尻尾につい視線をやっていたようで持ち主から気になるのかと聞かれた。



「まァ……」
「良かったらどうぞ!」
「いいのか、」



「セクハラのお詫び、なんちゃって!」と笑いながらこちらに尻尾を向けてくれるに、あれは別にセクハラを訴えようとしたわけではないことを伝えてふわふわにそっと触れる。想像以上にふっさふさだった。スゴイなこれは。



「相澤くんコーヒーでいいですか?」
「……ああ、うん」
「淹れてくるのでソファで待っててくださ~い!」
「……ああ、うん」



無心になってふわふわを触っていたらしく気付けば寮の共有スペースに案内されておりソファに座るように促される。「尻尾一度預かりますね~」と誰が持ち主か分からない言葉を残してキッチンへ消えたは数分で戻ってきてテーブルに2人分のカップを置き、隣に腰を下ろしてまた前に尻尾を出してくれた。一連の流れを見ていた麗日が「相澤先生めっちゃ尻尾好きやん……」と小さな声で零し、はっと口を押える。本人も口に出すつもりではなかったらしい。しかしまあ客観的に見ても自分が今女子生徒の身体の一部を遠慮なく触らせてもらっている状況は口出ししたくなるだろうなと思う。分かっていても渡されると受け取ってしまうのがふわふわのこわいところだ。



「お気持ちはよくわかりますわ……」
「尻尾、落ち着きますよねえ~」



のほほんとカップの中身を啜りながら「私も小さいときよく尻尾くわえてました~」と笑っている当人が何も気にしていないようなのも相俟って余計に触り続けてしまう。尻尾の持ち主より物言いたげな顔でこちらを見ている八百万の方が正しい反応な気がするのだが、彼女もこのふわふわに心奪われた一人なのだろうか。

夜ご飯をすませたところでマイクが部屋に案内すると迎えに来たのでとりあえずその場にいた面々には一日の詫びと礼の言葉を述べ、特にには個別に挨拶をしておいた。自分の部屋だという場所で一人、ベッドに寝転がり今日のことを思い返す。いつもの一日が始まると思っていたのに本当は大人で教師をしていると言われだいぶ混乱していたがが、他の生徒たちが共に過ごしてくれたおかげなのだろう、思っていたほど不安は続かずそう悪くない時間を過ごせた。そしてそれでも疲労はあったのか、気付けば眠りに落ちており朝へ。



「戻ってんなイレイザー!」
「……朝からうるせぇ」



個性が解け元に戻り一昨日までと変わらぬ一日が始まる。校舎へ向かう途中背中に強い衝撃を受け、かけられた声に昨日のことについて改めて謝罪をすれば自分よりユキヒョウガールに礼を言っておけと返ってきた。良かったのだろうか、高校生に戻っていた時間の記憶はしっかり残っているので言われずともにも後ほど話すつもりではいたが忘れておきたい部分も正直ある。職員室に入るところで名前を呼ばれ振り返れば件のが手を振っていた。



「相澤、先生!おはようございます!」
「ああおはよう、昨日は世話をかけたな」
「とんでもないです!戻れてよかったですね!」



「高校生の相澤先生に会えたのは嬉しかったです」とにこにこしているを見ているとあのふわふわの感覚も思い出すのだがこれは抑えなければならない。じっと見つめられ首を傾げるに何でもないと返し一瞬の間、これくらいはいつものことだろう、とその丸い頭にぽんと手を乗せ「また後でな」と教室へ行くように促した。