またか。パワーローダーからの謝罪の言葉を受け、その腕に抱えられている白いモフモフに相澤はげんなりした。このモフモフはサポート科の生徒が作った薬の効果でユキヒョウの姿から戻れなくなったらしい。以前にスタミナドリンクと称して幼児化させる薬を飲ませた生徒がいたのだが同じ製作者であると聞き、その事実に重い溜息を吐く。その生徒も問題だがもで、2度も引っかからないでほしい。これは戻ったら少しお話する必要があるなと今は眠っている彼女を見下ろした。
「で、本人の意識はあるんですか」
「ない」
「小さくなってるのは」
「その方が可愛いからだと」
「確信犯か」
「今回は経営科も関わってるらしい」
曰く、という生徒はその個性から雄英内でも動物好きの者たちに支持されておりもうすでにフォロワーもいるそうで、プロになってからの人気もある程度想像できると経営科で彼女の売り方、アピールポイントなどのプロデュースが行われているらしい。そして今回はやはり一番のポイントはユキヒョウであるだろうと、しかし本来の大きさでは可愛さよりかっこよさや強さといった部分のほうが目立つので子どもサイズにしてみたそうだ。一件に関わった生徒たちはユキヒョウの姿になったを全力で写真や動画に収め大満足しているようでその話を聞くとプロデュースというより自分たちが見たかっただけではないかと思わず疑ってしまうが、何にせよユキヒョウの個性を強制的に引き出したり小さくしたりという素晴らしい技術と完成させる情熱をもっと他に向けてほしいと切に願った教師陣であった。
「とういうわけでは今日一日休みだ」
「いや警戒心持って?!」
「サポート科のやつも懲りねえな!?」
幸いと言っていいのか、前回こってり絞られた生徒も一応反省しているとのことで今回はきっかり24時間で戻るように効き目の調整をしたと話している。どうせならもっと短時間にしてくれればいいのに。それから本人の意識はないというより根底の記憶はあるもののユキヒョウとしての本能の方が勝っている状態なので、周りの人物は認識できているが行動や思考は野生的になっているはずだと得意気に説明していた。八百万を筆頭に心配の声が上がるがパワーローダーから預かった時からずっと気持ちよさそうに寝ていると伝え、足早に教室を後にする。起きても授業にはならないので今はオールマイトに任せているのだがまだ夢の中にいるだろうか。目を覚ました彼女がどういう行動にでるかで対応が変わってくるなと考えながら仮眠室へ向かった。
「楽しいかいちゃん」
「……何やってるんです」
「相澤くん!」
戸を開けてみれば、ソファに腰掛けるオールマイトの脚の間に立って彼の髪にじゃれついているの姿が目に飛び込む。
「髪が気になるみたいでね」
見ての通りだと笑うオールマイトに「はあ」とほとんど音のない声を零した。機嫌よくやっているならこのまま彼に見ていてもらおうかと様子を伺っていると視線が気になったのだろうがこちらを見る。数秒動きを止めたかと思うとぴょんっと軽やかにソファから下りて相澤の足元までやってきた。そして足の周りをぐるぐる何度か回ったかと思うと片足に尻尾を絡め額を擦り付けるもんで今度は相澤が固まる。
「いいなあ相澤くん…何だかすごく懐かれてる…」
その言葉に同意するように身体を寄せて離れないモフモフ。ゆらり、と心が何かに引き込まれそうになるのを抑えて静かな動作でしゃがもうとするとそれに合わせて足から離れて相澤の前にちょこんと座った。これはいかん。強くそう思うや否や小さな頭を一撫でして「オールマイトさん後は頼みます」とさっと踵を返し部屋を出る。オールマイトが何か言っているが今の相澤はただ素早くここを離れることしか考えておらず耳に入らない。戸を閉め一息吐き気持ちが落ち着いたところでふと視線を落とすとそこにはモフモフがいた。
「……」
「相澤くん…後は頼んだよ…」
「……」
「その懐かれよう…クウッ羨ましい!」と数センチ開けた戸の隙間から言うオールマイトの悔しげな声は今度こそ相澤の耳に届いたのであった。
