ネコにマタタビ




休日、自主トレを終えて寮に戻ってきたは己の名前を呼ばれてキョロキョロと辺りを見る。声の主を探しながらそういえば今の声はと視線を下げると壁から顔だけを出し手招きしている峰田の姿があった。やはり彼だったかと笑顔を浮かべ傍へと寄っていく。



「峰田くんどうしたの?」
「これやるよ!」
「わあっ」



視線を合わすようにしゃがんだの前に"これ"と言って差し出されたのはちょっとした花束だった。



「きれい~!もらっていいの?」
「オウ!のために用意したんだぜ!」



そんな峰田の言葉に礼を告げながら色とりどりの可愛い花たちに顔を寄せすう、と息を吸い込む。芳しい花の中に"あるモノ"の匂いが混じっていることに気付いた時には遅く、ぼんやりと花束を眺めるに峰田はほくそ笑んだ。

A組の中でも比較的落ち着いていて感情の起伏がなさそうにみえる障子と常闇だが、目の前の光景には驚愕を隠せない。といってもエレベーターに向かうまでの廊下で座り込んでいるは頬を赤くしてぼんやりしておりその腕の中で峰田が胸に顔を埋めているという状況に驚かない方が不思議である。当然2人も目を見開き一瞬固まったがすぐに駆け寄って抵抗する峰田を障子が拘束している間に常闇がの様子を伺った。



、大丈夫か」
「……とこやみくんだあ」
「……」
「常闇?」



「オイラのマシュマロォ!!」と騒ぐ口を塞ぎつつ再び硬直した常闇に声を掛ける。反応しない彼に首を傾げ障子もと目線を合わせるように腰を曲げるといつも以上に柔らかい、ふにゃふにゃとした笑顔がこちらを向いた。「しょーじくんもいる~」と赤ら顔に舌足らずな話し方。これは。えっ酔ってる?そう思わせられるような特徴にまさかと2人は顔を見合わせる。しかし当然ながら自分たちは未成年であるしもそういう規則を破るような子ではないと認識しているのだが。ではこの状態は何なのだ。上機嫌で笑顔を振りまいている彼女に、己たちだけでは判断ができず、とりあえず立ち上がらせて共同スペースへ連れていった。



「おっ珍しい組み合わせだな…って エ!?」
と常闇何で手つないでんの!?」
「エッそういう…!?」



ソファのところで集まっていた切島たちが目にした通り常闇はと手を繋いでいたのだが、これは立ち上がらせた際ごく自然に手を取られ振りほどくわけにもいかないのでそのまま一緒に歩いて来たのだと周囲に説明する。そうなった理由と思われるの様子のおかしさについても場にいる者に伝えてると皆そばに寄ってきて心配そうに彼女に声を掛けた。そして頬を紅潮させ満面の笑みを向けられた一同はそろって呻き声をあげ胸を押さえる。



「きりしまくん~」
「ウッ」
「いや可愛いけどまじでどうした
「かみなりくん~」
「ウッ」
「何やってんだよお前ら ここは瀬呂くんにまかせなさい」
「ふふ、せろくん頼もしい~」
「ヴッ」



いやほんとに何やってんだと内心ツッコミをいれながら障子は捕まえていた峰田を差し出した。ちなみにずっと口を塞がれたままであったので鼻息荒く額に怒りマークを浮かべている。峰田に原因があると踏んだ障子は事情を聞こうと思ったのだが口を開く前にが「あっ」と常闇の手を放して行った。



「おじろくん~!」
さん?」
「しっぽさわらせてえ~!」
「えっ!?」



返事も聞かず自身の尾に抱き着くクラスメイトに共同スペースへ下りてきた尾白は身を固くして周りを見回す。目が合った常闇たちから軽く説明を受け、なるほどとふわふわとした感触を尻尾伝いに感じながら頬を掻いた。正直のことは普段から可愛いと思うことがあるし役得と言えばそうなのだが。障子の腕の中で目を血走らせこちらを凝視している峰田や、この状況を見たら睨まれるであろう存在を考えると早く解放されたい気持ちもある。誰とは言わないが…睨まれるで済むかも不明だ。気を取り直した障子が峰田に"こう"なったワケを話すよう問い詰めると彼はすんなり白状した。



