一歩を踏み出す勇気
title by 確かに恋だった嫌われてるような気がする。少なくとも良くは思われてないんじゃないかな。そう、向かいのソファでいちご牛乳を飲んでいる銀ちゃんに言うと一瞬首を傾げたがすぐに何のことを指しているのか理解したようでニヤリと口角を上げた。その表情を数秒見つめ、そろそろと手元のコップに視線を下ろす。
「そんなことはねーんじゃねえの?」
そうかな。未だにやけているであろう様子とはうらはらに優しい声が耳に届いたが納得できずに無言で返した。
ジャンプを買ってくるようにと家を追い出されたのでそのまま夕飯の買い物もしておこうとスーパーに向かう。今日はジャンプの発売日ではないのだけど、銀ちゃんは「ジャンプ買ってこい」と言えば済むと思っている節がある。一応道中にあるコンビニと本屋はチェックしておいたがやっぱりなかった。一昨日読んでいたジャンプが今週号かどうかは確認していないけど多分まあ、大丈夫だろうな。私が沈んだ雰囲気でぼんやりしていたから気晴らしに行って来いってことだ。そのまま居られたら鬱陶しいってのも若干あると思うけど。今日は、この間受けた依頼の報酬もあるし久しぶりにお肉買えるかな。お肉コーナーに行ってみたら切り落としが安かったのでしゃぶしゃぶにすることにした。必要な材料を買ってスーパーを出たところで見知った姿が目に入りつい声を漏らしてしまう。相手もこちらに気付いて足を止めた。その僅かに強張る顔に、ああこれだよとここにはいない銀髪天パへ吐き捨てたくなる。
「…こんにちは」
「…ドーモ」
私にはいつも無に近い表情しか見せてくれない彼、真選組の沖田さんは私以外の前だと結構感情表現が豊かであると思う。近藤さんや土方さんはもちろん、銀ちゃんにも普通に話しているし神楽ちゃんとは遠慮のない言動でよく喧嘩をしているけどそれもある種コミュニケーションが取れている証なのではないかな。新八くんとはあまり話しているところを見かけはしないけどこんな、こんなカオはしていない。もう何度も会っているのに彼の方から私に声を掛けてくることなんて片手で数えれる程度だし、目が合えばこの無表情のような、でも少し強張ったような、そんなカオしか見せてくれない。そんなことはないんじゃないかなんて銀ちゃんは言ってくれたけど、やっぱり良くは思われてないんだよ。見回りですかと聞いてみれば一応小さく頷いてはくれるけど目線は合わず、こちらの手元の袋を見ているようだった。
「…」
「…」
奇妙な間がうまれる。他の人になら意味のない世間話も簡単に振れるのに、彼が相手では面倒に思われるんだろうなとか考えてしまって本当に当たり障りのなさそうな挨拶くらいしかできない。それでも私は、沖田さんの姿を見ていられるなら構わないけど彼はそうではないだろうに。仕事の続きを理由にさっさと去ってしまえばいいのに。どうして留まっているのかな。顔見知りである以上あんまり無下にもできないと気を使わせているのかもしれない。そう思ったら最後、自分がすごく邪魔をしているのではというのが頭を埋め尽くす。私がこの場を去るべきだったのだと無意味に荷物を持ち直して「お仕事お疲れ様です、それじゃあ」と声をかけようとしたら沖田さんの方が私の背後に目を向け先に口を開いた。
「旦那」
「おー」
沖田さんが呼んだ通り振り返ると銀ちゃんがゆっくりこちらへ向かってきている。もしかして迎えに来てくれたのだろうか。しかし私と沖田さん、それから買い物袋を見比べた彼はそばまで来たところで立ち止まるのかと思えば変わらぬ速度で横を歩いて行った。その背中に声を掛けるとひらりと片手を振る。
「悪ィな沖田くん、そいつ送ってやってくれや」
「え!?ちょっと銀ちゃん!?」
「銀さん野暮用があるから」とこちらを向くことなくどんどん小さくなるフワフワの頭をぽかんと見送った。そして沖田さんの方へ目をやると視線がかち合う。
「あ、えっと…銀ちゃんの言ったことは気にしないでください」
もう、銀ちゃんはしょうがないなあ。私一人で大丈夫ですから。そんな感情が伝わればいいなと苦笑いを浮かべて沖田さんに見回りの続きを促した。大体いつも一人で買い物してるんだから、本当に大丈夫なのだ。だからあなたも"だろうな"って行ってくれればいいのに。どうしてまだ目の前に立って私を見るの。面倒だけど、一目置いている銀ちゃんに頼まれたから仕方ないだなんて思われたくない。それが本音。
「……荷物」
「え、」
「貸しなせェ」
返事をする前に取られた買い物袋を視界の端に入れながら黙々と歩く。結局送ってもらっているのだけど果てしなく気まずい。沖田さんってこんなに無口なの?いや、銀ちゃんと歩いている時だって無言の間はいくらでもある。銀ちゃんや新八くん、神楽ちゃんなら気にならないのに。土方さんとか別の人でもここまで変に意識はしないだろうな。そこまで考えてふと思った。沖田さんのことばかり言っているけど、私だって他の人といるときはもう少し積極的に話しているしこの空気は彼だけのせいではない。自分の欲に正直になるならもう少しちゃんとお話したい。とりとめのない話を何てことないように。一瞬出そうになった勇気も、段々と見えてくる家の屋根を前にしぼんでいった。「もうここらへんで大丈夫です」と行く手を遮るように一歩前に出る。
「ここまで来たら前まで行きまさァ」
「でも、」
再び歩き出す彼の後を慌てて追いかけた。
「お仕事中なのに、本当にすみません」
「…別に」
「銀ちゃんも何で送ってなんて頼んだんですかね?大丈夫なのに」
「……」
「野暮用とか言ってもう…沖田さんの迷惑も考えないで」
野暮用って何なんでしょうね。急にぺらぺらとよく回る口はあとちょっとの道のりをいかに早く過ぎさせようかと焦っているみたいだ。心に伴い少し早足になっていた私は数歩で家の階段というところで隣にあるはずの気配がいつの間にか消えていたことに気付き後ろを振り返る。
「……さんは何でだと思いやす?」
「え…っと」
「旦那が頼んだこと」
疑問符を浮かべる私に対して読めない表情でこちらを見ている沖田さん。何でだと思うだなんて聞かれても、その答えは銀ちゃんにしか分からないじゃない。私にも、沖田さんにだって分かるはずない。そうでしょう?静かに距離を詰めてくる彼がなんだかいつもと違う気がして思わず二、三後退りしてしまった。
「…別に取って食いやしねェよ」
「あ、ごめんなさい、」
「旦那は知ってんでさァ」
「知ってるって」
何を。質問に答えず目を細めた沖田さんは私に荷物を持たせて来た道を戻る。数メートル進んだところで肩越しに振り返った彼は「またそのうち」と悪戯な笑みを零して軽く片手を上げ人波に消えていった。銀ちゃんは一体、何を知っているのだろう。