歩けばついてくるし止まれば尻尾が絡みつく。手を出せば催促するように頭を押し付けてきて椅子に座ればすぐさま膝に乗ってくる。その様子は誰が見ても相澤を主人とした飼い猫のようで、その上プレゼント・マイクやミッドナイトたちが彼から離してみようと抱っこを試みれば低く唸るので相澤自身も一番懐かれていることを認めざるを得ない。"きっかり24時間"で戻るということはこの夜はユキヒョウのままで過ごすことになるわけで、彼女の部屋で一人にはできないし1-Aの誰かに預けようにも自分から離そうとすれば怒る。生徒といえど女子高生の部屋にオッサンが入り込む(プレゼント・マイク発案)のは論外なので校長たちと相談した結果相澤が一晩面倒を見ることになった。
「ハア……」
部屋に入るとすぐ興味津々に辺りを観察しているをぼんやり眺める。見回している間も相変わらずそばを離れないのだが何故こんなに懐かれているのか。彼女の普段の様子からしてそりゃあ嫌に思われていることはないだろうが、とは言えそもそもは愛想が良いし誰かを嫌うという姿は想像し難い。さらに言えばクラスメイトたちともそれぞれと上手くやっているようだし特別誰かを好んでいるという感じでもない。なのでユキヒョウになったからといって"こう"なるとは思わなかった。まあ、悪い気はしないのだが。腰を下ろせばすぐさま足に乗って近づいてくるアイスブルーの澄んだ瞳を無言で見返す。
「……」
悪い気はしないというか、もうだめだ正直に言おう。可愛すぎて辛い。なんたって相澤は生粋の猫好きなのだ。も猫ではないが立派なネコ科であるし普段なかなか触れ合う機会のないビッグ・キャット。それが小さくなってまるで子猫のように甘えてくるのだからたまったものではない。手(前足)を肩に置き身を寄せているモフモフは首元に頭を摺り寄せ尻尾を揺らしている。顎の下を掠める柔らかい毛が擽ったい。相澤は激しい葛藤に襲われていた。相手は生徒なのだから頭を撫でるくらいがギリギリのライン、限界であるという理性と目の前のモフモフと戯れたいという猫好きの性。普段であれば間違いなく理性が勝っていただろうが今日一日散々無意識の誘惑を受け現在人目の無いという状況が通常ではない選択を取らせる。その背を手で支えてしまえば最後、それまで考えていたアレコレはどこかへ消えていった。顔を下に向けふわふわの毛に鼻先を埋めすん、と息を吸い込むと所謂お日様の匂いに混じりシャンプーか何かのものであろう優しい香りがして全身が満たされる。
「フゥ~……」
幸福。そう、幸福の匂いだ。今の相澤なら見えない花を背後にまき散らせるだろう、そう思わせるほど癒しを感じている相澤は深呼吸を繰り返していた。それから背中や頭など満足のいくまで撫でまわし、八百万作の猫じゃらしを使って全力で遊び、夜が更ける頃。寝る準備を整えた相澤は肩肘をついて寝ころび、己の手で遊んでいるをじっと観察していた。面倒な事態に朝から頭を抱えていたのが嘘のように凪いでいる。これがアニマルセラピーか。ずっとこのままでいればいいのにな。いやだめだけどな。無駄が好きではない相澤が意味のない事を考えてしまうくらいにはリラックスしていた。の方もよほど彼のそばが落ち着くのか、気付けば幸せそうな顔で眠りについている。彼の腕を抱えて。
「……ッンン"」
その後日が変わり、無事24時間で元に戻ったはこの一日の記憶がまるっと無く、2度も引っかかるなだの警戒心を持てだのと注意をする相澤が厳しい表情を浮かべ自分の頭を撫でているという若干伴っていない言動をしているのに首を傾げるのであった。
しろがねさまへ!
この度は3周年お礼リクエスト企画に参加していただきましてありがとうございました!しろがねさまからはおふたつ、リクエストいただきましてとてもニヤニヤしております…フフフッ。まずはひとつめ、Irbis主で相澤先生を!ユキヒョウの姿になった夢主ちゃんを愛でるとのリクエストでしたがご期待に沿えているか…もっとユキヒョウと戯れるシーンを細かく!いっぱい!書きたかったのですが私の力及ばず限界でした申し訳ございません…。轟くんとのデートのお話も妄想中なので今しばらくお待ちくださいませ!