「マタタビ?」
「ヒョウにも効くっていうから試してみたくなったんだよォ!」
「何やってんだお前!」
「クソォ!もっと触らせろよォ!!」
「お前ほんとダメだぞマジで」



マタタビを紛れ込ませた花束を渡したと言うのを背中で聞きつつに尻尾を放すようにお願いする尾白。途端に瞳を潤ませ一層尻尾を引き寄せながら「だめなの…?」と悲しそうな表情を直視する破目になり壁か何かに頭を打ち付けたくなった。「だめじゃないです…」と弱弱しく答え頭を抱えていると甘い匂いが辺りに漂ってくるではないか。



「おっ!ちょうどよかった 皆ケーキ焼いたんだけどよ」
「砂藤!」
「ってン!?尾白!?お前…!」
「違う!これには訳が…」
「ケーキ!さとうくんのケーキ~!」
「おっ?おう 食うか?」
「たべる~!」



潤んだ瞳はどこへやら、パッと笑顔に戻ったはテーブルにケーキを置く砂藤の隣へあっという間に移動した。離れていく熱にほっとしたような、悲しいような。複雑な心境になる尾白少年だった。マタタビが原因である以上作用がなくなるのを待つしかないと結論を出した障子や切島たちもケーキを頂くべく再びソファのところへ集まる。


の好きなチョコケーキじゃん」
「良かったな!」
「うんっ」
「好きなだけ食っていいぞ」



お菓子を作るたび喜んで食べてくれるに砂藤も勿論悪い気はしないので頬を緩ませて切り分けたケーキを差し出すが受け取る気配がないので彼女の方を見ると、にこにこさんは口を開けて待っていた。



「えっこれ エッ」
サン食べさせて欲しい見たいヨ…」
「エッ」



動揺する砂藤に同じく動揺している上鳴が微妙に片言での行動の意味を代弁する。ただでさえぴったりといつになく近い距離に座っている事にドギマギしているというのに、これ以上はやめてくださいと願うも催促するようにふわふわの尻尾を絡められては砂藤に拒否する姿勢など取ることはできなかった。そしてこういう時のタイミングとは恐ろしいものである。恥を忍んでにケーキを食べさせる瞬間を、狙ったかのように芦戸・葉隠・耳郎・蛙吹・麗日に見られたのだ。こちらを指さして叫ぶ芦戸、葉隠と大きな瞳で見つめてくる蛙吹、麗日。極めつけに冷ややかな眼差しを送ってくる耳郎に砂藤の顔は青ざめた。



「……何やってんの?アンタらそんな仲良かったっけ?」



こういう時の耳郎は怖い。早々に事情を説明しの隣からマッハで離れると彼女の周りはすぐさま女子で囲まれ、原因となった峰田は耳郎のイヤホンジャックによる制裁が下されている。と言えば、先ほどまでは一応男子しかいない場であるのを遠慮していたのかは知れないが現在隣に座っている麗日には全力で抱き着いていた。ほっぺにキスまでしている様子に峰田が「百合ィ!いいぞもっとやれ!!」と大興奮して蛙吹の舌で思い切り叩かれる。



「ずるい!ちゃん私にも!」
「とーるちゃんのほっぺどこ~」
「ここ!」
「どこお?」
「私も私も!」



目の前で繰り広げられる女子たちのほっぺちゅー大会に男子陣は居心地の悪さを感じながらもつい見てしまう。視線に気づいたと切島の目がバチっと合った。ふにゃ、と本日何度目かの緩い笑顔を見せられ反射的に切島も返すと彼女がソファから立ち上がる。



「きりしまくんにもちゅ~」
「は!?」
って酔うとキス魔になるのね…」
「いやそれはさすがにマズイだろ!」
「だめ…?」
「ウッ」



ダメかダメじゃないかの話をするとダメじゃないに決まってるが、如何せん他の女子の目が怖すぎた。「切島ちゃん、だめよ」と変わらぬ表情で圧をかけてくる蛙吹に勿論心得ていると首を振る。が葉隠たちに止められている間にそろそろと距離を取る切島たち。その異様な光景に、何か飲もうかと下りてきた緑谷と飯田は疑問符を飛ばした。かくかくしかじか。事態を把握した緑谷はブレないなと地に伏している峰田を見ていると自分の名を呼ばれそちらを向く。



