「ああ」
今では2人の定番となっているざるそばを食べ終わり一息ついていたとき、轟が水族館のペアチケットを取り出した。彼の父は言わずと知れたプロヒーロー、エンデヴァーである。その存在感は強く、過去救われた人たちのお礼の品など様々な名目で贈り物が事務所や家に届けられることもしばしば。食べ物であれば家族や相棒たちで対応できるのだがたまに今回のようにどこかのペアチケットだったり招待券などを貰うことがあり、そういうものはエンデヴァーやヒーロー達にはなかなか時間が取れず結局使えないままに終わってしまうことが多いようだ。轟もこれまでならそれらに興味を持たなかったが姉から一応言っておく、と水族館のペアチケットがある旨を伝えられた時の顔が頭を過ぎり、彼女となら行ってもいいと思えた。
「興味ねえか?」
「えっ大好きだよ!行きたい!でもご家族の方とか、いいの?」
「ああ、家は皆行けそうにねえから」
「…じゃあお言葉に甘えて~!」
楽しみだと尻尾を揺らしているに目を細める。雄英は普通の学校に比べて休みが少ないので予定を合わせるのは少し大変かもしれないが早く行って、彼女の楽しんでる姿が見たいと思う轟だった。
そんなやり取りから然程日が経たず、2人は水族館の前に立っていた。基本的に休みの日は母の見舞いがあるだけで他の予定はいれない轟と違いは女子たちと遊んだりしているのではと予想していたのだがそうでもなかったのか轟との話を優先してくれたのか。思いのほか早く来ることができた。朝から電車に乗り、オープンに合わせて着いた初めての水族館。入口から爽やかな音楽と従業員の明るい声で迎えられる。自分の前に並んだが一足先に入館ゲートをくぐると感嘆の声を上げて小さく跳ねた。
「轟くん!みてみて~!」
「おお…すげえな」
初っ端から海底トンネルのような、魚たちが泳ぐ中を進んでいる感覚を味わえるアクアゲートを抜けてはすでに大興奮である。出会う魚たちひとつひとつに反応を見せるを見ているのも楽しいなと忙しなく動く尻尾を見ているとペンギンを眺めていたが振り返った。
「なんでペンギンさんって皆同じ方向いてるのかなあ」
「そういやそうだな」
目の前のたくさんのペンギンが揃って壁の方向を向いているのに「ちっちゃいときから不思議だったよ~」と笑っていたが、轟越しに次のエリアを見て顔を輝かせ少し足早に先へ進む。数歩前に出た彼女を追う轟の間を異形型の個性なのだろう随分大きな身体を持つ男が横切った。その一瞬の隙に他の来客たちに紛れての姿が見えなくなってしまう。さすがの休日、親子連れやカップル、学生の団体などで館内は溢れており様々な容姿のものたちがそれぞれに行動しているので前に行くにも一苦労である。見慣れたふわふわの耳を探しながら人の合間を縫っていけばちょうど向こうも探しているのだろう、キョロキョロと辺りを見回しているのが目に入った。
「」
「轟くんいた!よかった~!」
イルカを見つけて興奮し轟を呼ぼうと思って振り返りながら声をかけてみたら全く知らない人がいて驚いた、と恥ずかしそうに話すに口元を緩ませ、手を差しだす。
「ん?」
「はぐれちまったら大変だろ」
「おお!そうだね!」
ぎゅ、と握られた手を見て轟は満足げに頷いた。
「イルカ好きなのか?」
「好き~!一番好きなのはシャチだけど」
「へえ」
のことを良く知らない人からすれば意外だろう。彼女のイメージはそれこそイルカやペンギン、ラッコなどと可愛らしいものが好きそうと思われがちだ。実際それらも勿論好きだけれど、海の生物でいうならばは特にシャチやサメのようなかっこいいと表現されるものたちのほうがときめく。の好みを大体把握している轟は納得した。噂をすれば、大きな水槽で最大と言われているジンベエザメが悠々と泳いでいる。
「わあ……すごい、おおきいねえ」
ひらひらと美しく泳ぐエイや集まって泳ぐ小さな魚たち、雄大な光景に2人はしばらくその場に留まった。それからも順路通りに進んでいきクラゲのコーナーで癒され、ふれあいが体験できる場所で普段触ることのない生き物を肌で感じ、一通り見終わった頃ちょうどお腹がすいていたので館内にあるレストランに入る。注文しておくから席を取ってほしいと頼まれたのでは窓際の景色の良い席を見つけ待っていた。
「あっここって先払いだよね?いくらだっけ」
「いい、気にすんな」
「えっそうはいかないよ!チケットももらってるのに!」
「チケットは俺も貰いもんだ」
「そうだった…」
それでも、と食い下がるだったが轟も引かず、結局次はが出すということで落ち着かせる。水族館らしく器やちょっとした野菜が魚やヒトデなどのデザインを意識されており目でも楽しめる賑やかな食事をいただいた2人は続いてお土産を買いにこの水族館のスーベニアショップへ向かった。といってもは祖父たちへのお土産を見ているが轟の方は特に思いつかなかったので彼女の後ろをついて回っているだけだが。
「轟くんは買わないの?お母さまにとか」
「……ああ、そうだな」
そう言われてお菓子のコーナーを数秒眺めた彼は「選んでくれ」とに視線を戻した。たしかにこういうのを選ぶのは苦手そうだ、と思ったはとても重大な任を与えられたような真剣な表情で可愛くラッピングされているクッキーやチョコレートを見る。何が好きで何が嫌いかを聞いたのだがこれといって参考になる答えは返ってこずで、ううんと唸った。やはりクッキーが無難だろうか。クッキーだけでもいろいろあるのだが、プレゼントするものなのに自分の好きなものに目がいってしまう。ジンベエザメの柄がプリントされているクッキーを手に取りこれでいいか尋ねようと轟の方を向くと彼はまったく違うところへ視線を送っていた。
