じーちゃんじゃねーわ




休日、日課のトレーニングを終わらせ、クールダウンをしたら夕飯の時間まで勉強なり何なりして過ごそうと寮までの道を歩く爆豪の視界の端に白い塊が映った。見慣れた、白銀の毛並みに浮かぶ淡く滲んだ斑点。のものだ。ユキヒョウの姿でリュックを背負ったまま芝生部分に倒れている、いや寝ているのか。見つけて数秒眺めていればその白い体が呼吸に合わせて静かに上下しているのが分かる。



「……ンで、こんなとこで寝とんだ」



寮からも校舎からもそれなりに離れているし人気の少ないところで、己のようにトレーニングやら何か目的がない限りはと考えたところでもトレーニングをしていて休んでいるところなのかもしれないと自己完結した。そういえば以前トレーニングについて聞かれたこともある。何にせよ、まだ寒くはないがこのままでは風邪をひくかもしれないし一応声をかけるかと近付いてみたのだが、穏やかに眠りについている姿を見れば起こしてしまうことに罪悪感のようなものをおぼえそうだ。



「…………」



口角がわずかに上がり柔らかく弧を描いている、この特徴的な口元がずるい。時折ぴくりとひくつく髭がまた。顔の近くにしゃがみ込んでしばらく眺めていたが、まあとりあえず己のクールダウンが終わるまでは良いかと思い至り少し距離を開けたところでルーティンを始めた。

様子を観察しながら柔軟など一通り済ませて顔近くに一旦腰を下ろし持っていた水を飲む。そよそよと吹く優しい風が心地良く、それに合わせて揺れる白銀もまたふわふわで気持ち良さそうだ。クラスの女子たち、特に八百万によく撫でさせては喜ばせているこの美しい毛並みはたしかに見る者を誘う。何となしに指を鼻先に近付けてみるとぴくりと髭が動いたがそれだけで。そのまま頬のあたりを指の背で触れるかどうかのラインでなぞっていく。変わらず反応がないのを確認してそっと額から上に向かって撫でると片方の耳が小さく動いた。



「……」
「……」



ぱっと手を離したところで薄く瞼が開かれアイスブルーが姿を現す。視線が宙を彷徨い、しぱしぱと数度瞬きをしたかと思うとゆっくり顔をあげこちらを向いたかと思えばのそ、と体ごと動かしあぐらをかいた己の太腿に頭を乗せた。突然の行動と、思わぬぬくもりに一瞬止まる思考。



「……おじいちゃ、」
「……」



いや、



「……じーちゃんじゃねーわ」



思わず心の声が漏れてしまったが。どうやらはそばにいるのが祖父と思って頭を乗せてきたのだろう。ツッコミが聞こえたのか否か尻尾を一度大きく振ってまた夢の世界へ旅立った彼女をやはり起こす気になれず、頭が乗っていない方の膝に肘をつき手に顎を置いて空いた手、先程ふわふわを撫でた手の置き場所にしばし悩み、まあ良いかとの頭にそっと下ろした。そうしてまたすやすやと眠っているのを眺めていたのだが、膝枕が祖父だと思っているは恐らく本来なら自身を撫でてくれるであろう感覚がないことに無意識に不満を感じたのか、乗せられている手に自らすりすりと擦り寄ってくるのでもふもふのご所望通り撫でてやると一度身動ぎをしてさらに身を寄せて大きく息を吐く。



「……ハ、」



寝ているのに撫でるように求め、ゴロゴロと喉が鳴るほど満足している様子に思わず笑みが零れた。まだ幼い頃、初めて見たこの白銀に心を奪われ焦がれ続けて10年余り。当時は二度と会えるとも思っていなかったユキヒョウに今こうして触れることすら叶っている。運命だなんだを信じる柄ではないが、これが所謂ところのそういうものなんじゃないか。にとっての運命も自分であればいいなんて。



「よく寝とンな」



そばにいるのは祖父ではないというのに。己は全幅の信頼を置ける相手ではない、と伝えたところでは否定するのだろうが。彼女はもう少し警戒というものをした方が良い。自分にも他の男にも。こうも簡単に触れさせるなんて、まさか他の奴相手にも無防備に寝顔晒しているのかと思うと舌打ちが出そうだ。そう考えていると知らないうちに思考に気を取られ手の動きが止まっていたようで、撫でる気配がなくなったことに気付いたもふもふがまた身動ぎを始めた。



「んぐぅ~」



唸り声にも聞こえる寝言、かなにかを発したは今度は手ではなく脇腹の方に頭をぐりぐりと押し付けてくるので盛大に寝惚けているなと手を浮かしてされるがままになっているとぐんと体を伸ばし顔が近づいてきて、反射的に仰け反れば待ってましたと言わんばかりのしかかってくるもふもふ。



「っ、オイ」



膝についていた手を咄嗟に地面につき倒れるのは防げたがおかげで中途半端なところで止まってしまった。乗っているもふもふの体にも無意識に手を回し支えたので自然と抱き寄せる形になっており今までにない密着度にどっと心臓が鳴る。こちらのことなどお構いなしに首元に頭を擦り寄せているのでまだ気付いていないのだろうし夢の世界にいるのかもしれないがさすがにこれは起きてもらわないとまずい、と声をかけた。



「……オイ、
「ぷぴ」
「ど、っから声出とンだそれ……」



はやく離そうと真剣に呼びかけているのに、想像と違う返事に面白くなってしまい身体が揺れてしまう。漏れる声にか揺れる布団代わりにかそのどちらもか、ようやく目覚めたは自分が爆豪にのしかかっていることを数秒かけて認識し、飛びのいた。



「ばくごうくん!?!?」
「……ハヨ」
「おっ、はよう、ございまする……」



「おそってた!?ごめんなさい!?」と舌足らずに謝るを襲われてないから気にするなと宥め、状況の説明をしてやる。



「せくはらだあ!?ごめんなさい…!」
「土下座ヤメロ」



全力で土下座をするもふもふを起こして「寮戻ンぞ」と促せば最後にもう一度謝罪の言葉と、それからお礼を述べた。礼を言われるようなことはしていないしセクハラ問題の話をするならこちらが訴えられそうなものだが。もふもふはご機嫌に隣を歩いているのでまあ良いか。聞けばリカバリーガールに呼び出され他学年や科の生徒たちの治療の手伝いをしていたら治癒の限界がきてユキヒョウの姿になり、寮に戻る途中日当たりが良く気持ち良さそうな場所を見つけ少し休んでいこうと寝転んだらあっという間に深い眠りについてしまったらしい。ぜひ警戒心は持ってほしいのでそこだけ注意しておいた。

「爆豪くん今日は本当にごめんね、ありがとう~」
「……おー」



気にするなと言ったのだが風呂上がりに共同スペースのソファで少し留まっていれば改めて声をかけてくるに軽く返す。それにより近くにいた数人が興味深げに見てきたが追い払うように手を振れば、お昼寝して寝過ごしそうだったところ起こしてもらったと簡潔に説明するに頷いて「なんだ~」「ラブじゃないのかよ~」と散っていく野次馬根性丸出し共にクソデカ舌打ちが出たが仕方なし。



「でも本当に似てたんだよ~」
「ア?」
「撫で方がおじいちゃんに~」



「すごく安心した!」と笑っているに鼻を鳴らす。じーちゃんじゃねーわ。