「みどりやくん…」
「ヒエッハイッ」



葉隠に押さえられるわ、男子陣は離れていくわでショックを受けていたの次なるターゲットは緑谷となった。切なげな声に思わず返事をすれば伸ばされる手。助けを求めるようにウルウルと赤い顔で見つめられては良心が疼くが近付けない。変な汗を流しながら飯田にどうにかしてもらおうと振り返るとそこには誰もいなかった。



「えっアレ!?飯田くん!?」
「みどりやくんもだめなの…」
「イヤあの!!」
ちゃん、私たちだけにしてちょうだい」
「なんでえ…仲良しの印なんだよ…」



眉をハの字にし段々と涙を溜めていく様に全員がぎょっと目を見開く。このままでは本当に泣いてしまう、とどうにか収める方法を考えようとしたところで自主トレを終えた爆豪が寮に戻ってきた。「そしてこのタイミングである」と上鳴が白目を剥くのを他所に、爆豪は泣きそうになっているとその周囲を確認して眉をぐっと寄せる。



「何やっとんだ」
「ばくごうくん~~~!」
「あっちゃん!」



葉隠の力が緩んだ隙に抜け出して爆豪に駆け寄るはその身体に抱き着いた。



「…………」
「みんなが…ひどいことするの…」
「言い方!!言い方!!」



抱き着いたまま上目遣いで爆豪に縋る。それにぴくっと一瞬片眉を跳ねあがらせた爆豪は物凄い顔で緑谷筆頭に一同を睨みつけた。今すぐにでも寮を爆破しかけそうな彼に皆慌てて訳を話す。自分を引き離す素振りをみせない爆豪に少し安心したは背中に回した腕にさらに力を込めてくっついた。とりあえずハイツアライアンス木端微塵事件を防いだ上鳴たちがほっと息を吐く中急に冷気を感じて何人かが震える。このひんやりした空気の出どころは、と視線を彷徨わせると轟、八百万が立っているではないか。今度は全員が白目を剥いた。に対してちょっと過保護な気のあるツートップがきちゃった、と。



「……これはどういう状況ですの…?」
、泣いてねえか」



冷気(物理)だった。



「すいません轟様氷しまってください」
「俺らのせいじゃないと言わせてください」



いい加減うんざりするほどである一件の説明を繰り返し、八百万の怒りを静める。峰田へのお仕置きは外せないが今はの方が心配なのであろう、爆豪に引っ付いている彼女のもとへ駆け寄った。自分を呼ぶ声に反応しこちらを向く涙に濡れたアイスブルーを見せられ八百万は胸を高鳴らせる。は今悲しんでいるのに!と己に喝を入れているとふわふわが飛び込んできた。



「ももちゃん~!」
さん…!すぐに駆け付けられず申し訳ありません…!」
「ふふ、大丈夫~ ももちゃんちゅー」
「ちゅっ…! …!?」



蛙吹が言った"私たちだけ"の意味を一応正確に捉えていたは爆豪にするのは我慢していたらしい、八百万に抱き着くや否やその頬に唇を寄せる。突然のことに顔を赤くして口元を覆った八百万を見守りながら蛙吹はにっこりと微笑んだ。



、もう涙止まったか?」
「とろろきくんも~!はぐ!」
「お」



名前を言えてないに周囲が和む中爆豪は目を吊り上げる。



「俺にもしてくれるのか?」
「ん?」
「さっきの」
「仲良しの印?してもいいの?」
「良いわけねーだろ舐めプ野郎ふざけんな!!」



再び爆破の危険が訪れ切島や上鳴が爆豪を押さえるのを横目で見てはの尻尾がだらんとさがった。「みんなと仲良しなのに…」と落ち込むを女子たちが宥める。が嫌でダメだと言ってる訳ではないと優しく教えてやっと納得したところで今度は暑くなってきたと轟から離れた彼女は服に手をかけ始めた。