「どうしたの?いいのあった?」
「いや……あれお前みたいだな」
「んん?」
視線の先を辿るとふわふわのマスコットたちと目が合う。今彼は"お前みたい"と言ったか。首を傾げているとそのうちの一つを指さす轟。ホワイトタイガーだった。種類が豊富でここにいない動物たちもたくさんあるらしい。なるほどホワイトタイガーなら自分に近いなとそばまでいってみる。ストラップになっているそれは触り心地もよく何より可愛らしい顔をしているのでせっかくだし買おうかと呟くと轟も同意した。
「轟くんも買うの?」
「せっかく来たしな」
「わあやった! けど水族館らしくはない…ね?」
「他のも買うか?」
「いいの!?」
「これは俺が選んだから、次はの欲しいやつ」
「えっ」
買う流れに持って行ったのは自分だと思うのだがいいのだろうかとそわそわするを促す。
「欲しいものないのか?」
「えっ、あ…シャーペン買おうと思ってて…」
「シャーペンあっちだな」
文房具のコーナーへ迷いなく進んでいく轟の後ろを慌ててついていった。どれにするかと視線で聞いてくるので実はネットで前以って調べていたのだと目当ての物を探す。
「あった!これ!」
「お」
ノックカバーに海の生き物のフィギュアがついているシリーズのシャチ。これが欲しかったのだと目を輝かせるは2本取った。
「?」
「これは私からプレゼントさせて?」
「……じゃあ、頼む」
ならばさっきのストラップは俺が、と手を出す轟に首を振ってささっとレジへ向かう。何ならストラップだってがプレゼントしたいくらいなのだ。お会計を済ませ名残惜しいが出入口へ。水族館を背に記念撮影をして帰りの電車へ乗り並んで座った。シャーペンとジンベエザメのクッキーを受け取り、まだ興奮冷めやらぬ様子で水族館の感想を述べているの膝の上に袋を置く。きょとんと轟の顔と袋を交互に見る彼女に開けてみるようにいうと戸惑いながらもテープを取って中を覗いた。
「ぎゃっ、ギャングオルカだ~!?えっ!?なんで!?」
「土産屋にコーナーあったぞ」
「うそー!じゃなくて!え!?」
「今日付き合わせちまった礼に、受け取ってくれ」
「礼って、そんな、ええ…?」
だいぶと混乱しながらも腕にすっぽりと収まるサイズのギャングオルカぬいぐるみを抱きしめる。大好きな水族館に誘ってもらい、ご飯代だって支払ってもらっているのに。どう考えてもがお礼をする側だと思うのだがすごく優しい表情をしている轟を見てしまったら、受け取る以外の選択肢もなく。「轟くん…これはずるいよ~…!」と頬を染めてギャングオルカのお腹に顔を埋めた。
「ずるい、か?」
「ずるい…ありがとう…」
ずるいと言う彼女の尻尾はピン、とまっすぐ立っている。どうやらちゃんと喜んでくれているようで轟は安心した。それから寮に着き別れるまで、ストラップやぬいぐるみを眺めては嬉しそうに微笑むに、誘ってよかったと心から思うのだった。
休み明け、轟の鞄にふわふわマスコットのストラップがついているのを見つけた緑谷は目を瞬く。そういうキャラではないと認識していたのだが、意外と好きなのだろうか。いやしかし、と顎に手をあてる。何となく見たことのあるような。デジャヴというやつかと思うそばからすぐ近くで同じマスコットが揺れていた。デジャヴどころか!あれおそろいじゃないか!?前々から仲が良いなとは思っていたけどまさか、と授業の予習でもしているのだろうと轟を見比べる。そうして気付いた。うそだろ轟くん。緑谷は口元を覆う。そしてどうやら疑問を感じたのは緑谷だけではなかったらしい。切島と話していた上鳴があれ、と声をあげる。
「轟くん轟くん?」
「?」
「ずいぶん可愛いシャーペン使ってますね?」
「おっマジだ 轟もそういうの使うんだな」
「ああこれか」
「っていうかとおそろいですよね…?」
「えへへ、うん!可愛いでしょう~!」
「ウン可愛い…可愛いけど…」
「?」
「え、なに…俺がおかしいの?」
「大丈夫だ上鳴、俺も疑問しかない」
「ですよね…?え?2人って…仲良し…ですね?」
「えっ…うん、なんか改めて言われると照れちゃうね」
ね?とはにかみ笑顔をむけるを轟はじっと見返した。結局2人はどういうアレなの?見つめ合ってないで詳細を教えてほしいんだけどと上鳴、切島や話を聞いていた他の者たちはクエスチョンマークを浮かべた。
なにこいつら付き合ってんの???
ということでしろがねさまへその2!
大変お待たせいたしました、改めまして3周年お礼企画にご参加いただき本当にありがとうございます!!Irbis主で轟お相手、遊園地か水族館デートとのリクエスト、ご期待に添える内容になっているかとても不安ですが…この付き合ってんのかなんなのかよく分からない轟くんと夢主ちゃんのマイペースな関係を楽しんでいただけていたら幸いです…。ちゃうねんな~~~そうじゃないんだよな~~~(頭抱える)という出来上がりでしたら遠慮なくお申し付けください…!最後になりましたが、当サイトに遊びに来てくださりありがとうございます!これからもIrbisや他の小説を通してしろがねさまたちと楽しい夢のひと時を共有させていただければと思っておりますので、またお時間のある時に遊びに来てくださいませ~!