「ウワー!?あかんあかん!!」
「それは本当にヤバいって!」
「いいぞ!脱げェ!!」
「ここで復活すんな!!」
「峰田のセンサーすげぇな!?」



轟に大きめの氷を出してもらい何とか服を脱ぐのは止められたがマタタビの効果とはどれほどでなくなるものか、とを落ち着かせたい一同が頭を悩ませているといつの間にかいなくなっていた飯田が大きな音を立て扉を開く。その後ろには物凄いオーラを纏った我らが担任、相澤が立っていた。飯田から事のあらましは聞いているようで真っ先に峰田を捕縛武器で拘束した相澤は他の生徒には特に何も言うことなく寮を後にしようとしたのだが、踵を返す前にが飛びついて来たのでそれは叶わず。中々の勢いでやってきたのを踏ん張って支える。



「せんせえ~!」
、離れろ」
「やだせんせーとあそぶの」



胸元で頭を擦り付けているはゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえてくる気がする程相澤に懐いていた。生徒たちの視線を感じながらため息を吐く。



「八百万」
「は、はい!」
「部屋に連れて行って寝かせろ」



だいぶ眠気がきてると八百万にを預けた相澤は峰田を連れて行った。それを見送った後言われた通り部屋に戻ろうとに声を掛けると「むう…」と口を尖らせきょろきょろと周りを見回す。探しものが見つかったのか不満気な顔を輝かせた彼女は無邪気な笑顔で両手を広げた。



「しょーじくん!だっこ!」
「……」
「ん"っ」
…恐ろしい子…!」



それで大人しく戻ってくれるのなら容易い、と障子はを抱えて八百万と共に彼女の部屋へ向かう。残された一同は一段落ついたと胸をなでおろしたのであった。

あれから数十分ほど、何人かがまだ共同スペースでくつろいでいると部屋に戻ればあっという間に眠ったと聞いていたがひょっこり顔を出す。



ちゃん起きたのね」
「おっ大丈夫か?」
「ごめんね…ご迷惑をおかけしました」
「いや悪くねえから!」



しっかり記憶が残っているらしいは先ほどとはまた違った意味で頬を染め、恥ずかしそうに視線を彷徨わせながら頭を下げた。皆原因は分かっているので笑顔で首を振り、おいでおいでとソファの方へ呼ぶ。



「身体に異常はありませんか?」
「うん大丈夫!ありがとうももちゃん!」
「それにしても甘えんぼなも可愛かったな~」
「恐縮です…」
「恐縮」
「つーかあれ、ヒョウにも効くんだな」
「子どもの頃にも酔ったことがあってね」



その時は家でのことだったし祖父を筆頭に身内しかいないところだったので他人に迷惑をかけることはなかったが、以降人の前でマタタビを嗅いではいけないと祖父たちから禁止令が出されたのだ。それを聞いて上鳴が首を傾げる。



「そんな酷い状態じゃなかったよな?」
「まあ…ちょっと焦ったけどな」
「う~ん、前はこんなもんじゃなかったんだよ」
「コンナモンジャナイ」
「それはそれでキニナル…」



近しい存在だからこそ超えられるラインがあるのだろうその姿を想像してちょっぴり見たくなった男子陣であった。

薔子さまへ!
この度は3周年お礼リクエスト企画に参加していただきましてありがとうございました!そして大変お待たせいたしまして申し訳ございません…!誤ってマタタビを嗅いでしまい、理性の効かない甘えたになってしまうIrbis主のお話というリクエストを頂いた瞬間から私が一番興奮しておりました…なんて素敵なシチュエーションなのだろう…と!書いていてとても楽しかったです~!がしかし薔子さまのご期待に添えているかは甚だ疑問でございます…そうじゃないんだよな~~~!思ってたのとちゃうな~~~!という出来上がりでしたら遠慮なくお申し付けください!!可能な限りのオールキャラ…ここが限界でした…どうして私は青山くんを書けないのか。今世紀最大の謎でございます。あと口田くんも。最後になりましたが、当サイトにいつも遊びに来てくださり本当にありがとうございます!これからも薔子さまや皆さまと拙いものではございますが小説を通して楽しい夢の時間を共有させていただければと思います。またお時間のあるときにでも遊びに来てくださいませ~!